39. 学園祭のご案内
三人並んで歩いて、少し離れて騎士が数人ついてくる。
きっと見えない所にもいるんだろうけど、果たしてレオンに護衛が必要なのか、少し疑問だ。
ミラの知る限り、強い人だから。
ミラはイグルスに視線をやった。
少し見ない間に、また背が伸びたんじゃないだろうか。ミラと同じくらいだったのが、もう越されてしまった。
イグルスに見下ろされるというのが不思議でついつい見上げてしまう。
「どうしたの?ミラ」
「あ、いえ。イグ様、また背が伸びましたね」
「うん。好き嫌いしないからね」
「それは素晴らしいですね」
「へへ」
こうやって嬉しそうにしているところを見ると、いつものイグルスだ、と思う。
畏れ多いが小さい時から一緒にいたから、弟のような気になってしまう。
今も、こうして自然と手を繋いで歩いていても、違和感がない。
「手も、なんだか大きくなりましたね。——あれ?剣を始められたのですか」
繋いだ手で、剣を握るタコができているのに気づく。まだ新しい。
イグルスは剣術に苦手意識が強く、ミラが王城にいた頃は基礎を学んだだけでほとんどやっていなかったと記憶していたが。
「うん。好きじゃないんだけど、もうちょっとやらないといけないんだって」
「そうですか」
基礎教育が終わって、王族としての教育も本格的に始まっているのだろう。大変そうだ。
「——では、剣術から見に行きますか?ちょうど知ってる子が試合に出るんです」
イアンの試合がそろそろ始まる頃合いだ。
「騎士科には絶対行かないと思うけど、一目くらい見ておこうかな」
「…………………あのさ」
一歩後ろを歩いていたレオンが低い声を出した。
「なに?」
「手を繋ぐ必要、ある?」
「必要とかじゃなくて、僕とミラは仲良しだから。ね?」
「あ、はい」
やっぱり不敬だろうか。ミラは迷って放そうかとも思ったが、イグルスは逆にぎゅっと強く握って来た。
「ミラ、兄上の言う事気にしないで。じぶんも繋ぎたいのに言えなくてやきもきしてるだけだから」
「おい、イグ——」
「行こ!」
イグルスはミラの手を引っ張って走り出した。
ランセルフの試合を見に来たことがあるのだろう、イグルスは道を知っているようで、迷いなく闘技場の方へ向かっていく。
闘技場では、ちょうど準決勝が行われていた。
剣だけを使った一対一の試合だ。集団戦とか、対魔術とかは一日目に行われている。二日目は正攻法の試合らしい。
席が空いているか心配だったが、レオンの姿を見たどこかの貴族の人が、ぎょっとした顔をして席を譲ってくれた。レオンがそれにお礼を言っている。
三人で席に座って、そうこうしていると執り行われていた試合の決着がつく。
次は決勝戦だ。
「この試合で終わり?」
周囲の盛り上がり方を見てそう思ったのだろうか。クライマックスのような賑わいだ。
「ええと、これはまだ第二部なので。第五部まであるみたいです」
ミラは貼りだされているプログラムを見た。
騎士科の規模は大きいので、いくつかの部に分けて試合を行っている。
イアンはこの第二部とは別に一日目にも試合をして、準優勝だったと聞いている。
客席を見れば、王国騎士団からも何人か見たことのある顔が見学に来ていた。
そしてイアンが出てきた。
「——あ、あの右側の子が、知り合いです」
決勝まで残ったんだ。イアンはすごい。
「昨日も準優勝だったって言っていました」
「へえ、すごいね。一日目は魔術ありの剣術試合だろう?ランセルフみたいな剣士に有利な試合だ。魔術も長けていて、剣術のみでも優れている剣士なのかな」
イアンの魔力量は中程度だが、ミラが教えた研磨の魔術も修得が早かった。器用なんだろう。
試合が始まった。決勝というだけあって、かなり白熱した戦いだ。剣と剣がぶつかる音が、遠く離れた客席にも響く。一撃一撃が重く素早く、研ぎ澄まされているのだが分かる。
「これが五年……?レベルが高いな」
レオンがそう独り言のように呟く。ミラは自分の事のように誇らしい気分になった。
勝負はすぐについた。イアンが相手の大振りの剣を躱して背後に回り込み、素早い動きで剣を打ち込んだ。
「優勝、イアン!」
審判の言葉に会場から歓声が上がった。
イアンが荒い息を整えながら会場を見渡し、手を振ってそれにこたえる。
ミラもイアンと目が合った気がしたので、精一杯手を振っておいた。
レオンが先を急ぎたいというので、早々に闘技場を後にした。
王太子殿下ともなると忙しいのだろうか。
確かに全部の科を回ろうと思うと少し急いだほうがいいかもしれないが、回らなくていい科も多いと思うのだが。
イグルスは騎士科に興味がないようだからかな、とミラは考えていた。
「イグ様は、どの科を見たいですか?」
「んー、メイド科」
「はは。さっき見たじゃないですか。それにイグ様から見て、メイド科は珍しくないと思いますよ」
何しろ王子様なので、普段からメイドに世話を焼かれている。生まれた時から見慣れすぎている仕事だ。
「生活魔法に興味があるから」
「でも、ここで教えている生活魔法は、イグ様が知っているものばかりなんです」
まあメイド科に入るわけはないだろうが、とミラは思った。
「——あ、じゃあ魔術科を見に行ってみましょう。私には難しくてちっともわからないんですが、魔術の成果物の展示があるらしいです」
イグが頷いたので、魔術科へ向かうことになった。
高級魔石を見慣れている王族の方々にとって、魔石アクセサリーなどは興味を惹かれないと思うので、ミラは展示の教室へイグルスを案内した。
魔術の構成、生徒の研究成果、新たな魔術の紹介等、タイトルくらいはなんとなくミラにもわかる。
イグルスよりもレオンの方が面白そうに眺めていた。
「王太子殿下の時も、展示をしたんですか?」
「ミラ……」
何かまずいことを言っただろうか。ものすごくがっかりした声を出された。
「イグルスと同じように私の事も名前で呼んでほしいんだけど」
「はは、とんでもない」
この冗談は飽きもせず毎回言われるので、ミラは笑って答えた。
「……………はあ」
呼んでくれそうもないと諦めてレオンが溜息をつく。
「私は、空間魔術をずっとやっていたから」
「空間って……転移とかですか?」
空間魔術を使える人は、いないと言われている。そんな魔術はお伽噺だとか言う人もいるくらいだ。
「大きいものじゃなくて、小さいものからね。理論上は可能だという事は証明したんだけど、実際にはまだできてないんだ。実現しようと思うと、今の技術では天文学的な時間とお金が必要になる」
「できるけどできないって事ですね」
転移ができたら、それを生活魔法に転換できたら。生活魔法の幅が更に、無限に広がるような気がしてミラは想像を膨らませた。
「結局できないって事じゃん」
「いえいえ!王子殿下、できるかどうかわからなかったところから、できると証明したことがすごいんですよ」
いつの間にいたのか、普通にミラとレオンとイグルスの隣にジルビルさんがいた。
「ジルビルさん、いつからそこに」
「王太子殿下、並びに第三王子殿下にご挨拶申し上げます。昔は物質魔法だって、ないと言われていた時代があるんですよ。それがこうやって理論から証明され、改良に改良を重ねて、現在使えるようになっているのですから」
ジルビルの早口が炸裂した。
「ジルビル先生、お久しぶりです」
「あ、ジルビルさんは王太子殿下の在学中も先生だったのですか」
「残念ながら、直接ではないですけどね。——あれは画期的でした。それでですね、その理論の——」
「イグルス、魔術科はどうだ?ほら、あそこの展示は薬草の精製についてだよ」
レオンがバッサリとジルビルの話を遮った。
扱いに慣れた感じがあるから、在学中に絡みはあったのかもしれない。
きっとミラの生活魔法を見る時のように、新しいことを発見したレオンにこの調子で押しかけて詰め寄っていたんだろう。容易に想像ができた。
イグルスはレオンに促されていくつかの展示を見ていたが、あまり興味はそそられなかったようだ。
「次行こ」
そう言ってさっさとイグルスから部屋を出て行ってしまった。




