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閉ざされた空間で

 サディアスに指示されたフレディが階段を駆け上がっていく。足音が遠のき、一分ほどで大きな音を立てて戻って来た。階段から顔を覗かせて叫ぶ。

「本当だ! すごい数のボンベだ。ガキの言う通り爆破させたら一帯が吹っ飛ぶぞ!」

 男たちの間に動揺が走る。お互い無言で顔を見合わせる。

「なぜそんな物がここに」

 彼らの質問にシルヴィオは丁寧に答えた。相手が話を聞く体勢になっているこの時を逃す手はない。

「開会式のイベントで使うんだ。表にたくさん花があるのは知ってるか? デルフィニウムって言うんだけど、あれは大気中の水素濃度を変えることによって色が変化して発光するんだ」

 水素はすぐに消費されてしまい、次々送り込む必要がある。

 本当なら捕まる前に水素をデルフィニウムに流してしまおうと思っていたのだが、それは失敗してしまった。

「ちなみに、これはまったく機密でもなんでもない。花博関係者の偉いさんはほとんどが知っているはずだよ。な、アイリーン?」

「ああ。その通りだ。かなり検討したからな。ドーム内で水素のような危険な気体を扱うのはどうかと、再三話し合った」

「警備も当然知ってるし、ここの詳細な図面が手に入るような人間なら当然わかっていることだ」

 シルヴィオが続けた言葉に、サディアスが反応した。大きく目を開いてから、その視線を月市長に向ける。

 当然ニコラスやアイリーンがそれを見逃すはずはない。

 スティーヴンは怒ったような、恐れているような顔をして地面を見つめている。

「そういえばクルーニー市長は花の塔に興味を示しておられたとか。うちの方に内容照会が来ていましたね」

「え、そうだったのか!」

「お前が本来はする仕事だったんだぞ、主任だろう。嫌がって逃げるから代わりに俺が資料作りをやらされたんだ」

 睨まれて首をすくめる。だがそれも一瞬だけだ。

「もちろん水素についてもいろいろと詳しく載せておきましたけどね」

 アイリーンがわざとらしく、へえと驚いたような声を出す。

「政府の方でも面白い調査報告が届いていたなぁ。ラングレヌ月市長がスブリマトゥムに資金提供をしているといったものだったが」

「なにをっ!?」

 スティーヴンがぎょっとして顔を上げた。その先には口調と裏腹に少しも笑っていないアイリーンがいた。緑色の瞳は宝石のように無機質で冷たい。

「それは、本当か?」

 とてつもなく低く、恐ろしい怒りを孕んだ声が、初めは誰のものかわからなかった。ローズマリーの小さなつぶやきで、彼女の兄の物だと知る。

「知らん! 私は、何も知らんぞ!」

「それは、スブリマトゥムへの資金提供を知らないと言うことですか? それとも水素ボンベがこの花の塔にあったことですか?」

 ニコラスの声はいつもどこか人を小馬鹿にしているように聞こえた。スティーヴンもそう思ったのだろう。今にものど笛をかみ切りそうな表情で彼を睨み付ける。だが、サディアスがもう一度同じように聞くと、彼はこぶしを震わせてスブリマトゥムたちの足下を見つめた。しかし、その先を話そうとしない。

「けど、今火星が閉鎖されたらこいつだって火星に閉じ込められるんだろう? おかしいじゃないか」

 フレディがふと思いついたことをそのまま口に出し、そして再びシルヴィオを睨み付けた。

「やっぱりこいつらの言ってることの方が信じらんねえよ」

 銃口をぴったりと突きつける。船で初めて彼らの仲間に遭遇したときのように、黒い筒の先が冷たく死の香りを放っていた。

「そうさ。そうだ! 私はラングレヌ月市長だ。富も地位も名誉もすべて月に置いてきている。もし火星が閉鎖され、閉じ込められたらそれらは全部ぱあだ。また何十年もここに留まらなければならないんだろう? そんなのはごめんだぞ!」

 水を得た魚のように、喚くスティーヴンをシルヴィオはちらりとみやってため息をつく。タイミングか、それはひどく大きく聞こえ、皆が彼を見る。

「火星で実験するつもりだったんだろ?」

 淡々と、怒りも、憤りも感じさせないその彼の言葉に、スティーヴンは劇的な変化を起こす。

 息をすることを忘れてしまったかのように、喉を詰まらせうめき声を漏らす。

「実験だと?」

 一番血気盛んなのがフレディらしく、彼はまたもシルヴィオに挑むような目をしていた。

「人工臓器プロジェクトって知ってるか? 俺はほんと、ここ最近で勉強したんだけど、その研究論文であいつの、じーちゃんが書いてたんだ。火星が閉ざされていた間に育った人間の、身体的異常が極端に少ない。ぜひ、実験してみたいと」

 さすがにニコラスやアイリーンもそれは初めて聞いたのか驚きの顔をしている。それはスブリマトゥムも同様だった。

「そういえばクルーニー家は代々人工臓器プロジェクト(AIOP)の賛同者だったな。みんなそちら系の大学を出て、研究者でもあった。私も詳しくはないが、特に彼の祖父は研究にのめり込んでいたと聞いている」

「俺が無理矢理連れて来るまで、こっから一番遠いドームにいた。あそこなら、確かに被害には遭わないかもしれない。いつ爆発するのかの指示があったのかは知らないけど――」

「開会式の一時間前だ。始まってからよりも、全員が着席しておらず、緊張と混乱がほどよく混ざり合っているその時間が一番効果的だと言われた。開会式もつぶせるしな」

 サディアスが言うと、スティーヴンはびくりと肩を揺らす。

「月市長が開会式に間に合わないわけにいかないでしょうからねえ。見つかって、セレモニーホールに連れていかれでもしたら、自分の命も危ない」

 ニコラスがそう付け加えた。

「だが、なぜ今なんだ」

 もうスブリマトゥムのメンバーたちもシルヴィオの言葉を疑ってはいなかった。自分たちが利用されたことに顔を真っ赤にして目の前の男を見ていた。

 サディアスの言葉に答えたのはじっと話を黙って聞いていたローズマリーだった。

「ヴンダニウムよ」

「ローズ!」

 初めて、サディアスが彼女の名前を呼んだ。

「無駄よ、兄さん。地球政府はその存在を知ってしまったの」

 音がしそうなほどの勢いで、彼はアイリーンへ振り返る。

 彼女はゆっくりとうなずいた。

「本当だ。水素の件は単なるイベントを成功させるための秘密だったが、これは最高の国家機密だぞ。――植物の変異の原因はヴンダニウムなんだ」

「おい! それやばいだろ!?」

「……レミントンさん」

 シルヴィオが大声で彼女を止めようとし、ニコラスは盛大なため息とともに天を仰ぐ。SFCの二人の様子に、スブリマトゥムのメンバーは驚きを隠そうともせずにうろたえる。

「シルヴィオを掠った場所のセージがね、変異していたの。ヴンダニウムがない場所では絶対に起こらないステージの変異だった。だから、政府は火星にもヴンダニウムがあることを知ってしまったわ。ヴンダニウムは変異を促す。スティーヴン・クルーニーが、人にもなんらかの影響があるのではと考えたのも当然よ。政府はヴンダニウムを集めてなるべくまとめている。変異を最小限に食い止めるためにね。けれどここには、政府の知らないヴンダニウムと、閉ざすことのできる惑星があったの」

 ずっとうつむいていたスティーヴンはすっかり顔をあげていた。すべてをさらけ出された者特有のふてぶてしい顔つきで自分が騙した相手を見ていた。

「お前は我々を利用したのか」

「カーチス・ダグラスを失ったあと、空中分解しそうになっていたのを助けてやったろ? 感謝してもらいたいくらいだ。閉鎖された後も、お前たちなら良き指導者になれただろうに。英雄の称号を逃したなあ」

 緩んだネクタイを直して背筋を伸ばすと、それまでうろたえていたのが嘘のようだ。映像や写真で見ていた月市長そのままだった。

「利用したんだな」

「あの実験は我が一族の悲願だ。そのためなら多少の犠牲も仕方ない」

「火星半分が多少だと!? その後を考えればさらに多くの人間が死ぬかもしれないんだぞ!」

 フレディが激高してつかみかかるが、スティーヴンはまったく堪えていないようで鼻先で彼らを笑った。

「それこそ、望んでいることだ。弱い種が滅び、より強い者が生き残る。それにヴンダニウムが作用するのならばなお面白い結果を生むだろう。それが進化だ。祖父の研究に父も私も魅せられていた。だが、実行に移すのは様々な条件をクリアする必要があった。これだけ恵まれた場所にはもう、出会うことが出来ないかもしれない。花を愛する君ならわかるだろう?」

 そう、シルヴィオに同意を求める。

 狂気を孕んだ彼の言動に、惹かれる物がないと言えば嘘になる。だが、同意はできなかった。

「俺は人で試したりなんかしない」

「だが、君は花を人と同じように愛するというじゃないか」

 確かに、それを否定するつもりはない。以前のシルヴィオなら、その問いに詰まっただろう。だが、今の自分は違う。アーシャに、かえでに、――ローズマリーにそれを気づかされた。

「花は愛でる者がいなければ意味がない。世界中に届けるために、なるべく美しい姿を見てもらうために研究はするけど、あんたは、自分の研究を確かめたいために犠牲を強いる。研究の成果なんて、二の次に見えるよ。研究を、実験をしたいだけに見える」

 言ってやりたいことは山ほどある。だがそれは、サディアスによって妨げられた。銃口がスティーヴンを狙う。

「ならば、お前がその貴い犠牲の第一号だ」

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