31. つくろい物
※※現在※※
ローガンに絡まれた、翌日。
学園の門をくぐると学園長が待ち構えていた。
「ミラ先生」
学園長は少し前から、ミラの事をちゃんと先生と呼んでくれるようになった。
自分が先生として定着していったようで、ちょっと嬉しい。
「学園長。おはようございます!」
さわやかに朝の挨拶をしたつもりだったが、学園長の顔は晴れなかった。
昨日の件、やはりまずかっただろうか。
「あの……?」
「すみません、ミラ先生。私の管理不行き届きです」
学園長は深々と頭を下げた。てっぺんの薄毛に初めて気づいた。
——て、そうじゃない。
「学園長、頭を上げてください。——昨日の事ですか?」
「そうです。一部の騎士科の先生方が、メイド科に反対していたのは知っていたんです。しかし、まさか個人的にミラ先生を攻撃するような事をするとは……」
そのためにわざわざ、朝から待ってくれていたのだろう。
「いや、まあ……メイド科もそうですけど、私自身の事も気に入らないようでしたから」
父親のわからない生まれだと言われると、ミラとしてはどうしようもない。
「出自の事で、ご不快な思いをさせてしまったようです」
「そんなことは、教育とは一切関係ありません」
学園長はきっぱりと言った。
「メイド科についても、貴方の生活魔法を知って、必要だと思ったから開設したのです。理事会の承認も得ている。それを一教師が異議を申し立てたいのなら正式に手続きを踏むべきですし……個人的に攻撃するなどもってのほかです。それも複数人で、一人に対し」
学園長は頭を抑えた。どうやら頭痛がひどいらしい。
「騎士科の科目長と相談し、謹慎処分としています。このまま辞めてもらうことになるでしょう」
「え、いや、そこまでは。厳しすぎるんじゃないでしょうか」
学園長は首を振った。
「当然の事です。教師としての素養を問われることです。——私自身の人を見る目も、ですが」
話したかったのはそれだけだ、引き止めて悪かったと言われ、学園長は忙しそうに去って行った。
一気に教師が四人も抜けて、騎士科はさぞかし大変だろう。
——しかしまあ、ミラは今それどころではなかった。
今日から生活魔法は別の単元へ進む。これまで掃除に関することが多かったのだが、今日からはメイドの仕事上位三つのうちの一つ——繕い物だ。
これは魔術操作だけではなく、手先の器用さも問われる。ミラとしても少し緊張する単元なのだった。
教室にはいろいろな布が並べられていた。
この日のためにあちこちから集めておいた、穴の開いたシャツ、ほつれたズボン、裂けたベスト……等々。
「今日は繕い物をします」
「はい、先生」
率先して一人の生徒が手を挙げる。
「何でしょう」
「針と糸がありますけど、生活魔法じゃないんですか?」
「使いますけど。繕い物の生活魔法は、まず布の繊維を理解していないとだめなんです。繊維の材料、編まれた向き、そういうのを理解して、魔術で再構成していくので」
ミラはみんなに練習用の布を配った。
「まずは、きちんと手で繕えること。それから、繊維の糸一つ一つを伸ばして編んで、縫い上げていく魔術を使います」
「刺繍はしたことあるけど……繕うって、したことないわ。——穴の開いた衣服をまた着るって事ですか?」
そう、この学園の生徒たちはなかなかのお嬢様だ。服は破れたら捨てるものなのだ。
「繕って服以外の用途に使ったりするんですよ。あと、エプロンなんかはすぐ破れたりするから、私は縫って使ってました」
「えっ、先生、王城メイドだったんですよね。支給されないんですか」
「あー……私、小さかった特注だったの。破れてから次のが来るまで時間がかかって。そのうちちょっとなら自分で縫うようになったんです。それで、縫うよりも糸を再構成してみたらどうだろう、って思ってこの生活魔法を編み出したんですよね」
高級なテーブルランナーとか、セットになっている布地なんかが一部ほつれるとそれだけで全替えしていたことを思えば、この生活魔法でものすごい規模の節約になる。——王城がそんな節約を必要としていたかはさておき。
それでも、王城に仕えるばかりとは限らない。ちょっと貧しい貴族の家だってあるし、ちょっとしたことで縫物はやっぱり必要になってくる。
「先生って生活魔法をこんなに次々編み出して。すごいですね」
針に糸を通すところから苦戦している生徒が言った。糸の先を魔法で軽く濡らしてやる。
「それがねえ、全然すごくないですよ。試行錯誤の末ですから。完成にたどりつくまで、この繕いの生活魔法も、布を増殖しすぎて、部屋が糸だらけになったり、着ていた人を縛ってしまったり」
あれはたしかランセルフだった。慣れてきたからうまくいくと思って、訓練着の裾をちょっと直すつもりが。瞬く間に糸が増殖して。
ミノムシみたいになっちゃって。
顔を真っ赤にして怒っていた。イグルスは大爆笑してたけど。
せめて脱いでもらってから試せば良かった。
「何とか形になっても、繊維の向きに合わせて縒り合わせられるようになるまでは、再構成がうまくいかなくて、元の生地と少し風合いが変わってしまって」
噂を聞きつけたレオンがやってきて、よりによって儀礼用のサッシュを直してほしいと言われた。肩から斜めに掛けるあれの、しかも胸部分辺りだ。
絶対無理だと言ったのに、押し切られた。そして案の定、ミラが生活魔法を当てたところだけ変にてかってしまって。徽章をつけるからいいんだって言われたけど。
だめだと思う。正装なのに。
この繕いの生活魔法を完璧なものにして、真っ先に修繕を申し出たのに頑としてさせてもらえない。未だに下手な繕い部分を徽章で隠して使用している。レオンの趣味が本当に理解できない。
「なので、失敗しても、繰り返し練習することが大切ですね。綺麗に繕えるようになったら、魔術操作に移りますので。さあ、頑張りましょう!」
「はあい」
こうしてしばらくは楽しい裁縫タイムとなった。
ミラは結構、裁縫が好きだ。
裁縫をしていると、サビナが夜、ミラの服や小物に刺繍をしてくれていたことを思い出す。
手は動かしていても、その時間はミラとのお喋りタイムだった。他の仕事の時は忙しく動き回るけど、縫物をしている時は、じっと座って話ができる。
しかも、出来上がった刺繍は、ミラが好きだと言った花とか、お菓子とか。
ミラが喜ぶものばかりだった。
十五人の生徒たちが集中して、黙々と作業する。
始めは話す余裕もなかったが、次第にお喋りに花が咲き始める。
手元の器用さはそれぞれまちまちだが、皆、お喋りの楽しいお年頃の少女達だ。気の合う友人とおしゃべりしながら縫物をするのを、この子達も楽しんでいるように思えた。
ミラはその様子を眺めて、頬が緩んだまま、ただ時間が過ぎていくのだった。
手芸の中では刺繍が好きです。




