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1. 新しい道へ

はじめましての方も、ほかの作品も読んでくださっている方も

お越しいただき、ありがとうございます!!


しばらくは1日2回更新で参ります

「本当に辞めるのですか」

「はい!」

 そう言ったミラの声に迷いはなかった。

 侍従長の執務室である。王城に仕える全ての使用人を統括する執事長。

 ここに入る事は滅多にない。きっとこれが最後になるだろうとミラは思った。

「そのように……清々しく返事されたら、引き止めることも出来ないですね」

 侍従長は困った様な、それでも優しい顔で苦笑した。白髪の交じった髪をしっかりと整え、清潔感、という言葉がぴったりな格好をいつもしている。

 この上司とは長い付き合いだ。いつも温かく見守ってくれた。

 ミラの願いを無下にはしないと分かっていた。

「後悔しないのかい?来月で成人だから、ようやく君を正式に雇用できる。君は総メイド長を目指すものだと思っていたが」

 未練がないのかと聞かれると、勿論、全くないとは言えない。

 でも、新しい道を選ぼうとする時ってみんなそうなんじゃないだろうか。

「この仕事は——国を動かす方々をお支えする素晴らしい仕事だと思いますし、そんな仕事を経験できたのは私にとって、本当に幸運——いえ、それ以上の、救いでした」

 それは心の底から思っていることだった。

 長い間、記憶のある限りを過ごしたこの場所。

 そこに別れを告げるのは寂しい。

 仕事だって、これ以上ないってくらいやりがいを感じていたし、天職だと思う。

 落ち着きがないと散々言われている性格だから、総メイド長なんてとても無理だろう。それでも、メイド長を目指したいと思った時もあった。

「やりたいことができたんです」

「それは何か、聞いてもいいかな?」

 ミラはにっこりと笑った。まだ少しあどけなさが残る、とても愛らしい笑みだった。

「学校の先生です」

「学校、の——?」

 侍従長は思いがけない返答に目を丸めた。

 これまでもミラが思いもよらない事を言ったりやったりするのは常ではあったが、この子はまた相談もなく1人で結論まで辿り着いたんだろうか。

 執事長のそんな心配をよそに、ミラはぐっと強く握りこぶしを作った。

「はい!私が編み出したこの生活魔法を、たくさんの人に伝えたいんです。ずっと、どうすればこのご恩をお返しできるのか考えていました。私が一人でお仕えするよりも、そうやって、お仕えする人をたくさん送り出すことができればと」

「なるほど……」

 侍従長はそれを聞くと、諦めたような表情で顔を綻ばせた。

 ミラの目はもう思い描いた未来しか映していないようだった。この上なく輝いている。

 この、やや猪突猛進のこの子が、この目をした時にはもう誰にも止められない。

「そうやって決めているのなら、私に引き留めることはできませんね」

 ミラは侍従長の優しいまなざしに、ぐっと目の奥が熱くなった。

 この侍従長は、父のように、祖父のように、いつも見守ってくれていた。

 仕事をどう回すかじゃなくて、使用人一人一人がどう働くかを考えてくれている。

 ミラのことも、いつも気にかけてくれていた。

 そして今も、こうして送り出してくれる。

「——困ったことがあったら、いつでも戻ってきなさい。恩返しだなんて言うなら、もうとっくに返してもらっているから、気にすることはない。退職金は、来月には銀行に入れておくから、大切に使うんだよ」

「はい。——あ、月末の武術大会までは、しっかり、働きますので!」

 今月は、これまで開催された事のない新しい大会が、末に開催される。

 王宮に勤める者達の強さを競う大会だという。剣術あり魔法あり。なんと王族の方々まで参加することになっている。

「あぁ……ええ、そうですね」

 侍従長は曖昧な表情を浮かべた。

「では、失礼いたします!!」

 ミラは深くお辞儀をして部屋を後にした。

 部屋に残された侍従長は長いため息を吐いた。

「さて……これは大変な事になった」

 机の上の書類には、ミラの字で退職願にサインがされている。

 ミラは知らない。

 その武術大会が、ようやく十八となったミラを、どの部署が迎えるかを競うために開催されるということを。

 目を血走らせ、勝利を掴み取ろうと死に物狂いになっている者達。

 それでも……。

 これまで一人で頑張ってきた彼女を応援したい。

 それこそ腕に収まるほど小さかった子が、ようやくやりたいことを見つけ、自分の足で歩き始めようとしているのだ。これほど嬉しいことはない。

 侍従長はミラの希望に満ちた目を思い出した。

 方々から非難されようと、あの子の思い描く将来を応援してやりたかった。

 侍従長は退職願に受理印を押した。




 ——こうして、ミラ・バレリーは十八年過ごした王宮を後にした。

 この時、ミラは知る由もなかった。

 たかが末端のメイドであるはずの自分が一人いなくなったとて、この王宮に何の変化もないと思っていた。




 ミラは亜麻色の髪に翡翠色の目をした、少し小柄な少女だった。

 特に食べるのに困ったとかではない。母親も華奢な人だったから、元々そうなのだろう。

 ミラは王城で生まれた。

 と言っても、王城の片隅、メイドの寮の一室で人知れず産み落とされた。

 城の下級メイドだった母は、身寄りもなく、妊娠を隠して働き続けていた。せめて追い出されるまで、なんとかお金を貯めたいと思ったらしい。

 結局無理がたたって予定より早く出産、それも壮絶な出産で意識を失った。そこを、赤ん坊の泣き声を不審に思った同僚に発見された。

 ベッドの上で産声を上げる赤ん坊と血まみれの母……。それはもう、大騒ぎになったらしい。

 一悶着も二悶着もの後、温情によりクビにもならず働き続けることを許された。

 赤ん坊の時には、洗濯メイドだった母はいつも背中にミラを背負って働いていた。ミラが歩けるようになってからは、城で働くいろんな人に見守られながら育てられた。

 しかし。ミラが八つになった年。母は突然この世を去った。

 本当に突然の事だった。

 世界が真っ暗になったような気がした。その真っ暗な中で、ミラはこの時、城に留まりたいと必死で頼み込んだ。

 城から出たことのないミラにとって、母親との思い出の詰まった王宮を出るのは恐ろしすぎた。そしてそんなミラの気持ちを汲み取って、侍従長と総メイド長も働きかけてくれた。

 下働きのようなものから、やがてメイド見習いとして雇ってもらい、ミラは十八まで城でひたすら働いた。

 ——受けた恩は必ず返さないといけないよ。

 ——こうしてたくさんの人の温情で、私たちは生きていけるんだ。それを忘れてはいけない。

 母は口癖のようにそう言っていた。

 だからミラは、必死で働いた。

 勉強もしたし、その日その日で、自分にできる精一杯のことをした。

 魔力はそれほど多くないミラは、魔力を誰よりも効率的に使用し、独自に組み合わせて工夫することで、メイドの仕事に活かしていった。

 これまでは、魔法と言えばいかに巨大な魔力で攻撃を繰り出すかに重点が置かれていた。ミラの不思議な魔法は『生活魔法』と名付けられた。

 今までメイドの仕事に魔法を使うと言ったら、せいぜい高い場所の物を取ったり、ろうそくに火をつけたりといった程度だった。ミラは掃除にも洗濯にも、色々な魔法を使った。

 そんな『生活魔法』が城のメイドの間では定着して。これなら恩返しができるんじゃないかと、ミラは思った。だからこそやりがいも感じて、もっと、と欲を出すことができたのだ。

 王宮の門を出て、ミラは一度だけ後ろを振り返った。

 かつては、ここから出るのが怖かった。ここにしか居場所がないと思っていたから。

 けれど、今は違う。

 自分の足で、思い描く将来がある。

「よし、出発!」

 ミラは意気揚々と一歩を踏み出した。

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