34. 助っ人
ミラはそれからしばらく、準備に追われた。
生徒達が出す色々なアイデアを形にして、そのための道具を注文して。
でも、裏方の仕事は嫌いじゃない。というか本職だ。
しかし、なんと言ってもメイド科の教師はミラ一人。こういう時、人手が足りない。
ミラはあちこち走り回っていた。
「ミラ先生」
注文したクロスを運んでいる所に廊下で声をかけられる。振り返ると、騎士科のイアンだった。
久しぶりに見る気がする。
見る度に体つきがしっかりしていっているような気がする。筋肉が増えているのか、姿勢のせいなのか。
短く切り揃えられた髪が、爽やかさを増している。
そういえば、ローガンにあれこれ言われてから会っていなかった。
だからだろうか、少し遠慮がちに声をかけられた。
「あの、聞きました。騎士科の先生が、ミラ先生に乱暴したって……」
「あ、ううん。乱暴はされてないよ」
ミラはすぐさま否定した。
手を上げられそうになっただけだ。どちらかというとローガンの方が瞬殺されたし、ぼこぼこにされていた。
イアンはそうですか、と言って、側まで来る。
「手伝います」
「大丈夫ですよ、そんなに重くないんで」
「力持ちなのは知ってますけど……前、見えてないでしょ」
たしかに、丸めただけのクロスをいくつも持っていたから前はあまり見えていなかった。
ミラは背が低いので、仕方ない。荷物の隙間から何とか見ようとはしていたが。
ひょい、と荷物を取られる。
「いや、結構な重量ありますね。先生相変わらず、体に似合わない力持ちですね」
小さいということだろうか。
普段メイド科にいると、背丈が同じ子達ばかりだからそんなに気にしていなかったけど。
イアンと並ぶと見上げなくてはいけないから、イアンからすると小さいと思われても仕方ないのかもしれない。
「イアン君は、また更にガタイが良くなった気がします。訓練は順調ですか?」
イアンは嬉しそうに笑った。
「はい。——その、気になってたんです。騎士科の先生って、なんて言うか……礼節を重んじる方もいれば、かなり荒っぽい人たちもいて。なぜか、その中の一部の先生たちがメイド科を目の敵にしてたから」
なるほど、騎士科の中でも色々あるということか。
「何もなくて、良かったです」
「ご心配をおかけしました」
学園の中で、こうして知り合いが一人ずつ増えていって。そして、その人達が優しい言葉をかけてくれる。
世界が広がっていくようで、そういうのが温かい、とミラは思う。
しばらく何気ない世間話をしながら一緒に歩く。
剣の研磨も順調らしい。
「メイド科は、学園祭何するんですか?」
「ティーラウンジになりました」
「へえ。休憩所は例年一箇所しかなかったので、いいですね。僕も行きます」
イアンが手元のクロスに目をやる。
「これ、学園祭で使うテーブルクロスですか。高そう……」
「ははは。昔のツテで買ったので、かなりお安くしてもらえたんですよ」
白いクロスに刺繍がされていて、端にはちゃっかりブランドのロゴまで入っている。
昔からの知り合いの店だ。正規価格でいいって言ったのに、学園祭ならお偉方の目に留まるから、宣伝にと。
——宣伝なんて必要ないほど繁盛しているのに。ありがたい。
「学園祭の準備期間って、楽しいですよね。僕この時期が一番好きです」
そう言うイアンはその言葉通り、本当にワクワクした様子で辺りを見回しながら歩いていた。
学園祭準備で色々な教室はいつもと違う雰囲気で飾り付けられ、様々な成果物を展示してある。
生徒らも制服ではなく学園祭の上着を着て一体感を持ったり、普段と違う動線で動いて、準備に忙しく動き回っている。
そして何より、この時期は全然試験がない。
「イアン君は、もう三年目ですよね、学園祭」
「はい。入学前にも見学で一度来たので、四年目とも言えます」
それは大ベテランだ。
「実は、学園祭って初めてだから、どんなふうに準備をしたらいいか困ってて」
いろんな先生に聞きながらやっているが、イメージが湧かない。
祭りって言うものの、きっと街の祭りとは違うんだろうし。
「あ、じゃあ僕、メイド科手伝ってもいいですか」
イアンがさらりとそんなことを提案してくれた。
「えっ、でもイアン君は騎士科の出し物があるでしょ」
「ないです。当日試合で戦うだけなので、ひたすら訓練するだけ」
それだって重要なんじゃないだろうか。
学園祭にはお偉方が見学に来る。騎士科の生徒としては、実力をアピールする絶好のチャンスだ。
「いつもと同じですよ。無理をすると良くないので」
成長期の訓練は過度にしてはいけない、とミラも聞いたことがある。
確か、ノアが、食事も休息もしっかり取らないと、と言っていた。ランセルフも骨と筋肉を育てるとか妙な言い方をしていた。
いいのだろうか。
「そういうことなら、本当に助かりますが……でも、他科のイアン君に頼りっきりでは申し訳ないから……。あ、例えばそれとか」
ミラはイアンのズボンの膝を指した。もう少しで穴が開きそうだ。
「今うちの科、繕いの生活魔法を実技練習中なの。その布、悪いようにはしないから提供してくれませんか?他にも、修繕するものがあれば」
イアンは自分の膝を見て、次にミラを見る。
「ほんとですか!助かります」
クロスを小脇に抱えて、わざわざ向き直って言うから余程嬉しいようだ。
家が貧しいと言っていたから。自分で繕ったりしていたんだろうけど。
騎士の見習い期間はそういった仕事も多い。王城メイドの時代には、ミラも見習い同士、見習い騎士と一緒によく作業していた。
慣れない手での繕いには限界がある。繕ってもあまりもたないのだろう。
「穴が開いた服、めっちゃあります!靴下なんか開きすぎて実は左右違うの履いてたりするんです」
「そ、そうなんだ。沢山あっても全然いいんですけど、練習なので、綺麗にはならないかもしれません」
もちろん見守りながらやるし、ひどい時はミラがやり直すつもりでいるが。どうにも直しようなない状態になることも、あり得る。
「全然いいです!捨てずに済むだけで」
イアンが、何かを思い出したような顔をした。
それから、少し言いにくそうに切り出す。
「——あの、そう思ってる奴沢山いるんです。なので、その……」
「いいですね。練習になりますし、メイド科にお待ちいただけたら」
イアンの顔がさらに明るくなった。
自分だけじゃなくて、クラスメイトの繕いまで気にかけるなんて。
真面目に、直向きに訓練に打ち込んでいる。見かけたらこうして手伝ってくれて、更にはこの気遣い。
きっと将来素晴らしい騎士になるだろう。
「イアン君は、本当にいい子ですね」
「なっ……い、いい子って」
「あ、すみません。うちの生徒達は若いから、ついその癖で」
たかが二歳差、されど二歳。十四歳と十六歳の二年は大きい、多分。
子供扱いは良くなかった。
ミラは反省して言い直した。
「イアン君は、お優しいですね」
「いや、その……はい」
言い直してみたが、イアンの反応は微妙だった。
ちょっと赤くなって向こうを向いてしまった。
年頃の男の子に、可愛いなんて申し訳なかったな。
ミラはそう思って、それ以上話すことなくメイド科の教室まで歩いた。




