26話
左手に手袋をつけたマヌスが、リーベルと向かい合う。
緊張の面持ちで、かつての戦場の気配をヒシヒシと感じていた。
リーベルは余裕綽々で勝利を核心していたのだが、────勝負はまさしく一瞬だった。
夕陽の中で影が伸び、互いの距離感にもズレが出てくる中、マヌスはものの見事に正確無比なショットを見せつける。
「う、ぐ……あぁ」
リーベルは右手を抑えてうずくまり、背後には彼女の銃が転がっていた。
目にもとまらぬ早撃ちだった。
リーベルの放った弾丸を1発目で弾き、2発目でさらに別方向へ弾く。
その際偶然にも、2発目が彼女の銃に当たった。
あまりの速さに、銃声が1発しか聞こえなかった。
唯一、彼の動きを細かに目視できたのはフレデグンドのみである。
「もう……いいでしょう」
「が、き、貴様ぁ……オイ、なにやってるお前ら、コイツを捕えろ!」
「おやめなさい!」
「ね、姉様……」
「マヌスさん、妹がとんだご無礼を。どうぞ行ってください。報復などさせません」
「わかりました。この場はお任せします」
「マヌスさん……」
「……行こうか、ランテック君」
夕陽を背に、マヌスは街へと向かう。
そのうしろを、彼はついてきた。
「すごかったね。リーベルねえさんに勝つだなんて」
「正々堂々の真剣勝負なら、勝っていたのは君のお姉さんだよ」
「そうなの?」
「魔導士は対銃撃の魔術なんて普通に組んでるだろうし、人並み外れた身体能力を持つ人間だったら弾丸を見切られて避けられるし、なんなら弾丸掴むやつだっている」
「僕あんまりそういうのわかんないから……」
「ぶっちゃけ奇跡だ。条件が揃いすぎた。だから勝てた」
「でも、殺さなかったね」
「……仮にも君のお姉さんだ。殺してほしいって望んでたとしても、わたしはそうしないよ」
「そんなこと、思ってないよ」
「よかった。わたしは少し休むよ」
「うん。あ、えっと」
「どうかしたかい?」
「いや、また明日ね」
「……うん? うん」
宿屋に戻り、互いに部屋へと入る。
荒野の向こう側から夜の毛色が迫り、鉱山街に帳を降ろした。
部屋の灯りは少々頼りなく、窓の外の色に容易く染まってしまう。
「これじゃ本を持ってきてたとしても読めないな。持ってこなくて正解だったか。……あぁ、ビールでも飲みたい。こんな時間に店開いてるかな?」
廊下へ出ると、ランテックが部屋の前で待っていた。
「やあ」
「おお、君か」
「下のカフェエリアで話さない?」
「使えるのかい?」
「宿屋のオーナーさん? あの人に話つけてた」
「そりゃそりゃ」
「これもいるかなって?」
「おお、ビールにグラス……なんで君が?」
「ねえさんからマヌスさんへ差し入れ」
「そうか……じゃあ、いただこうかな」
5人も入れば窮屈に感じるような、こじんまりとした空間。
みすぼらしいテーブルとイスは、少し埃がつもっている。
だがふたりで話すにはちょうどいい。
むしろ趣きがあるくらいで贅沢だ。
「ありがたいね。今日は色々疲れたから一杯欲しかったんだ」
「じゃあ、注ぐね」
「すまない」
冷えていなかったが、それでもよかった。
ひと仕事終えて、美味いビールが飲めるということが重要なのだ。
「ふぅ、やっぱりこの味だ」
「僕にはわかんないや」
「いずれわかるよ。もしかしたら君はワインとかウイスキーを嗜むかもしれないけどね」
「そうかなあ」
「君は義理とは言え、あのフレデグンドさんの弟なんだ。しっかり勉強してしっかりとした役職につけば、お金も入るしそれで美味しいものも味わえる」
「そっか。うん、そう考えたら、未来は楽しいかな」
「そうさ。楽しく考えるもんさ」
「……」
「……」
「ねえマヌスさん」
「なんだい?」
「戦争って、また起こるかな?」
「────……起こる、だろうね」
「ごまかさないんだ」
「ごまかしたって、君なら見破るだろう? 大人の顔色って、子供にとってすごくわかりやすいものなんだから」
「……もしも起こったら、僕も徴兵されるかもしれない。でも、そうならないんだろうね」
「それは、なぜ?」
「ねえさんは、僕を守ろうとするから。僕を戦場に出させるくらいなら、ねえさんはきっと戦場に戻ろうとする。そうなったら僕には止められない。ねえさんはきっと意地でも……」
「怖いかい?」
「わからない。わからないんだ……でも、ねえさんが戻ってこなかったら、きっと寂しい」
「……そうか」
ロウソクの火が、ランテックの無感情な瞳の中で揺らめいて映っていた。
それを眺めながら、マヌスはもうひと口ビールを含む。
「戦争、起こらないといいね。出来ればわたしも銃を持ちたくない」
「マヌスさん、兵隊さんだったんだ」
「あぁ、言わなかったっけ?」
「うん、初耳……かも」
「そうか。ならば言っておこう若者よ。戦争にいいことなんてひとつもないよ。参加しようとしまいと、結局弱い奴がバカを見るんだ。そして、バカをやらかしちまうんだ」
「マヌスさん……苦しいの?」
「苦しいさ。今もね」
「リーベルねえさんとは違うね」
「力を示せることが嬉しいなら、君のお姉さんの感情は正しいのかもな」
「僕は、マヌスさんを否定しないよ」
「ありがとう。さて、もう遅い。そろそろ寝るよ。ビールありがとうね」
「いえいえ、お気遣いなく。……そうだ、これ」
「ん、なんだい?」
いやに古ぼけた分厚いノートだった。
上等な装丁には黄金が使用されているのか、その分丈夫で美しい装飾となっている。
「これは? もしかして聖窟から持ってきたのかい?」
「ドワイトのノートだよ。棺桶の中で大事そうに持ってた」
「なんだって!? オイオイオイオイ大丈夫なのか勝手に持ち出して。それと、呪われたりとかは……」
「ハハハ、その辺は大丈夫だよ。マヌスさんへのプレゼント。友情の印にね」
「そ、そんな。こんな歴史的にすごいの、受け取れないよ! これは然るべき研究機関に……」
「マヌスさんがなんでドワイト・マグガーベンのことを調べてたのかは聞かない。でも、それはきっと役に立つはず。もしも研究機関に出したいなら、マヌスさんが直接そうすればいい」
「おいおい丸投げかぁ? いや、違うな。……再度聞くけど、いいんだね?」
「うん、マヌスさんとはまた会いたいから……。そのときはさ、色々話してよ」
「わかった。ありがとうね。────素晴らしき友情に」
ふたりは握手をしてから、各々部屋へ戻った。
マヌスはドワイトのノートをカバンにしまい込み、シャワーを浴びてから横になった。
そして、朝を迎える。
始発の機関車で、街へと戻るのだ。




