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8話

「聖女のやつ……、あのブローチを部屋においてるな。まぁそれもそうか。だがそうなっている以上東の森のほうまではいけない。ブローチにそんな思い出はやどっていないからな」


 聖女はひとり教団を出て東の森へと向かうが、マヌスは見えない壁に阻まれて進むことはできない。

 思い出の世界には『中心』があり、それは以前のネクタイや家、今回におけるブローチを中心に世界が形成される。

 媒体に存在しない思い出は世界に反映されない。

 

 しかしこんなところで手ぐすねを引いている場合ではない。

 場所はもうわかっているのだ。早速マヌスは現実世界へと戻り、武装を整えてから東の森の泉へと向かった。


 もう少し早くに着くとは思っていたが時刻は夕方になってしまう。

 茜色の空がいつもながらに美しい。だが少し視線を落とせば夜の気配を見せ始める静寂な森の姿があった。

 木々が光をさえぎり、行く手を阻むような鬱蒼とした空気を漂わせる中でマヌスは聖女の足取りを追う。

 幸い泉がどこにあるかの看板や舗装された道があったので、泉まではスムーズにたどり着けた。


「ここが、約束の泉か」


 岩壁を背に広がる泉からはけたたましくカエルが鳴いている。

 長らく水に浸り腐ったような臭いを漂わせる植物と動物の糞が混じり合ったようなそれにマヌスは顔をしかめる。

 茜色の空をうつす泉の見た目は絵画にでもありそうな綺麗なものでも、実際の場所とはこうも嗅覚と聴覚を刺激するのか。


 しかしそんな感傷はどうでもいい。

 問題は聖女だ。1ヶ月前とはいえ、なにか手がかりはないものか。

 

 時間も遅いので探索は別の日にしようと思ったとき、泉の(ふち)にそびえる大樹にふと目をやった。

 風になびかれ、大樹はうなる。

 マヌスは誘われるように傍まで寄った。


 樹齢いくつなのだろう。こんな場所になぜ大樹が?

 不思議な感覚にみまわれる中、手で触れようとしたときだった。


「────ッ!?」


 背中を鋭く突き刺すような殺気と濃密な嫌悪の圧に一瞬身体が動かなくなった。

 背後に視線を向けたとき、その正体に驚いた。


「…………やぁ、探し屋、こんなところでなにをしているんだ?」


「アンタは、ザナさんの護衛…………」


「私のことなどどうでもいい。ここで、なにを、している?」


「……調査だよ」


「ぷっ、あははははははははははははははははははははは!!」


 獰猛な瞳を見開かせながらけたたましく笑う。

 カエルが鳴きやみ、ほうほうへ鳥が飛んでいった。


「やっぱり当てにならないなあ~~。聖女様を探してほしいと依頼されておきながら、こんなトンチキなところに来てるんだからなぁ」


「トンチキかどうかはこれから調べますよ」


「…………なぜここへ来た?」


「聖女様の足跡を追いましたところ、ここへ。……なにか、不可解な点でも?」


「どうやってたどり着いた?」


「企業秘密です。…………それにしても奇遇ですね。なぜエネリさんがここに?」


「気安く呼ぶな下郎」


「ザナさんはどうしたんです? アナタは護衛だ。片ときも離れちゃいけない立場だろう?」


「別に問題ない。お薬で少し眠っていただいている。5分もすれば目が覚める。ところで探し屋」


「なんでしょう」


「お前、なぜ私から距離を離そうと、するのかな?」


「…………」


「ひどいなあ~~。こんな場所に男女がふたりきりだったら、殿方であれば色々と考えてしまうものではないかな」


「人にもよるよ」


 右のホルスターの拳銃に手をかける。

 だがエネリは余裕の笑みを崩さない。

 

「残念だよ。お前がもっと無能だったら、前金でそれなりに過ごせただろうに」


 先手必勝、マヌスが拳銃を引き抜いた。

 タイミングは過去最高のもの。だが…………。


 ────ブゥンッ!!


 引き金を引くよりも、いや銃口を向けるよりも先に背後をとられた。

 

「ぬぉおおお!!」


 前方へローリングするように回避する。

 斬撃ではない。貫手による心臓狙いだ。


(な、バカなッ! 速すぎるッ! やっぱりコイツ、間違いない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!)


 絶対に会いたくなかったタイプの敵。

 超人的な身体能力を持つ戦士だ。

 息をするように目視で弾丸を見切るわ、凄まじい速度で動いては一瞬のうちに敵をほふるわで、まさに一騎当千の(つはもの)だ。


 当然数人がかりで、銃火器を持ち込んでかかったとしても到底かなうものではない。

 マヌスもそれなりに戦えるが、彼女のような類から見れば一般人とそう変わらないのではないか。

 なんと絶望的な現実だろう。


「くっ!」


 マヌスは二挺拳銃での連射でエネリに立ち向かうが、抜剣したエネリにかなうものではなかった。

 手首のスナップを利用し軽々と振り回すことで弾丸を弾きながら歩いてくる。

 明らかに人間技ではないそれに濃密な死の気配を感じた。


 夕暮れどきは影が伸びやすく、エネリの威圧感が影と同じく実際より大きく思える。

 そして片方が弾切れを起こすと、エネリは口角をつりあげ、


「ほら、弾をこめろよ。待っててやる」


「な、なに……」


「予備のシリンダーは持ってきているんだろう? それとも、サーベルで私と勝負するか?」


「勘弁してくれよ……アンタ、なんでわたしを襲う?」


「おいおい、最初に銃を向けたのはお前だぞ?」


「どっちにしても殺す気だっただろうが!」


「まぁ、そうだなぁ。どういう経緯であれ、お前は大方知ってるみたいだしなあ。冥途の土産に教えてやろう」


 そして、彼女から語られる真実に、マヌスは目を鋭くさせる。


「聖女ウィカを殺したのは、私なんだよ。この薄汚い泉に誘い出してなぁ」


「……やはり、あの手紙は」


「手紙? おい、なぜ手紙を知ってる? あれは処分したはずだ」


「さぁ、なんでだろうね」


「ふん、まあいいさ。もう、どうでもいい。どうでもいいはずだったのに…………お前のせいで、私の平穏が崩される。断固としてそれは阻止しなくてはならない。お前はもう、存在してはならない」


「なぜ聖女を? 誰の命令だ?」


「命令? そんなものはない。これは私の独断だ。いや、私の、愛だ!」


 エネリの独占欲がゲロのようにとどめなく、罪の告白として吐き出される。



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