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28話

 サリアと並び歩く姿は、傍から見れば夫婦に見えなくもない。

 だが実は戦友であったなどと、誰が思うだろう。


「驚いたよ」


「驚いたのはこっちよ。まさかアンタがこの街にいるだなんんて」


「来たのは最近?」


「先週。ちょっと用事でね。アンタは今なにしてんの?」


「しがない探し屋さ。探し屋バトラキオンって言ってね。失せもの探しや証拠集めはお手の物。これでもちょっとは有名なんだよ」


「へぇ、立派だね。」


「君は今なにしてんの? 軍人、続けてるとか……は、なさそうだな」


「別になんだっていいでしょ。飲む?」


「飲まないよ」


 サリアはずっと酒を飲んでいる。

 そうしないと手が震えてしまうらしい。

 マヌスの記憶の中にいる彼女は、そんなではなかった。

 

 同じ部隊にいた期間は短かったが、何度か交流があったため覚えている。

 整った顔立ちに、拭いきれない影を秘めた、美しくも有能な女性兵士だった。


 撃てば百発百中。

 特にスナイピングは部隊随一の腕。

 だが上の命令で転属となって以来、こうして会うことはなかった。

  

四〇四(ヨンマルヨン)部隊、懐かしいね」


「……あぁ」


「どうしたの? 顔色悪いけど」


「皆、死んだ」


「……知ってるよ。寄せ集めの弱小チームって揶揄してたくせに、激戦区に送り込まれて」


「わたしは……」


「マヌス、自分を責めないで。生き残ることは罪じゃないよ。アンタこう思ってるんでしょ? 自分のせいで全滅したって」


「そうだよ。事実だ。わたしが、やらかしたんだ」


「だからッ! いや、やめとこう。────アンタも、難しい過去に囚われちゃってるんだね」


「そういう君は?」


「似たようなもんよ。人生最大の汚点やらかした……」


「そうか」


 気まずい沈黙だった。 

 素直に再開を喜べないのは、まだ心に戦火がくすぶっていたから。


 ふたり並んで歩いているのに、思い出という温もりを感じなかった。

 暗い未来を考えてしまったときほど、孤独な瞬間はない。

 それを拭うにはあまりに過去が重すぎた。


「気に病むなよ。なんてわたしが言えた口じゃあないね」


「お互い様よ。それにさ、たぶんアンタより、アタシの()()()()()のほうがずっとずっとカスだからね。罪悪感と酒で溺れるしかな~いの」


「そんな手が震えるほどにかい? アルコール依存症か?」


「正解~。飲まなきゃやってらんない。もう、わりと人生、どうでもいい」


 なにが彼女をここまで変えてしまったのか純粋に気になった。

 だが、詮索する勇気がわかなかった。

 サリアを詮索することは、自動的に自分の過去に触れることになるだろう。

 忌まわしい戦争に、サリアが変わった原因がある。


(いや、下手に考えすぎだ。戦争で心を壊すなんてのはよくある。砲撃や魔術の轟音で神経がやられる奴や、仲間が死んで心を壊した奴なんて大勢いた。サリアもそうだ……きっと)


 だがこれまでの直感と、エーデルワイスで思い出の世界へと入った経験則が静かに否定していた。

 彼女をここまで変えてしまったことは、もっと別にあるのではないかと思えてならない。

 

「どうしたの? 考えこんじゃって」


「いや、なんでもないよ。あ、これからどう? 食事あとだけど、少しお茶しない?」


「え、なーにデートの誘い? ふふふ、へったくそ」


「あーそうかい。そういうのならここまでだ」


「ごめんって。冗談じゃん。ん、なんだ。アンタ結婚とかしてなかったの?」


「悪いかよ。いいだろ別に」


「アハハ、ぜーんぜん。結婚なんてするもんじゃないよ。娘とあんなことになるくらいなら……」


「娘? 君結婚してたのかい?」


 サリアの足が止まった。


「結婚は戦争が終わってから? そうかー。お祝いとかしてあげたかったけど……」


「やめて」


「サリア?」


「ごめん。今の忘れて。酔っ払ってたから変なこと言っちゃった」


 また勢いよく飲み始めた。

 むせ込み、橋の欄干から身を乗り出して吐き気を催している姿は、過去によっぽどのことがあったことを象徴している。

 おそらくは、さっき言っていた『娘』だ。


「大丈夫か? 飲み過ぎだぞ。っていうか君、酒そんなに飲めた? 度数高いやつだろ、それ」


「うるさいなぁ。おぇぇぇ……。もういいでしょ。私のことはもうほっといて!」


「そんな怒るなよ。どうしたんだよ」


「うるせー! テメ―の口ん中にゲロぶち込むぞコノヤロー!!」


「ホントどうしたんだよ君……」


 酒臭さをそよ風が流してくれたおかげで、しかめっ面をしなくて済んだのは幸いだった。

 ここまで荒れていると本当にほっときたくなるのが、人の心の悲しい一面だ。

 というよりも本当にそうしたくなった。

 なにしろ自分たち以外通行人がゼロというわけではない。

 

「ハァ、橋から落っこちるなよ?」


「かえれ~……」


「わかった。帰る。もう帰るよ。飲み過ぎるなよ。マジだかんな」


 マヌスは少し離れた場所へ移動し、彼女を見守ることにした。

 少し落ち着いたようで、フラフラと歩いていったのを見届けると、気を取り直して散歩を続けることにした。


「あ、見つけた見つけた! お客さんお客さん! いやぁ~入れ違いにならなくてよかった」


「あれ、さっきの店の人じゃあないか」


「これ、お連れさんの忘れ物でさぁ」


「ペンダント? ……確かなのかい?」


「あぁ、落としたの見かけてね。そのときに声をかけりゃよかったんだが……ちょっと忙しくなっちまって」


「……わかった。じゃあわたしが届けておくよ」


 店員からペンダントを受け取り、再び歩き出す。

 サリアを追いかけようと思ったが、もうすでに見失っていた。

 昨日今日で情報が多すぎて、もう散歩を続ける気分にはなれなかった。

 

「まぁ事務所の名前教えたし、ほっときゃ来るかな。今日は帰って休もう」


 気分を切り替え、今度は深夜に備えて温存することにした。

 1日空けただけなのに、事務所で過ごす時間はどこか懐かしく感じた。

 遠くまで行くというのも、なかなかいいものかもしれない。


 次の行き場所は、もっともっと遠い場所だ。

 なにを見ることができるかは、旅以上にわからない。


 




 

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