21話
彼女の名は、フレデグンド。
名うての魔導士であり、その実力から『サンドリヨン妃の再来』とまで言われた存在。
災厄が如き魔術を披露する姿は、味方にとっては戦女神のようだが、敵にとっては魔女そのもの。
フレデグンドは柔和な笑みこそしているが、彼女から感じ取れた血の臭いの正体が分かった瞬間、生きた心地がしなかった。
「もうじき駅に着きますね」
「ええ、楽しい時間ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
「……勝手な詮索をするようで申し訳ないのですが、フレデグンドさんも鉱山街に? なにかご用でも?」
一瞬、彼女の雰囲気が変わった、気がする。
怒りや殺気ではない。……困惑や動揺にもにた感情の揺れ。
「……ほんの、仕事ですよ」
「あぁ、仕事ですか。でも、鉱山ですよ? 堀りに行くわけでもないでしょうに」
「もうアナタならおわかりなんじゃないですか? ……聖窟ですよ」
「ほう。これは奇遇ですね。わたしもあそこに用があるんですよ」
「……観光、ですか?」
「半分は」
「そうですかぁ」
少し考える仕草をしたあと、フレデグンドは母性的な笑みをたたえ、
「では、半分お仕事ついでに私と同行しますか? ここで会ったのもなにかの縁です」
「おや、これは魅力的なお誘いだ。断るわけにはいかないな」
「ふふふ、よかった。名高き探し屋さんがいてくれたら百人力ですわ」
「なるほど、お互い協力し合って……ということですね」
「そのとおり。アナタの仕事が行き詰ることがあれば、どうぞ私たちの力を借りてください」
「……大人数で動いてるんですか。へぇ~」
話し込んでいるうちに、機関車はゆっくりと速度を落とす。
荷物を手に、フレデグンドとともにホームへと出た。
線路の向こう側に広がる荒野と快晴。
そして地平線の遥か先からやってくる、どこか涼やかな風がゲオルの脇をすり抜けていく。
何百年と変わらないこの地に、有用な鉱物を見出して発展していった街。
それがこの鉱山街であり、そこから発見されたのが、聖窟だ。
(今となっては、ずいぶんと寂れたもんだな。坑道も大部分閉じてしまっている。ゴーストタウンにならないのは、聖窟っていう観光資源があるからなのか……)
「マヌスさん?」
「あぁ、失礼。……ちょっと、宿へ寄ってもいいですか? 荷物を置いてきます」
「ええ、どうぞ」
向かうのは小さな宿。
軋むドアを開き、フロントで部屋の確認をしてからチェックインのサインを書く。
二階へと上がっていたときだった。
(おいおい、階段に座って本なんて読むなよな。しかも、うわ、分厚い本まで積み上げて……通れないじゃあないか)
ひとりの少年はマヌスに気づくことなく、ページをめくる。
年齢はあの4人の少女と同じくらいだろうか。
とはいえ迷惑だ。
宿の人間は仕事しろとクレームを言いたかったが、まずは少年に声をかけた。
「本はイスとテーブルのあるところで読むものだと思っていたが、驚いたな。最近の子は階段で読むのかい?」
「え……?」
「皮肉は通じたかな? なら本題だ。そこをどいてくれ。部屋に行きたいんだ」
「おじさん……」
「……なんだい?」
「そのマフラー、素敵だね」
「ほう、わかるかい? ウチの家に代々伝わるものだよ。おっと、盗んで売ろうとしても無駄だからな」
「失礼だなおじさん」
パタンと本を閉じて、立ち上がる。
「僕は考古学的な興味を以て、素敵と言ったんだよ。ごめんよおじさん。すぐにどくよ」
「あぁ~どうも。もうここで本を読まないでくれ」
「はいはい、……ん?」
少年の臭いをかぐような鼻の動きに、マヌスは怪訝な表情をする。
「……ねえさん?」
「え、今なんか言ったかい?」
「……ううん、なんでもない。じゃあ、またね」
「またねって……まぁいいや。早く部屋へ行って、フレデグンドさんのところへ行かなきゃ」
部屋へ行って、荷物を置き、自衛の武器を装着する。
サーベルは持ってきていないので、ホルスターのみ。
こうして宿を出ると、自分が荒野のガンマンにでもなったような気分だ。
だが、そんな夢に浸る余裕はない。
目指すのは聖窟。
フレデグンド、および協力者たちがそこにいる。
(おそらく彼女の部下だろうな。となると、重役出勤か。まぁ彼女の立場ならそれが許されるだろう)
案内看板の通りに進んでいくと、チラホラと緑が生えている。
徐々に緑の面積は増えていき、荒野とは思えないほどに豊かで、かつ入り組んだ道が出てきた。
道には多くの足跡があり、どのルートを行けばよいかがひと目でわかる。
「見えてきたぞ。うわぁ、大人数だ。しかも、ええ、女性ばかりじゃあないか。いいのかなぁわたしが行っても……。でも待たせてるし」
一見、樹木もまばらな岩山だが、その裂け目こそが聖窟の入り口である。
内部には迷路と見まがうほどに深く連なる石窟寺院があるというらしいが……。
「すみませんフレデグンドさん。お待たせしてしまったみた────」
次の瞬間、金髪の眼帯女が目にもとまらぬ速さでマヌスに肉薄し、
「貴様ぁ……姉様に対しなんだその口の利き方はぁ? 礼儀を知らんらしいな!」
「おやめなさい! ご客人に無礼は許しません!!」
一瞬にしてナイフを喉元に突き付けられたマヌス。
冷や汗をかきながらも、寸でのところで止めてくれたフレデグンドに内心感謝する。
「お待ちしておりましたマヌス・アートレータさん。では、こちらへ」
「え、えぇ……アハハハ」
こうして彼女からのブリーフィングが始まった。
心臓はまだバクバクと跳ね上がっており、説明を聞いている間も斬られるのではないかと、冷や冷やしていた。




