33. イクスプトラニクス理論とガーリンクス理論における多変量重回帰分析
メイド科で何をするか、生徒たちに話し合いを委ねることにした。
候補として髪結いや靴磨き、何故か農業体験というのも上がってくる。
メイドに農業がいるだろうか。余程田舎の、下級貴族の家へメイドとして雇われれば、農牧も仕事のうちになるが。ミラは教えていない。
なぜそんな意見が出たのかはわからないが、十五人もいれば、まあ、いろんな意見が出て来るものだ。
それでも出店の内容は、比較的にすぐ決まった。
生徒らがまず習った実技は給仕だったから、自信をもってできるのはそれかな、ということになった。
ティーラウンジだ。
「それで、やっぱり、生活魔法を前面に出したいわ」
「そうね。来賓の方々は、給仕されるのが普通だもの。ただのラウンジじゃあ、つまらないわよね」
「生活魔法を取り入れた給仕をしたらどうかしら」
「いいと思う!」
給仕で教えた生活魔法は、食事に掛ける保温魔法、最後に炎で炙って風味を出す仕上げの魔法、スモークや氷で装飾したりといった演出魔法、ワインを程よい温度にしたり、その人の好みの炭酸の具合にしたり。——数え上げるときりがない。
どれも、ただの一手間。されど一手間。——程度のものだが。
「やっぱり基本はお茶よね。でも……」
「うん。地味よね」
そう。紅茶を淹れるための生活魔法は、主に保温魔法。一番おいしい茶葉が開く温度にできるし、いつまでも適温を保てるが、魔法を使っている、という感はあまりない。
美味しいのだが。
「演出とか……入れませんか」
「例えば?」
「例えば……うーん、火柱をあげるとか?」
危険だ。そんなことを教えた覚えはない。いや、教える過程でたまたま火柱が上がってしまったことはあったが。
あれは危なかった。学園の警報器が鳴り響いて、先生方が大集合しちゃった。
「でも、万一お客様の体を焦がしたら大変よ」
「そうね、火はやめましょう」
何とか軌道修正されて、ミラはほっとした。
ただ生徒の話し合いに任せるというのも、忍耐のいることだったと気付く。
「じゃあ、氷?」
「氷で何するのよ」
「うーん、氷で……飾りを作って見せる、とか?」
「それってメイド関係ある?」
「確かに。装飾の職人よね。もしくは大道芸人」
しばらく演出について話し合っていたが、答えはなかなか出ないようだった。
「ミラ先生、どう思いますか?ただの給仕と保温魔法だとつまんないですよね?」
突然質問が向けられる。どうやら行き詰まってきたようだ。
「うーん……メイドになる貴方達が、その実力を見てもらうって言うのなら、給仕と保温魔法で十分じゃないですか?」
「そうでしょうか……」
「給仕で大切なのは、美味しく楽しく召し上がっていただくこと。まずは貴方達自身が、所作を美しくして、マナーを守って接待する必要があるわよね。心地よい時間を過ごしていただくために」
奇抜なもので生活魔法を見せつける必要はないだろう。
私たちはあくまで裏方の、メイドなんだし。
「演出は——やるとしても、小さなものでもいいんじゃないかな。宿題にして、各自一つずつ考えてきて、その中からいくつか決めたらどうでしょう。基本はきちんとした紅茶の提供、で、どう?」
「——そうですね」
「うん。私も、何か気負いすぎてたかも」
「私達、まだ一年目なんだし。楽しくお茶を飲んで帰ってもらえたら、それでいいよね」
生徒たちの肩の力が少し抜けたようで、良かった。
学園祭までまだ間があるし、実は予算も結構たっぷりあるので、準備はそれほど難しくなかった。
いい茶葉とお茶菓子を注文してもまだ予算は余っていた。
メイドの制服は実技演習のために既に持っているし、テーブルセットもそれなりに豪華なものが揃っている。
せっかくの機会なので、余った予算で新しいクロスや装飾も注文できた。
さすが王立学園だ。
学園祭は日に日に祭りの雰囲気を増して行った。
あちこちで準備の声がする。
授業の時間も減って、学園祭の準備時間に充てられた。
メイド科はティーラウンジをすると申請すると、メインホール横のそれなりに大きい部屋を割り当てられた。
メインホールは学園長の挨拶から始まり、最後はダンスパーティーまで行われる学園祭の中心である。
これは、なかなかに集客が望まれる。——いや、決して営利目的ではないが。
お客さんが沢山来てくれるということは、それだけ生徒達の経験につながるということだから、そこはやはり有り難い。
ミラはジルビルの個人準備室を訪ねた。
ノックをするとすぐにドアが開かれる。
相談がある時、たまに訪ねているのでジルビルは慣れた様子で迎え入れてくれる。——とはいえ、ジルビルの部屋は物に溢れていて、かろうじて椅子は一つ空いているが、その目の前の机には物が積まれている。
「ミラさん、今日はどうしました?」
「メイド科の出し物が決まりました。生徒がちゃんと話し合って。なので、お礼を」
「はは、そんなわざわざいいのに」
ジルビルはそう言いながら、紙の山から何やらゴソゴソと探し物をしているようだった。
「——っあ、あった!」
一つの冊子を持ってミラのそばまで来た。
「これ、そのうち渡そうと思っていつも忘れてたんですよ」
はい、と渡された冊子。
表紙に『イクスプトラニクス理論とガーリンクス理論における多変量重回帰分析』と書かれてある。
読むことはできても、どの単語も理解できなかった。
「ほら、前に言っていた精巧魔術分野の」
「は、あ……?」
更に、冊子の下を見ると。
『ジルビル・ファンデモード
ミラ・バレリー』
と、書かれてある。
「ジルビルさん?私の名前があります」
「はい、それ、夏にまとめた論文です。先日、なんとか学会の審査を通過しまして」
そういえば夏季休業は魔術等にこもって研究三昧と言っていた。
「そもそもタイトルの言葉の意味がわからないんですが」
「要するに、乾燥魔法を融合させる方法を数字で表しました、って論文ですね」
成る程、だから数字の羅列なんだ。数字と記号の羅列。
成る程、って言ってみたけど、内容は相変わらずわからない。
「効率よく誰でも乾燥魔法が使えるように、論文にしてみたんです」
ジャーン、というように手を広げられても。
「は、あ」
この数字と記号の並びを見て乾燥魔法が使えるのだろうか。とてもそうは思えないが。
いや、それよりも。
「何故、私の名前があるんでしょう」
「この因果関係を証明したのがミラさんだからですよ!!」
…………ん?
「証明してませんよ」
「やだなあ、火魔法を使ったイクスプトラニクス理論と風魔法を使ったガーリンクス理論を、それぞれ調和させたでしょう、絶妙な魔力融合で」
それは、直感で混ぜ合わせただけだ。
「これこそ、精巧魔術!新分野です」
あ、まずい。
ジルビルのスイッチが入ってしまった。
「これからは魔力量に頼る攻撃魔法だけでなく、この魔力操作を理論的に解明することで効率よく魔術を使い、更にはそれぞれを組み合わせることで無限の可能性があるんです。これは革命ですよ。ここから文明が一気に飛躍すると言っても過言ではないでしょう!」
「なるほど、すごいですね」
ものすごい早口で、半分もわからなかったが、とりあえず返事はしておく。
「この前の繕いの生活魔法もそうですよ。元素の魔法ではなく、あれは物質魔法ですからね。それを更に操作したという偉業!」
たしかに質量をいじる物質系の魔術は魔力を多く要し難易度も上がるが、何も宝石を大きくするとかではない。たかが糸数本、繊維である。
「この流れに乗って次の論文を書きたいんですが、この前のを見せてもらったから、迷ってるんですよねー、次は物質で行くか、はたまた——」
「ところで、メイド科はティーラウンジになりました、保温魔法を使って」
ここは早く要件を伝えた方が良さそうである。
話の腰を折ってもジルビルは気にしていない様子だ。
「保温魔法!あれも奥深いですよね。魔力を術者から離しても持続させるという、持続効果のために——」
「演出も考えなきゃなので、そろそろ失礼しますね。またお時間のある時にお立ち寄りください。では!」
ミラは無理矢理話を終わらせて、頭を下げた。
ジルビルはブツブツと何か言っているから大丈夫だ。というか、ジルビルとの別れ際は大体このパターンだ。
ミラは静かに退室して扉を閉めた。
重回帰分析なんだから多変量解析なんですが8字連ねて多変量重回帰分析と表記したのは、ジルビルさんの嗜好です。




