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20話

「……ビール」


 次の日の夜、仕事も無事終わりいつものバーでビールをあおる。

 今日はタバコを吸う客が多いようで、薄明るさもあいまって、紫煙の揺らめきが余計に目についた。

 

 時間はあっという間に過ぎ、ジョッキ半分ほど飲んだとき、マヌスはちょっとした世間話のつもりでマスターに問いかける。


「なぁマスター。アンタはサンドリヨン妃の物語は知ってるかい?」


「えぇ、多少といったところでしょうが」


「いや、昨日ね。知り合いと偶然サンドリヨン妃の話をすることになったんだ。なんでも白女神の学院と関わりがあるって。それ聞いて驚いたよ。小さいころに聞いたおとぎ話が、まさかそんな深い歴史を持ってたなんてねって」


「ほう、そうでしたか」


「それでわたしも、ちょっと興味を持ったんだ。本当は図書館とかで調べるべきなんだろうけど、色々忙しくてね」


「それで私に話を聞きたいと。なるほどなるほど。……しかし、専門家ではないのであまり詳しいものは」


「いや、いいんだ。別に取材とか聴取とかじゃない。酒の席のちょっとしたコミュニケーションって思ってくれれば」


「ふふふ、そういうことでしたら、お付き合いいたしましょう」


 マヌスはマスターと話し合った。

 大まかな内容は、昨日マーテルと話したようなものと、おとぎ話などで聞く内容。

 

 大人がおとぎ話の話をするなど、きっとおかしいのかもしれない。

 しかし、妙な懐かしさがあった。郷愁というのだろうか。

 そう言えば、昔、サンドリヨン妃のお話を亡き母によく聞かされた気がする。


 もうこんな思いは消え失せていたと自分でも思っていたのだが、意外と普段より口がまわるものだ。


「あぁ、そう言えば。お客様はこんな噂をご存じでしょうか?」


「お、なんだい?」


「ここから機関車で2時間ほど先にある鉱山街で、サンドリヨン妃にまつわるものではないかと言われる遺跡があるらしいんですよ」


「遺跡? ……あ、ちょっと待てよ。確かそこって……」


「えぇ、『聖窟(せいくつ)』と言われていて、岩山の裂け目の奥に作られた謎多き寺院建築のことです。そこで色々王妃にまつわる発掘品が見つかったらしいですよ」


「へ~、そうなのかい」


「まぁ、実際こういう話は尾ひれがつくものですし、本当に発掘品があったかどうかはわかったもんじゃあありません」


「ハハハ、違いない。でも、そうだなぁ。たまには観光でもしてみるのも悪くないなあ。街にずっといても面白くないしね」


「おお、いいですね。たまには羽を伸ばすというのも、人生の醍醐味でしょう」


「うん、そうするよ。……ごちそうさま、マスター。話に付き合ってくれてありがとう」


「いえいえこちらこそ。よければ旅の土産話でも聞かせてください」


「あぁ、いいとも」


 マヌスは金をカウンターに置き、そのままバーを出た。

 真っ直ぐ事務所へと戻り、荷物をまとめる。


 そのあとで拳銃を二挺、机の上に置き分解し整備を行った。

 見知らぬ土地にいくので、こういう準備も欠かせない。


 有事の際、すぐに腰のホルスターから引き抜けるように、1挺を短い銃身(4インチ)のものに付け替える。

 慣れた手つきで素早く組み立ててから、予備のシリンダーにも弾を込めた。

 

「さて、寝るか。明日から出張だ」


 聖窟に、なにかあるかもしれない。

 自分でもはっきりわかるくらい淡い期待だ。


 だが、こういうのはダメでもともと。

 なにもなければ、観光旅行という自分へのご褒美とさえ思えばなんてことはない。


 マヌスはシャワーを軽く浴びてから、ベッドへ横になった。

 いつも使っている寝室の暗さが、今宵はやけに暗く感じて、心地よく感じた。



 次の日、朝早くに起きて駅のほうへ向かう。

 駅へ向かう道の人もまばらで、進むのにも不自由しなかった。


 途中、日雇いの列を道の脇に見た。

 離れて歩いていても異臭が漂い、生気のない目が帽子のつばで見え隠れしている。


 ひとりが読んでいる新聞に幾人かが群がり、同じ面をジッと読んでいるのを横目に、マヌスは荷物をとられまいと警戒しつつ横切った。


 駅のホームにつくと、数人の駅員が静かに動き、機関車を待つ乗客が無表情で佇んでいた。

 その中に混じって、マヌスもまた機関車を待つ。

 待っている時間は実に長いが、この旅の醍醐味も彼は嫌いではなかった。

 

 機関車の近づく気配と、実際の音、足に伝わる地響き。

 客車へ入ると、すぐさま窓際の席をとる。

 

「機関車に乗るなんていつぶりだろう」


 列車は汽笛とともに発車する。

 住み慣れた街を離れ、煙を上げる鋼鉄の塊は目的地へと進んでいった。


「すみません。ここ、よろしいですか?」


「ええ、どうぞ」


 いくつかの駅に止まるたび、乗客は多くなるもの。

 しばらく窓からの眺めを楽しんでいたとき、白装束の女性が声をかけてきた。

 事務的な返事をして、向かいの席をすすめる。


「いい天気ですね」


「えぇ、旅日和です」


「……ご旅行、ですか?」


「はい」


「おひとりで?」


「はい」


「……」


 自分から見ても無愛想極まりない返事だとは思う。

 だが元来の性格ゆえ、人とそこまで関わりたいとはならなかった。


 悪意のない行動であることが、まだ罪悪感をやわらげた。

 仕事とはいえ、旅はゆっくり落ち着いてしたいものだ。


(こんなことなら本持ってくればよかったな。まさか人が座りに来るなんて……)


 座ってきた女性には悪いが、一気に居心地が悪くなった。


「もしかして、この先の鉱山街までですか?」


「……! よくわかりましたね」


「いえ、勘です」


「ふふふ、わたしなんかよりずっと仕事に向いてそうだな」


「え?」


「あぁ、すみません。わたし、都市のほうで『探し屋バトラキオン』をやっております、所長のマヌス・アートレータと言います」


「まあ、アナタが」


 女性は驚いたように、右手を口元に。

 着ている服もそうだが、所作のひとつひとつに上品さが出ている。


 だがそれと同時に、────隠し切れない血の臭いもした。


「ご存知でしたか」


「えぇ、その実績はかねがね。……ところで仕事に向いているというのは?」


「あぁ、調査をするにあたって、やはり勘の鋭さというのはどうしても必要になってくるものでして。いやはや、羨ましい限りだ」


 嘘。

 本当はエーデルワイスでなんとかしてる。

 だがそんなこと言えるはずがない。


 ふふふ、と女性は笑い、マヌスも微笑み返した。


 そして時間が窓の風景とともに過ぎていく。

 機関車は、鉱山の見える駅まで伸びる線路を駆けていった。

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