11. 国王陛下カザール
ミラが九つの時だった。
城で働いていても、末端のメイドが王族に会うことは、ほぼない。この前のレオンとの遭遇がかなり稀なことだったのだ。
それが、レオンと初めて会って数日の事だった。
その日ミラは、黙々と雑草を抜いていた。
今日は庭師のポーのお手伝いをしている。
ポーは、自分にもミラと同じくらいの孫がいると言って、本当に可愛がってくれる。
何か手伝うことはない?と聞くと、儂とお茶を飲んでくれんかな、と言ってお茶を出してくれる。
腰が痛いと話すポーさんに、草取りをさせてほしいと言って道具をもらってきた。
根っこから、ゆっくりと雑草を抜いていく。小さな雑草も丁寧にやっていくと、かなり時間が掛かる作業だ。これをしゃがんでやるのはいつも大変そうだなと思っていた。
夢中になって作業していたから、いつの間にか隣に人がいるのに気づかなかった。
草に手を伸ばして、そこに小さな足が見える。
驚いて見上げると、いつの間にかすぐそばに男の子がいた。
「——っわ」
集中していたから、思わず声が出る。
ミラが驚いたからか、その子も目を真ん丸にして見つめてきた。
「なにしてるの?」
男の子が聞いてくる。高級そうな服に、金の髪とアクアブルーの瞳。
髪なんてつやつやのサラサラで風に揺れている。
これは、どう見ても王家の王子様だ。きっと第三王子様だ。
王子の背後を見るが誰もいない。
「ねえ?」
「あ、草を抜いています」
「なんで?」
「花壇がきれいになるからです」
「へえ」
乳母がいないのだろうか。そう思い探そうとすると、イグルスがミラの持つ熊手に手を伸ばしてきた。
「イグもやる」
「えっ、その……汚れますよ」
目が覚めるような真っ白なシャツと、ベージュのズボン。羽織っている防寒具のケープも何かの毛皮で、更にふわふわのファーがついている。
「やーるー」
イグルスはミラの手から熊手を奪った。
危ないんじゃないだろうか。
そう思ったが、ミラもまだ九歳。どうしていいのかわからない。
イグルスが小さな手で熊手を土に刺した。しかし、力があまりないので、いたずらに土をまき散らすだけだった。
「かたい」
むっとして唇をへの字にするのが、すごくかわいい。
小さい子って、こんなに可愛いんだ。
ミラはこの子を笑わせたくなった。
「あの、お手伝いしましょうか」
「うん」
ミラはイグルスの握る熊手を一緒に持った。
ミラのあかぎれだらけのかさついた手と違って、ふわふわして、柔らかくて、つるつるの手だった。
雑草の側に一緒に振り落とし、ぐっと土を掘り起こす。
「——あ、ほら、できました。冬なので、土が固いんですよね」
掘り返された土の中から雑草を取って、根についた土を払う。
「第三王子殿下、ほら、上手に根っこが取れました!ありがとうございます」
「うわあ、もじゃもじゃ」
イグルスはミラから雑草を受け取り、根っこのふわふわした感触を楽しんでいた。
「王子殿下、お召し物が汚れてしまいますが……大丈夫ですか?」
「うん」
「ええと、どなたかとご一緒では」
見渡して探そうと思ったら、イグルスはミラの背後を指さした。
「ちちうえと、いっしょ」
「ち……………」
王子殿下の、父上とは……。
ミラは一瞬、固まって動けなかった。背後を振り返る勇気がわかない。
国王陛下に会ったら、何て挨拶すればよかったんだっけ。
「ねえ、もういっかい」
イグルスは熊手を再び差し出してきた。
「あっ、は、はい」
ミラは再びイグルスの手を握って熊手を使った。
「て、ちくちくするよ?」
「あ、ごめんなさい。私の手、荒れてて……」
イグルスはミラの手をまじまじと見つめた。
「いたいの?」
赤くなったり切れていたり、かさぶたになったり。見た目にもかなりよろしくない。
ミラは手で手を覆うようにした。
「痛くないですよ。大丈夫です。王子殿下はお優しいですね」
イグルスは熊手をぽい、と放り投げ、手でぶち、と雑草を千切った。
うつむいてしまってその表情は見えない。
「ぼく、やさしくないよ。あばれんぼう」
「あばれんぼう、ですか」
「あにうえに、わがままの、あばれんぼーって」
「そうですか」
ぶち、ぶち、と雑草を千切っていく。その手つきは次第に乱暴になっていった。千切った雑草も撒き散らすのでどんどん散らかっていく。
まあ、いいか。
ミラは手元で作業を再開した。
「でも、ご心配頂いたので。私にはお優しいです。ありがとうございます」
メイド仲間は皆こんな手だから、わざわざ気遣われたりしない。
心配そうな顔で痛いかと聞いたイグルスは、やっぱり優しいと思った。
イグルスが雑草を千切って撒き、その横でミラは作業を再開した。
何か忘れているような気もするけど、とりあえずあと少しなので終わりそうなところまでやってしまおうと思う。イグルスの千切った雑草の根っこを掘り返して集めていく。
しばらく黙々と一緒に作業して、小さな花壇が綺麗な草一つない花壇に生まれ変わった。
ミラは雑草を袋に入れて口を閉じた。
「できた!」
綺麗な花壇を見ると達成感があった。ミラは大満足して伸びをした。
「王子殿下、お手伝いいただきまして、ありがとうございます。早く終わりました」
「もう、おわり?」
「はい」
たっぷり入った雑草の袋を見せる。
「こんなにたくさんたまりました!」
「わあ、クッションだ」
クッション。ミラは使ったことがないが、見たことはある。
麻袋に雑草を詰めたものと、高級布に綿を詰めたものでは使い心地に差があるだろうが。
「確かに。いいですね。これを枕にして寝たら気持ちよさそうです」
「やってみる!かして!」
「え、いえ……それは流石に……」
「はやく!」
イグルスがどんどん、と地面を叩くのでミラはそこに麻袋を置いた。
イグルスはそれを枕にして横になる。
ああ、シャツもズボンも、毛皮にも土が……。
「ふわあ……いいにおい」
イグルスは満足そうだった。
喜んでもらえたのは、良かった。もっといいクッションをいつも使っているだろうが。
「ぼく、きょうはこれでねる!」
「それは……ちょっと、どうでしょう」
「いやだ、これがいい!」
見たことはないが、おそらくイグルスのベッドはふかふかの高級なシーツでできているはずだ。そこに土塗れの雑草袋を乗せるなど……考えただけで恐ろしい。
イグルスは放すものかと言うように袋を握っているが。
「あの、王子殿下……私はクッションを持っていないので、それ、私が使いたいんですけど」
「もってないの?ひとつも?」
「はい」
イグルスは起き上がって、麻袋とミラを交互に見た。
「——わかったよ。あげる」
「ありがとうございます!」
良かった。何とか阻止できそうだ。
「だいじにつかってよ」
「はい!大切に使いますね。やっぱり王子殿下はお優しいですね」
ホッとしたから笑みがこぼれる。
「なまえ、なんていうの?」
「あ、失礼いたしました。ミラと申します」
「ミラ、あしたもぼくとあそぼ?」
「え…………」
雑草取りがそんなに楽しかったのだろうか。だが、王子殿下と約束などできない。
何と言って断ればいいのか思案を巡らせていると、足音が背後から近づいてきた。
「私からも頼もう」
その声に、ミラは背筋に寒いものが伝った。
忘れていた。
国王がいるかもしれないと思ったのに。
なんで忘れたんだろう。信じられない。
ゆっくりと振り返ると、そこにはやはり、国王陛下らしい男の人が立って見下ろしていた。
見たこともないような立派な服に、イグルスと同じ金の髪、青の瞳をしている。
ミラはその場に膝をついた。麻袋を抱え込んで頭を下げる。
「頭を上げなさい」
かろうじて頭は上げても、恐れ多くて顔は見れなかった。
「イグルスの父のカザールだ。突然で、驚かせて悪かったね。気負うことはない、今のように、相手をしてくれればそれでよい」
自分なんかが、とんでもない。でも、偉い人にどう断っていいのかわからない。
そもそも、口をきいていいのだろうか。
「少し前に王妃が子を産んで、イグルスは寂しくしているんだ。子供の遊び相手が欲しいと思っていた」
カザールはひょい、とイグルスを抱き上げた
服が汚れるのも構わずに抱き寄せて、楽しかったか、と微笑む父の顔をする国王に、ミラはつい見とれてしまった。
畏れ多いと思っていたのに、じっと2人の顔を見つめてしまう。
あんなに大きな手に抱えられたら、どんな感じなんだろう。
ふとカザールと目が合う。カザールも何かに気づいたように、イグルスを脇に抱えた。
「——では、また人をやるから。そのつもりでいなさい。今日はご苦労だったね」
ミラははっとして、深く頭を下げた。




