27. ミラを守る会、始動
ノアはその足でレオンを訪ねた。
珍しく先触れもなく訪れたノアを、レオンは黙って自室に招き入れた。
私服で訪れるのは初めてかもしれない。ノアはいつものようにドアの入り口に立ったまま、じっと直立して動かなかった。
レオンはランセルフとイグルスを呼びつつ、人払いをする。
「君がそんな顔をするなんて。——収穫があったみたいだね」
「僕は……僕は、許せない」
「…………………」
ノアが怒りをあらわにしているところを、初めて見たかもしれない。
いつもの様子と違うこの幼馴染に、レオンは黙って掛ける言葉を探した。が、それは見つからなかった。
「——とりあえず、座って」
ノアが力なくソファに座る。レオンも黙って対面に座った。
話し始めるのを待っているうちに二人ともやって来た。
ノアはガヤクが溜まり場で話していた内容を細かく教えてくれた。
ガヤクがミラを金蔓としか思っていないこと、死ぬまで搾り取ろうとしていること。そして何より、赤の他人だという事がはっきりとした。
結果が出たのが、レオンの予想よりはるかに早い。それだけガヤクが浅はかな男だという事だろう。
思いつきで、軽い気持ちでミラを騙している。そしてそれが通ると確信している。
一通り話を聞くと、レオンは沈黙の中、重く長い溜め息を吐いた。
「ノアに行ってもらって良かったよ。ランセルフが行ってたら血を見てたかもね」
今からでも何かしに行きそうな剣幕だが、それでも直接聞くよりはましだ。
「僕だって……あれほど自制心を試されたのは、初めてだ」
「憤懣やるかたない、っていうの、こういう事を言うんだね」
何か言わないと怒りで我を忘れそうになる。
「ミラに内緒で、消すか」
ランセルフが低い声を出した。びりびりと空気が震えているようなのは、怒りで魔力が漏れ出しているからか。
「突然あの男がいなくなったら、ミラは……」
四人の間に沈黙が落ちる。
じゃあどうすればいいんだ、とは誰もが思っているが口に出せなかった。
ミラが信じている父親を、ミラが傷つかない方法で別れさせる方法なんて。
しばらくしてノアが口を開いた。
「何をしたってミラが傷つかない方法はないんじゃないかな」
この真実を誰から聞かされたとしても、ミラは傷つくだろう。ありえないだろうが、ガヤクが改心して誠心誠意謝ったとしても、やっぱりミラは深く傷つく。
これまでの孤独と、たった数日の家族ごっこのせいで。
「そうだね。だからこそ罪深い」
レオンが険しい顔で応える。
「考えたって仕方ねえよ」
「僕もそう思う。どうしたってミラは傷つくんだったら、一日でも早く本当のことを教えてあげようよ」
弟二人の言う事はもっともだった。
この手の人間は、絶対にエスカレートする。簡単に金を手に入れられると味を占めれば、ミラの金に次々と手を出し始めるだろう。
こうなった以上、ミラの被害が少しでも少なくなるようにしなくては。
「イグルス、しばらくミラの所にいてくれる」
「え、僕?」
「どこかのメイドの子供ってことにして……うん、生活魔法を習いに来た子を装って」
侍従見習いなら、八才は少し幼いが、メイドの子供ならなくはない。初等教育前の社会勉強のような。
「え……む、無理じゃないかな。隠しきれない貴族の……何か、あるらしいよ。僕も髪の色変えてもダメって言われたから」
ノアは自分の経験を思い出す。自分でだめだと言われたんだから、王族のこの三人はもっとだめだろう。
三人の視線がノアに集中した。
そうだろうな、その見た目では——そう思われてるとも知らず、ノアはあっ、と純真な表情のまま手を差し出した。
「これ使う?うちの家宝なんだけど、隠遁の指輪。気配を消してくれて——」
「家宝を人に貸しちゃダメだろ。ラぺス伯爵家の教育どうなってんの」
「……だ、誰にでもは、貸さないよ」
「俺らが悪い奴だったらどうすんだ?ノア、ほんと気をつけろよ」
年下のランセルフに諭されてノアはショックだった。
他でもない幼馴染と、ミラのために言ったのに。
「まあまあ。大丈夫だよ。イグはノアみたいにキラキラしてないんだから」
そう言ってレオンはイグルスの頭にポン、と手を乗せた。その場所から髪色がくすんだ茶色に代わっていく。よく見れば瞳も黒く濃くなっていった。
いつの間にそんな魔法を使えるようになっていたのか。王城の魔術師長レベルなんじゃないだろうか。
「イグ、わかるよね?庭いじりしてる時みたいに、気配を消しておくんだよ」
「うん。大丈夫だよ。根暗な感じで行けばいいんでしょ」
イグルスは自分で頭をかきまぜた。前髪で顔が隠されて、そうすると一気に野暮ったく、王族らしさが失われる。
「——そんな簡単に……?」
自分にできなかったことをあっさりやられて、ノアは更に落ち込んだ。
「ノア、君には君の良さがあるんだからさ」
レオンは心優しい幼馴染へのフォローも忘れなかった。
そもそも近衛騎士に隠密は向いていないんだし。ミラの事でなければ、間違いなく第二騎士団辺りに依頼する案件だ。
「今回は、本当に良く調べてくれたよ。ありがとう」
「殿下……」
「特別任務期間、延長しといたから、そのまま隠遁してイグを護ってね」
「はい」
慣れない仕事でも文句ひとつ言わず、真摯に向き合うところがノアの魅力の一つだろう。
よし、そうと決まれば、とランセルフが立ち上がった。
「じゃあ俺は、叩き潰して来たらいいか」
「話聞いてた?」
レオンはランセルフの腰を引っ張って、再び座らせる。
「二……いや、三日。三日だけ待ってて」
「待ってたら何か変わるのか?」
「変わらなくても、三日経ったら、腹をくくるよ」
あとは、今調べている事にキリが付くのが、ぎりぎり三日。
「回りくどいな。何考えてるか言えよ」
「えー……」
色々考えている事が、それぞれどう動くかまだわからない。
想定していることを全て言葉にしていたらきっと日が暮れるだろう。
「こうしている間にも、ミラの金が奪われてるかと思うと、落ち着かないだろ」
本当に落ち着かないようでランセルフは足を揺らした。
「ランセルフ。どうどう、落ち着いてよ」
この弟は、力もあるし魔力も大きいから、どこかでガス抜きしておかないといけないかもしれない。
「あと三日だけだから、ね?」
「——なんか、あいつ見てると変な気分になるんだよな」
「…………ん?」
ランセルフは険しい顔をしている。
「なんだろうな。落ち着かないんだよ。昔っから、迷惑かけられてると思うんだけど。危なっかしいからか、目が離せないし。かと言って見てたら安心ってわけでも——」
「そうだね」
レオンがランセルフの台詞に被せるように言った。
「ミラはマイペースなところがあるから、ちょっとランセルフはイライラしちゃうんじゃない?」
「イライラ……?いや、腹が立つわけじゃ——」
「うん、嫌いじゃないんだよね。分かるよ、ただ、心乱されちゃうんだよね。ミラ、自由だからね」
レオンは早口だった。
「今までいないタイプの子だからちょっと掴めなくて、ペースが乱れて落ち着かないんじゃない?」
「そう、なのか……?」
「そうだよ。結構みんなそうだよ」
ランセルフはあまり納得していないようだったが、レオンが常になく圧が強くて、押し切った。
この話は終わり、と目が言っている。
「——じゃあ、俺は三日間、何してりゃいいんだよ」
「えっとね、ランセルフは城下町」
「————は?」
思いもよらないことを言われ、変な声が出る。
「そこに、マルクが行ってるから、合流して」
マルク、というのはレオンの側近の一人だ。主に諜報を担当している。
訳が分からなかったが、尋ねるより前にレオンが口を開いた。
「ガヤクはミラを金の卵だって言ってたけど……ミラの本当の価値を知らない。取るに足らない見習いメイドの一人だと思ってる」
だからあんなに大胆でざるな計画を立てたんだろう。
ミラが騙されたことももちろん腹が立つ。しかしレオンは、それが一番腹立たしかった。
「王家がどれだけミラを大切に思ってるか、ミラがどれだけ素晴らしいか、その価値を知らない人間に、同じ土俵に立って話が通じるとは思えないけど」
「わかったから……行くから、兄上、やめてその顔」
ランセルフが青い顔で言った。
ランセルフのミラへの気持ちを自覚前に軌道修正
が、ちょっと雑なレオン




