27話
早朝の荒野に乾いた風が吹く。
寝起きのぼんやりとした意識で感じ取っていると、フレデグンドとリーベルがやってきた。
「昨日は大変なご無礼を……お詫びいたします。ほらリーベル、アナタも」
「……申し訳ございませんでした」
リーベルはこっぴどく怒られたのか、ひどくムスッとしていた。
そして目元は腫れぼったく、涙の痕まである。
「いえ、元はと言えばわたしが人様の事情に首を突っ込んだことが原因です」
「そんなことはありませんわ。アナタはランテックのことを友達とまで言って、命がけで戦ってくれた。私はショックでなにもできなかった。本当に、どうしようもない女……」
「姉様……そんな、姉様がどうしようもないなんて」
「そうですよ。もう悲観的になるのはおよしなさい。妹さんが不安になられる」
「そうですね。すみません。私ったら……」
「……ランテック君はどうしてます?」
「まだあの子は寝てますよ。きっと時間ぎりぎりまでそのままでしょう。ええ、あの子はいつだってそうなんです。ほんとにマイペースなんだから」
「いずれ彼にも、時間に追われて慌ただしくなるときが来る。ランテック君は聡い子だ。ちゃんとしますよ」
「そうですね。……そのときまで、私は命をかけて守り抜きます」
この姉弟には、まだまだ時間が必要だ。
完全に円満とまではいかなくても、それぞれが互いに歩み寄れる日が来ることを、マヌスは密かに祈った。
「おっと、列車が来た」
「お別れ、ですわね」
「ふふふ、不思議ですね。まさしく昨日今日の出会いだというのに妙に名残惜しいものです」
「本当にそうですね。マヌスさん、また会えますか?」
「……ご縁があるのならきっと。ランテック君にも、よろしく」
荷物を手に、マヌスは列車に乗り込む。
フレデグンドはにこやかに手を振り、隣のリーベルは顔を背けながら小さく手を振った。
(最後まで嫌そうにしちゃってまぁ。可愛げのない妹だ)
駅を離れて数分、マヌスはドワイト・マグガーベンのノートを手に取る。
(客がいないうちに読むか? いや、そもそも古いものだから古い文字で書かれてんじゃあないか? しまった。そこらへんは考えてなかったな。読める前提で渡したのかランテック君は? ……まぁいい。深夜にでもやろう。帰ったら街をブラついて、穏やかに、静かに時間を過ごすんだ。その辺の店で美味しいランチを食べて、そうだな。普段と違うルートを散歩するか)
色々考えると、この列車の揺れも楽しく感じる。
ウトウトするのもいいが、このまま景色を眺めているのも楽しい。
なんでもない時間を、楽しめる。
これこそが重要なのだと、表情は変えないまま目を細めながら、移り行く窓の外を眺めた。
時間はあっという間で、街までついた。
事務所へ戻って荷物を置き、持ち物は最低限にしてからまた街へ出る。
(2日空けてただけで、もう戦争ムードか……。新聞も色々好き勝手書いてるなあ。いや、よそう。こういうのも抜きだ。まずは歩く。静かな通りをいつもより遅いスピードで歩くんだ。それからランチ。ん~、こう考えるだけでも幸福感と安心感が湧いてくるもんだ)
河川敷を歩き、静寂とそよ風の間をそうそうと流れる水音に耳を傾けながら、少し暑くなっただろう気候に季節の移り変わりを直に感じ取る。
不思議にも、川の独特な臭いはそこまでしなかった。
たまに風に乗って、鳥たちの巣がある付近の林から魚独特の臭みが漂うのだが、ラッキーなことだ。
そこそこまで歩き、いい時間になったので目についた適当な店に入った。
(ん~、うまい。ここの肉は柔らかいな。骨からすぐに離せるし食べやすい。こういう店もあったのか)
「おい聞いたか?」
「あぁ、聞いた聞いた。政府のクソ野郎どもめ」
ふと近くの席の客の会話が耳に入った。
「この緊急時にまだ内輪揉めしてるってな」
「なんでもアバンドーズ家がいなくなってから、余計に権力争いに拍車がかかってるらしいぜ」
「なんでいなくなったんだ?」
「さぁな。大方この国を裏切って亡命したんだろうぜ。さすがは売国奴貴族様だ。行動が早い」
「その売国奴がいなくなったら、今度は空白を埋めるために馬鹿どもが利権を奪い合ってるらしい」
「やだやだ……敵国が目を光らせてるってときになにやってんだ。んなことしてるから、国民から総スカン喰らうんだ。へへへ、支持率どこまで下がると思う?」
「一応トップは平和的解決のために話し合いの場を設けて、友好な関係を築こうって決めてるらしいがね」
「そんなのやってるふりさ。子供だましのほうがまだ面白味があるぜ」
(ふぅん……)
マヌスは耳を傾けながら、レモネードを口に含む。
情勢を見れば当然の不安と愚痴かもしれない。
ただ、平穏な1日を過ごそうと思っていた自分にとっては間が悪かった。
「帰るか……────すまない会計を。おっと!」
小銭を落とした。
しゃがんだとき転がった小銭が誰かの足にぶつかって止まる。
「あぁ、失礼」
「いえいえ」
女性の声だ。
「ん、それってお酒のボトルですね。この店は酒の持ち込みはいいのかな?」
「これは薬ですよ~。私にとっては超がつくほどの薬。えへへ~」
(酒臭い……昼間っから飲んでるのか?)
帽子のつばから視線をのぞかせ、女性の顔を確認する。
金糸の長髪はぼさぼさで、顔は酔ってて真っ赤。
緑色の瞳には生気がなく、口角からは涎が垂れていた。
明らかに落伍者。
────だが、マヌスはこの女性に見覚えがあった。
「君、まさか……」
「んへ?」
「サリア、サリアだろう? ……魔導士殺しのスナイパー」
サリアと呼ばれた女性が硬直する。
酩酊の色が瞬時に消え、表情筋が引き締まったように顔が驚愕で整った。
「あ、あの……わたしを覚えてるか? 君は途中から別の部隊に転属してしまったけど……」
「マヌス………………アートレータ」
ゴトンと彼女の手からボトルが落ちた。
かつて所属していた部隊のメンバーのひとりだった女性、サリア。
思わぬ出会いに、マヌス自身困惑の色を隠せなかった。
ふたりがまた口を開くまで、ボトルの中の酒は大きく波打っていた。




