7話
教団は全世界に20もの支部を持つ規模。
生命という概念を信仰対象にしている団体であり、それに関する超常的な神秘を『奇跡』としている。
特にこれといった神はいないというのがまたまた稀有な思想だ。
神ではなく、教えそのものを前面に押し出しており、はるか東の海の向こう側に存在する思想をモデルに打ち立てた教団だからか、その思想を薄気味悪く思う者も多い。
そんな中異彩をはなつのが『聖女』という象徴だ。
聖女とはその奇跡の象徴であり、担い手であるともいう。
だがどのようなことを奇跡としているのかは秘匿とされている。
知るのは限られた教団員のみであり、ましてや平民ごときが知る必要もない。
信者には『ただすごい』と盲目的に信じさせれば良い。
そして取れるぶんは取ればよい。
もはや大本の思想もへったくれもなく、原形をとどめているかすらも怪しいところ。
本当にうさんくさい部分はうさんくさい。
裏でなにを企んでいてもおかしくはないのかもしれない。
────聖女になにがあったのだろうか。
純粋な興味と経験則からなる憶測が脳内をめぐる中、1日が過ぎていった。
後日、ふたりがまた事務所へとやってきた。
ザナが抱える大切そうな箱。
中身を見るのはあの部屋に入ってからだ。
「ご足労いただきましてありがとうございました。では、後日詳しい調査を……」
「あの、マヌスさん」
「はい」
「あの、やっぱり、僕も捜索に連れて行ってはくれませんか!」
「若様!?」
「…………申し訳ありませんが」
「あ、です、よね」
「それに危険のともなう調査となります。エネリさんもアナタを連れていくのには反対でしょう」
「無論だ」
「……うん」
「ご心配なく、必ずやりとげますよ」
ザナはこのあと用事があるということでまた馬車でどこかへ行く。
そりゃあご貴族様は平民と違って忙しいだろう。
こうしてまた事務所まで足を運んできてくれたのは、こちらを信頼してか。
それとももう頼るつてがないのか。
ザナの心労を考えると、こちらに来たのは藁をもつかむ思いなのだろう。
…………だからこそ、失敗はできない。
なにもわかりませんでしたなんて言ってしまえば、きっと首が飛ぶ。
特にあの女騎士エネリならやりかねない。
「さて、やるかぁ。なにしろ1ヶ月前だからなあ。どこまでやれるか」
そのカギを握るのはザナから受け取った思い出の品次第。
「────さぁ、行こうか」
例の一室でゲートを開き、思い出の世界へと入り込む。
品はブローチ。以前にザナがプレゼントしたものだが、1ヶ月前ピッタリというわけにはいかない。
思い出の世界がどれくらい前になるかは行ってみなければわからない。
そして舞い降りた先はいかにもな建物の中。
聖なる意匠が列する廊下、教団の内部だ。
「時間からして昼か? まいったな。これはいつなんだ?」
やれやれとしながらマヌスは壁に手を触れる。
壁の中へ入りこみ一体化する。無重力移動同様、思い出の世界でよくやる方法だ。
間一髪だった。曲がり角から信者か教団員の人間が歩いてきた。
そのうちの一室のドアをノックし誰かを呼び掛けている。
壁の振動からそれは聞こえてきた。
(なるほど、あそこが聖女の部屋なのか)
そのまま壁の中をスイスイ歩く。
壁の中は暗いが外側が透けているのでどの部屋にどんなものがあるかが見やすい。
たとえば左側は廊下が見え、何人かが歩いているのが見えるし、右側に並ぶ部屋のひとつひとつの様子がよくわかる。
真横にある部屋は金庫と資料室が地続きのようだった。
そして聖女の部屋のところで足をとめる。
変にかまえる必要などない。ただこうして壁の中から見ていればいい。
聖女はソワソワとしながら髪をなおしたり深呼吸したりする。
この反応だけで誰が来るのか想像にかたくない。
しばらくして現れたのはザナだ。
エネリは部屋の外で待機。もうこのときからつまらなそうな顔をしている。
それと同時に憎悪にも似た感情がヒシヒシと伝わってきた。
感情を押し殺すようにドアの近くで仁王立ちする彼女のことなど気にもとめず、和気あいあいと話すふたりの様子をマヌスは観察する。
話は途切れ途切れで聞こえてきた。
どうやら次の休みにピクニックへいく約束をしているようだ。
教団という以上もっとお堅いものなのかと思っていたが、意外にもそういうところはフリーダムなのかと感心する。
まぁザナの家系を考えれば教団も納得はするだろうし、そこらへんは臨機応変というか柔軟な思考を持っているのかもしれない。
そして帰り際、ウィカは直々に見送りに出る。
ザナは上機嫌で馬車へと向かう。ここだけみれば本当にほほえましいワンシーンだ。
だが、ここでエネリが奇妙な動きに出る。
『聖女ウィカ。先ほど若様よりアナタに届けるようおおせつかった』
『え、彼が私に?』
『若様がもともとシャイなのはご存知のはずだ。さあ』
『あ、どうも…………』
『部屋の中で読むように、とのことだ』
聖女は怪訝に思いながらも約束を守る。
彼らが帰ったのち、ひとり部屋で手紙を読んだ。
マヌスも壁内移動で見やすい場所までいき、手紙を覗き見る。
とはいえ距離が離れているので詳しい内容まではわからないが、要約するとこうだ。
『3日後の夜に東の森にある泉の前まできてほしい。大事なものをわたしたい』
手書きではないタイプライターの文字で。
しばらくジッと見ていた聖女だったが、徐々に頬を染めて朗らかな笑みをみせる。
────とても幸せそうだった。
どうやらその場所へ向かうようだ。
ついていかない理由などあるはずがない。
3日後の思い出の世界へ行かなければと、マヌスは一旦隣の部屋へ行ってから再度ゲートを開く。
こういった時間移動ができるのもこの能力の利点だ。
そして3日後の夜、聖女のあとをつけるだけ、だったのだが…………。




