19. メイドに必要なもの
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王立学園の第二学期が始まった。
ミラは生徒たちに一つ宿題を出していた。
「さあ、成果を見せてもらおうかな」
そう言ってミラは一つの机の前に座った。腕を捲くり、肘をつく。
「先生、本当にやるんですか」
「やりますよ。夏季休業中、ちゃんと水の入ったバケツ、または土嚢で筋トレ、ちゃんとやってきたか見せてください。あ、安心してください。私の方は七割に力は調整します。身体強化もなしです」
そうして始まった腕相撲大会。
が、しかし。結局、ミラの七割の出力に敵った生徒はいなかった。
それも、三秒もった子が二人だけ。後は全員瞬殺だった。
「…………………」
「…………………」
教室には微妙な空気が流れた。
「え……先生の腕、私より細いのに何で」
「先生もしかして馬も担げるんじゃないですか」
「それくらいじゃないと王城メイドにはなれないって事……!?」
小さい教室がどよめきに包まれる。
「先生、信じてください!私ちゃんとやってました!」
「私もです、先生!鍛えるだけじゃなくって、毎日茹で卵も食べてました」
「私は弟をずっと抱っこしていたのに……!」
ミラが何も言っていないのに皆どんどん悲愴感に染まっていく。
真面目にやってることは十分伝わって来た。
「ま、まあ、落ち着いて。やってないだなんて思ってないですよ。ただ、そうですね……もう少し力がないと、王城のメイドは難しいかもしれませんね」
メイドの中では、ミラも特別力があるわけではない。それでも下級メイドは特に力仕事が中心だ。華奢なミラはそれだけで少しハンデがある。
メイドにとって、筋肉は財産なのだ。全くのミラの個人的な持論ではあるが。
「——ノルマとして課したいわけじゃないんです。でもやっぱり、筋肉はあるに越したことはないから。いざ働き出した時に体を痛めることにもなりかねないですからね。だから、今から鍛えておいてほしいと思ったんです」
皆には引き続き頑張りましょう、と言い置いて、第二学期はスタートした。
ミラはその後、騎士科に向かった。
ミラは八歳の時から力仕事をしていたから、この筋肉も自然と身についた。しかし、王立学園の生徒たちはそれほど貧しい家の子ではない。労働の経験もない。
生活魔法を身に付けてメイドを目指すとはいっても、将来的には上級メイドや侍女といったそれなりの職を目指す子らだから、そこまで筋肉にこだわる必要はないと思う。
それでも。
効率的に筋トレできる方法が分かれば、知っておいて損はないと思って。
メイド時代は、ミラもよく王城の騎士団の訓練所に出入りしていた。だから、騎士科の訓練所に行っても見たことのある器具が並んでいる。
騎士の基礎訓練はやっぱり全身くまなく鍛えるように組まれるものだ。そのメニューの中でメイド科が使えるのはどれだろう、と器具を見渡してみる。
——うん、わからない。
騎士科の教師に聞けばいいのだろうが、残念ながら騎士科の教師はローガンを筆頭に、メイド科にあまり好意的ではない。
だからこうして昼休みに少し人目を忍んで覗きに来たのだが。
がやがやと数人の足音がして振り返ると、騎士科の生徒たちが昼食を終えて訓練所に入って来た。
「あれ?先生、えっとメイド科の」
「お邪魔しています。ミラ・バレリーです」
「そうそう、ラペス卿とお知り合いの」
一人がそう言うと、生徒達が興味深そうにミラを見た。
「先生、騎士科にどうしたんですか」
「腕力をつけるにはどうしたらいいかと思って」
「先生が?」
「いえいえ、まさか。生徒です」
「メイド科が?」
「女の子が?」
「そう、たとえば……」
ミラはそう言って、手近なところにある鉄の玉を軽々と持ち上げた。
「これくらいは、片手で持てるようになってほしくて」
「や、先生、それ……」
「俺らでもやっとのやつ」
そうなんだ。
ミラは意外に思って生徒らを見た。
もう既にかなり体格が良い。腕の太さなんて、ミラの倍くらいありそうだ。
「貴方達は、何学年ですか?」
「私たちは、騎士科四学年です」
という事は、十六歳。
「もう入団を決めている子もいるの?」
王立学園は単位制だ。単位が取れれば何年で卒業しても構わない。もちろん、単位をもらうためには試験に合格する必要があるが。
生徒らは一斉に首を振った。
「とんでもない。十五歳で騎士団入りしたラぺス卿が相当特殊で。普通は十八にならないと決まらないですよ」
「騎士の世界は厳しいのね」
メイドも、王城のメイドとなるとなかなかに狭き門だ。だが、王城にこだわらなければ家門の数だけ働き口があるメイドと違って、騎士団は国の中にも数えるほどしかない。
厳しい世界なんだと思う。
ミラは練習を始める生徒達を見渡した。
騎士科の先生達より、生徒の方がずっとミラとは年が近い。
メイド科の生徒はまだまだ子供達、という印象だが、騎士科も四学年にもなると十六。ミラとは二つしか違わない。
ミラの手からひょい、と鉄の球を取ったのは一際体つきのいい青年だった。
「危ないですよ。落としたら怪我します」
「あ、すみません」
白い短髪に、栗色の意思の強そうな目をした青年だった。背も高くてミラは首を後ろに倒して見上げた。
「重いものを持つより、仕事で使う筋肉を育てたほうがいいんじゃないですか?」
「なるほど、ありがとう。えっと・・・」
「イアンです」
イアン、と名乗った青年は生真面目そうにきりっと上がった眉をしていた。
「では、僕らは自主錬に来たので」
そう言って練習用の剣を腰から引き抜く。
使い込まれた剣だった。
「あ、その剣、こぼれてますね」
「練習用の安物なので。一月も持たないんです」
「ちょっと、いいですか?」
ミラは手を差し出すと、イアンから剣を受け取った。
ミラが撫でるように手を滑らせると、剣は新品のような輝きを取り戻す。
「っえ、どうやったんですか!」
「土魔法の応用です。剣の手入れはもちろん持ち主の仕事ですが、練習用の剣はメイドも扱うことがあるんです」
もちろんメイドの仕事としては汚れを拭いて片付けることだったが、ミラは包丁を研ぐのと同じ要領で練習用の剣も研磨していた。生活魔法を使えば、ただ研磨するだけではなく、曲がったところをまっすぐにしたり、こぼれた刃を修復したりとある程度剣が蘇る。
イアンは目を輝かせて剣を受け取った。
「すごい。——あの、ありがとうございます。これって、僕にもできますか」
「魔力はさほど使わないので、できると思いますよ?」
「あ、あの。僕、メイド科の、腕の筋肉を増すメニュー考えます。だから、それ教えてくれませんか」
それはミラにとって願ったりな申し出だった。
「喜んで」
ミラとイアンは笑顔を交わした。交渉成立だ。
その日からしばらく、ミラは何度かイアンと会ってメニュー案を受け取った。器具の効率的な使い方も教わった。
イアンは好青年で、田舎から出てきた、それほど裕福ではない家の出身だと言っていた。一人っ子だから、必ず騎士になって親孝行がしたいとも。
練習用の剣は支給されるが、支給品以上に壊れると自費での購入となる。人一倍練習を重ねるイアンは良く剣を折る。その出費が、実はかなり痛手だったらしい。
その話を聞くと、ミラは一気に親近感が湧いた。




