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2. 王立学園メイド科

 そして、ミラが城を出て半年後。

 ミラは王都にある、王立学園の門をくぐった。

 今年から新たに創設される『メイド科』の教師として、今日はめでたく初出勤である。

「やあ、来たね」

 門を通ってすぐ、花壇の所で学園長が立っていた。

「学園長!おはようございます!」

 わざわざ出迎えに来てくれたのだろうか。

 ミラは駆け寄って頭を下げた。

「いよいよ今日からだね。緊張してないかい」

「少し」

 ミラはそう言った通り、少し硬い表情で頷いた。

 ミラは退職金で、小さな学校を開くつもりだった。そのための準備を着々と進めていた時——この学園長から手紙が届いたのだった。

 この度、王立学園ではメイド科を新設しようと思っている。王城での経験を活かし、教師をしてみないか、と——。

 どこからか、ミラが生活魔法を数多く編み出していることを聞きつけたというのだ。

 やりたいこととぴったりと合致している。ミラは二つ返事で仕事を受けた。

 この王立学園は貴族から平民まで、試験に合格すれば誰でも通うことができる。十二歳までの初等教育を終えた子供が希望科を受験する。

 但し、やはり王立と言うだけあって、将来王国を支える子供たちを教育することが目的なので、試験は難関だ。それなりの教育を受けた子供でなければ通えないため、自然と生徒は王族貴族、又は裕福な家の子供が多い。

 騎士を目指す者がなる騎士科、魔力量の多い者が選択する魔術科、政治経済法律を学ぶ官吏科といったメジャーな学科から、農産科、家畜科といった少数派の学科もあり、修了年数は科によって異なる。

 王立学園であれば、王城にメイドを推薦することもできるだろう。

 十八年間の恩返しが少しでもできるかもしれない。

 ミラは期待と同じくらい、プレッシャーも感じながらの今日の出勤だった。

「あまり気負わず、思うようにやりなさい」

「はい」

 学園長の優しい言葉に、ミラは笑顔になった。

「進級式は午後からだからね。午前中のうちに、教師たちを紹介しよう。ついて来なさい」

 花壇を通り抜けると、広大な芝生広場の外周をぐるりと赤レンガの外廊下が伸びている。それらを取り囲むように重厚感のある校舎が立ち並んでいた。

 教師棟に案内され、教師陣に紹介される。

「メイド科ねえ……」

 ぼそりと、呟かれる。

「わざわざ教えるほどの事があるのかねえ。今まで現場で教えていて、事足りていたのに」

 誰が何を言っているのか、顔と名前を覚えるのが得意なミラはしっかり聞こえていたが、自分に話しかけられたわけではないので聞こえないふりをする。

 メイド科というものは初の試みだし、生活魔法というものも、存在すら認知されていない。当然の反応だと思う。

 しかも、自分は十八の若輩者である。

 学問としてではなく、あくまで技術を教えることしかできない。

 だから、それぞれの分野で専門性に誇りをもって教えている先生から反発があるのも当然の事だった。

「ミラ・バレリーと申します。『生活魔法』を中心に、二年で修了するよう、授業を行う予定です。よろしくお願いいたします」

 挨拶には、数人が会釈で返してくれた。

「メイド科を選択した生徒は十五名だ。どの子も素直ないい子達だよ」

 学園長はそう言って生徒の名簿を渡してくれた。

 ミラには四階の準備室が宛てがわれた。事前に注文していた通り、メイドの練習に必要な道具もしっかりと揃っている。

 窓からは、遠くに王城の屋根が見えた。

 一番大きな本城、その隣のエメラルド宮、北の棟——ここから見てもどの建物の屋根かわかってしまう。

 懐かしい場所。

 あそこにたくさんのメイドを送り出せるように、今日から頑張ろう。

 そう誓うミラだった。




「今日は、埃を効率的に掃除する方法についてです」

 メイド科の授業はかなり順調に進められている。

 一か月経ち、メイドの心得、メイドの仕事内容についての講義はほぼ終えた。

 いよいよ実践的な演習を行っていく段階になったと言える。

 魔法の使い方について講義をして、演習をして、全員ができれば次へ進む——そんな方法で行っている。

 十五人なので、手取り足取り教えられる。

 そして学園長の言っていた通り、どの子も素直でいい子達だった。

「先生!埃は箒で掃いても、大した手間じゃないんですけど。これも生活魔法を使うんですか?」

「使います」

 ミラはその質問を待ってました、というように一つのガラスの箱を取り出した。中には埃を入れている。

「いいですか。箒でこうやって掃くと——逆に埃が舞ってしまいますね」

 小さな筆で箒替わりに掃いてみせる。いい感じに埃がふわっと舞ってくれた。教師控室の使われていない本棚奥を探した甲斐があった。

「先生、私それ知ってる。おばあちゃんが、濡れた紙を撒いて掃けばいいって」

「あら、私は出涸らしの茶葉を撒くって聞いたわ」

「それも生活の知恵ですね。——けれど、お城やお屋敷には、高級な絨毯が敷かれています。そんなものを使ったら、シミになってしまうでしょう?」

「はあ……」

「かといって箒でただ掃くと、空中に舞った埃はまた時間をかけて元に戻ってしまいますし。拭き掃除は手間がかかりすぎます。そこで——」

 ミラは人差し指を立てて、箱の中に魔力を送った。

「まず、部屋の湿度を少し上げるために、水魔法を使って水蒸気を散らします」

 見た目にはわかりにくいが、ミラの指先から放たれた水蒸気でガラスの壁が少し曇る。

「そして風魔法を応用して竜巻を作って——ほら」

 箱の中の埃が風の竜巻の中に、くるくると集まる。

 おお、と素直な反応が見られた。

「これは結構応用が利く技術です。これをマスターすれば多くの部屋を一気に掃除できますし、お部屋だけじゃなくて、馬小屋も、雑穀倉庫も……厄介な掃除がぐっと楽になるんですよ」

「すごい……すごいわ!」

「先生、私の家は鶏を飼っていて……鳥の羽がそれはもう厄介だったんです。箒で掃いてるはずなのに逆に小屋の中に戻ってきちゃって。こうやってすればよかったんですね!」

 ミラは嬉しくなった。

 本当に素直な子達だ。

 この生活魔法を編み出した時の感動を、またこうやって共感してもらえるなんて。

「じゃあ、やってみましょう」

 そして、三十分後。

「………………」

「………………」

「……先生……ちっともできません」

 そもそも、水蒸気を作るという事ができなかった。

 次第に元気を失っていく生徒たちにミラも少し慌てた。

「——っあ、ほら、そこ、湿ってるんじゃない?」

「これ、手汗です」

「………………」

 水蒸気を作ろうと思うと、ただ水を出すのではなく、その水を極限まで分解しておかなくてはいけない。これが思ったより難しいらしかった。

 辺りが水浸しになったりしている。ミラは出た水を片端から回収した。

「——もう、湿度の調整はせずに風魔法だけじゃ駄目ですか?」

「うーん……でも、この湿度を増すというのは、冬の乾燥にもよくてですね」

 ミラはこの生活魔法を編み出してからというもの、担当になった部屋の湿度を保つようにもしていた。

 王妃殿下から、それは必須業務としてほしいとご下命があったほどなので、メイドとしてはこれを習得しておかなくてはいけないと思う。

「とりあえず、今日は先に風魔法をしましょうか。こっちは風を動かすだけなので」

「はーい」

 しかし。

 竜巻を作るというのが、これまた難しかった。

 微風でいいのだが、思うような対流を作るのには、かなり繊細な魔力操作が必要になるのだった。

「…………」

「…………」

「……先生……埃が暴れまわっています」

「うん。そうだね」

 ただの暴風になっている。

「うーん……こう、くるくるって——」

「くるくるってしてますぅ。してるのに竜巻にはなりません!」

「あーだから、二つの風を作って、こう、編み込んでいく感じで……」

 何度も目の前でやってみせるのだが、生徒の顔がみるみる歪んでいくばかりだった。

 そのうち魔力切れとなって、この日は終了することとなる。

 ——演習に関しては、こんな調子で、同じ技術に数日かかることも珍しくなかった。

 教えると言うのは、本当に難しい。



皆さんはどんな生活魔法がほしいですか?

私はふっかふかの寝床を作る技がほしいかな……

睡眠大事。

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― 新着の感想 ―
また、面白そうな作品執筆ありがとうございます。 出来ることを他人に教えるって難しいですよね。お互いになにが解らないのか解らないですし。しかし、王立学園に就職とは…なんだかどっかの侍従長が裏で暗躍してそ…
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