22. ガヤク
ガヤクは兵士の寮で暮らしていた。
城の外郭にあるためミラの住んでいる内城にある寮からは少し距離がある。
ミラは相変わらず忙しく働いていたが、ガヤクは駐屯先からの帰還兵という事で、しばらく休暇が与えられているらしい。のんびりと酒を飲んだり兵士仲間と賭け事をしたり、街へ遊びに出かけたりと過ごしているらしかった。
そんな中で、数日に一回、ガヤクはミラと食事を共にした。
食堂で出された食事を持ち帰りガヤクの部屋で一緒に食べる。
お互い、十三年間どんなことをしていたか報告し合った。
ガヤクはミラの話をうんうん、とずっと優しい態度で聞いてくれた。
「——そうかあ。たった一人で、本当に大変だったんだなあ」
ガヤクはミラが話す度、そう言って不憫だと目に涙を浮かべた。
「済まねえなあ、俺がふがいないばっかりに……」
「そんな。ガヤクさん、知らなかったんですから」
「俺の事、まだ父さんって呼べねえか?」
「あ、いえ……その、父さん……」
ミラがそう呼べば、ガヤクはにかっと豪快に笑った。黄色い歯が覗く。ところどころ抜けている歯もある。
「父さんこそ、国境の仕事は、大変なんですね」
「ああ……そうだな。まあ、あんまり娘に聞かせる話じゃねえよな」
敵の急襲に遭ったこと。夜の無茶な行軍。寝る暇もないほど働き続け、何日も食事も風呂もない時もあったという。
「おかげで、ちょっと体を壊しちまってな。——もう、兵士は無理かなって思ってる」
「え……」
休暇がちらほらと終わって、兵士らは出勤し始めている。ガヤクはまだ長い休暇なのだと思ったら、調子が悪かったようだ。
ミラは思わず身を乗り出した。
「どこが悪いんですか」
「どこって……無理がたたっただけだから、普通に生活してりゃ、問題は——」
「お医者様には?診てもらいましたか」
「いや」
「明日!——明日、診てもらいましょう」
ミラの脳裏を、母の最期が掠める。
「大丈夫だって」
「だめです」
ミラはぎゅっと手を握りしめた。
「お母さんも、風邪だって言って、そのまま、あっという間に……」
寝込んでからは、すぐだった。少し調子が悪いと言って、早めに寝ると言ったら、そのまま急激に悪くなって。
ミラの手にガヤクの手が重なった。がさがさとした大きな手だった。
「——そうだったな、すまねえ」
ミラが俯いていると、ガヤクの優しい声が頭から降ってくる。
「サビナの最期を聞いてたのに、俺ぁ、気づかなくてごめんよ」
ガヤクの手がミラの頭を撫でた。
「明日、ちゃんと医者に診てもらうから。心配すんな、な?」
ガヤクがそう言って気遣ってくれたのが嬉しくて。ミラは何か話すと涙が出そうで、ただ頷いた。
ガヤクはコン、と飲んでいた酒瓶を置いた。
「——今日はもう遅いから、帰りな。明日は医者に行って来るから、また明後日会おうぜ」
翌々日、ミラはガヤクを訪ねた。
「——あ、ああ……ミラ」
ガヤクは少し元気がないようだった。
お医者さんはどうだったのかと聞くミラに、とりあえずゆっくり話そう、と中へ誘う。
「父さん……?」
「いや、ちょっとした病気は見つかったけど、治療すれば治るって。死ぬような病気じゃねえよ」
「本当に?」
ガヤクは力なく笑った。
「心配すんな。ミラを一人になんて、絶対にしねえよ。たった二人の親子じゃねえか」
ガヤクにも身寄りがないから、家族は二人だけ。そう言われている。
ミラが持ってきた昼食を一緒に食べると、ガヤクはごそごそと紙袋から瓶を取り出した。中には黄色い粒がたくさん入っている。
「それ、何?」
「これがその薬だ。これ飲めば、ちゃんと治るからな。忘れねえように、朝昼晩飲まねえと」
「それで、どこが悪いの?」
「あー……胸だよ。心臓。だから、もう激しい運動はできねえって。どうすっかなあ」
そう言いながらもガヤクはそれほど困っていないようだった。カラカラと音を立てて瓶から薬を取り出し、飴玉のように口に放り込んで飲んだ。
「痛かったり、つらかったりは……」
ガヤクは優しい笑顔でミラの頭を撫でた。
「だから、心配すんなって。そうやって心配するから言いたくねえんだよ。普通に生活する分には、全く問題ねえんだって。これ飲んでりゃ大丈夫だから、な?」
「うん……」
「お前、城の皆からは明るいって言われてんのによお、聞いてた話と違うじゃねえか。俺のせいか?辛気臭い顔すんなって」
ガヤクはくしゃくしゃとミラの頭を撫で、明るい声で続けた。
「——俺さ、細けえ事は気にしねえ性格なんだ。お前の明るい性格は俺に似たんだって。サビナはほら、ちょっと真面目なところがあっただろ?な?だから、ほら、笑ってろ。俺は大丈夫だから」
そうやって母さんのことを持ちだしながら言ってくれると、ミラはたまらなく温かい気持ちになった。
これが、お父さんっていうものなのだろうか。
心配しあったり、ふざけ合ったり、思い出話をしたり。
「サビナの口癖だったろ?真面目に、地道にやってりゃ、ええっと、なんだっけ」
「神様は見ててくれる?」
「そうそう。あいつ、修道院がやってた孤児院出身だからな。信心深えんだ。食事の前にきっちりお祈りしてんのなんて、あいつくれえだぜ」
そうだったんだ。ミラと二人の時も、母は食事の前にお祈りをしていた。きっちり、とまで長くはないから、ミラが生まれて短くなっていったのかもしれない。
「いっつもそんなんじゃ、大変だろ?ミラ、肩の力抜いて、楽に行こうぜ」
「うん……」
薬を飲めば大丈夫って言うのなら、きっとそうなんだろう。心配しすぎてガヤクと気まずくなるのも嫌だったから、ミラは笑顔を作った。
そうして食事を終えてから、ミラは部屋の片隅に積まれてある洗濯物の山を見つけた。
「父さん。あれ返って来た洗濯物でしょ?せっかく洗濯終わったのに、皺になっちゃってるよ」
寮の者の洗濯はまとめてメイドが行ってくれる。終わったら返ってくるが、使用人同士なのでそこまで丁寧には返却されない。各自受け取ってからきちんと整理しなくてはいけない。
ガヤクは何事も大雑把なようで、今着ているシャツもよれよれである。
髪も髯も伸び放題だから、いっそくたびれたシャツの方が違和感はないのだが。
城勤めで、身だしなみもうるさく言われているミラとしてはやはり気になる。
「すぐ皺になっちまうんだよ。いいんだよ、もう働けねえんだし」
「あ、じゃあ、そのシャツ、私がやってあげる」
ミラはシャツを手に取って、フックに掛けた。片手に魔力を纏わせる。
「何すんだ?」
「最近、いいこと考えたの。出来上がった洗濯物をね、これを、こうやってやると……」
水魔法で水蒸気と火魔法で高熱にあぶり出し、それを噴霧しながらしわを伸ばす。シャツはあっという間に新品のように輝きを取り戻した。
「——へえ。そりゃすごいな」
「メイドの仕事にね、魔力を色々使うと、たくさん仕事を回せるの。綺麗になったりするし。私、この魔法でもっともっと役に立ちたいって思うの」
「聞いてるぜ。生活魔法、だろ?それのおかげで王家の方々からの覚えもめでてえって。——お前は本当に、俺には過ぎた娘だよ」
「そんな」
ガヤクは深く長いため息を吐いた。
ここまで明るかったのが一変して、ミラは不安になる。
ガヤクは薬瓶をカラカラと手の中で転がして遊びながら、独り言のように呟いた。
「お前はそんなに立派なのに、俺はもうこんなになっちまって……情けねえな」
「そんな、父さん、そんなこと言わないで。薬を飲んだら治るんでしょ」
「ああ、まあな……」
そう言ってガヤクはコン、と薬瓶を机に置いた。
大切そうに指でトントンとその蓋を叩く。
「——俺の持ち金じゃ、これで全部だ」




