13話
(また戻ってきちゃった……)
シエロは事務所の2階を無表情で見上げながら、しきりに自分の右耳を指でこする。
「ほらシエロ。早く早く」
「ね、ねえ、やっぱりやめない? いや、やるにしてもまた今度のほうが」
「ダメよ! 先を越されたらアンタがピンチになるかもしれないんだよ!」
「う、う~ん」
4人の行使するのは『足音殺し』と、『姿消し』という魔術。
そう長くは持たないのでそそくさと入ってしまう。
ちなみに鍵はかかってはいたが、魔術的な施錠などあるはずもなく、魔術で簡単に開けられた。
「うわ、不用心だね~」
「あれ? マヌスさんがいない」
「なによ。もう出かけたっていうの?」
「あれ? 日記がない……」
「まさか盗んだ?」
「そんなわけがないでしょう。きっとお仕事のために使っているのよ」
シンと静まった事務所内に、人の気配は感じられなかった。
すでに留守にしたかと思ったそのとき、
────カタン。
「ん、なんの音?」
「奥の部屋からだね」
「ねぇ、もう帰りましょう。そろそろ魔術の効果も切れるわ。本人がいないんだったらこれ以上は」
「なに言ってんの。あの部屋になにか秘密があるかもしれないのよ?」
マーテルがいさめるもステラは乗り気だ。
そしてドアノブに手をかけ、中へ入ってみると……、
「あっ!」
一方、マヌスは早速いくつもの思い出の世界へと入り込んでいた。
そして、ようやく目的が達成できそうな世界を見つけたのだ。
それはちょうどあの4人が入ってきたくらいのタイミングだった……。
(よし、探検隊が財宝の山を荷車に積んでるぞ。しかし、かなり慌ただしくしているな。つまり、それだけここの崩落が近いというわけか)
彼らがこの廃都で、財宝以外になにを見てきたか。
それは日記の内容だけではうかがい知れない。
探検に必要な数々の道具と、彼らが持ってきた個性あふれる私物。
それぞれに込められた思いや記憶の数だけ、思い出の世界は彩りを変える。
マヌスは探検隊の陣営が見える少し離れた陰で、見つけた財宝がどこへ運ばれるのかという思いをはせた。
思い出の世界なら壁の中はもちろん、無重力のように軽やかな動きもできる。
崩落もさほど脅威ではない。
いつものように隠密行動をすれば、必ず真実にたどり着ける。
さぁ、終盤だと意気込んだとき、
「ねぇなに見てるの?」
「見りゃわかるだろ。彼らがあの財宝をどうするか確認してるんだ」
「あぁ、本当だ。ところで、ここって過去なんですか?」
「過去? 半分正解かな……。……、…………………………」
沈黙ののち、マヌスの顔が青ざめ、声が聴こえたほうを向く。
「どもども~」
先頭にいたルーチェがにこやかに挨拶。
続いてステラがいたずらっぽい笑みをしながら、両手でピース。
そのうしろでマーテルが深々とお辞儀して、彼女に隠れるようにシエロがいたのだが。
(────)
しかし、マヌスの表情は「なんでお前らここにいんの?」、と言うよりも、「なにしてくれてんの?」と言うようなものだった。
「な、なん、で……」
「なんでって。ホラ、アンタの事務所入ったらさぁ~」
「なにやってんだお前らァーーーーーーーーーーッ!!」
マヌスはその青ざめた顔で罵声を浴びせる。
あと少しでバレそうになったため、声を押し殺しつつも4人を責め続けた。
早く戻れ。
ここがどういう場所かわかっているのか。
そんなことを言うマヌスは目に見えて怯え切っていた。
その後も頭を抱え込むようにしてブツブツと呟いていた。
「どうするどうするどうするどうするどうする。このままだと『アレ』が……いや、4人ならまだ大丈夫か? そんな悠長なこと言ってられるか……! ここにわたし以外の人間が入ってくること自体が……ブツブツ」
「あ、あの、どうされたんですか?」
「うるさい黙ってろ」
「ち、ちょっとそんな言い方……!」
マーテルに対して冷たくあたったマヌスを、ステラが咎めようとしたとき、
「あ!!」
シエロが叫んだ。
視線の先にはあの探窟隊、の惨殺体。
「な、なに?」
予想外の事態にマヌスも驚く。
声を上げることなく仲間が殺されるなんていう内容は日記にはなかった。
『な、なんだお前たちは、ぐわっ!』
「お爺様!」
シエロの悲痛の叫びが木霊する。
どこからともなく現れた謎の黒装備の男たちによって、喉元を掻っ切られてしまった。
「な、なんだ。これは一体!」
だが気がついたときには遅く、すでに黒装備の連中に囲まれてしまっていた。
「あれって確か、魔導特務部隊の……ッ!?」
「え、ルーチェが推薦受けてるっていう!?」
「でもなんでここに!?」
「おいおいおいおいおい、ふざけるなよマジで。こんなこと、許されていいわけが」
恐慌状態のマヌスの背中をさするようにシエロが近づき、
「マヌスさん、大丈夫で────」
「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ!」
明らかに恐慌状態に陥った彼をよそに、黒装備こと、魔導特務部隊員たちはジリジリと5人に距離を詰めていく。
そして5人が一定の距離まで詰められたところで、隊員たちの奥から高らかな笑い声が聞こえた。
「ありがとうシエロ君。君のお陰でお宝が手に入れられそうだよ。君をマークしてて正解だったよ。まぁさすがにこの空間は予想外だったがね」
「あ、アナタは……アバンドーズ家のッ!」
黒いコートに身を包み、メガネをかけた壮年の男が現れる。
その隣にいるのは、彼の息子だ。
つまり、シエロの許嫁である。
「いやはや、この空間はどういうカラクリなのか知らないが、そんなことはもうどうでもいい。お陰で私たちは真の目的を達成することができたからね。ウハ! ウハハハハハハハハハハハ!!」
「パパすごいや!!」
「ち、ちょっと! アタシたちをどうするつもりよ!」
「始末するに決まっている。君たちは私たちの未来の邪魔になるからねえ?」
「おっしゃってる意味がわかりかねます」
足を震わせながらマーテルは問う。
それを嘲笑うように当主は続けた。
「新たなる支配の道、即ち覇道だよ! それは私のような野心深いセレブの義務であり業務であり収入源であり、勲章なんだよ。君たちのような負け犬の家系には到底理解できんだろうがね。我が覇道には金がいる。金だ! この財宝を使い、私はこの国の中枢へ入り、ゆくゆくは世界そのもの操るに値するほどのパワーを身に着ける。全世界がアバンドーズ家にひれ伏するのだ! ウハ! ウハハハハハハハハハハハ!!」
そのためには何人でも殺してみせる。
たとえ放っておいても脅威にならぬだろう女子供でも、わずかな可能性の芽を摘むために抹殺は欠かさない。
「それとも、これだけの人数相手に戦うつもりかな?」
「くっ!」
「な、舐めないでよね! アタシたちにはルーチェが……」
「ごめんステラ。……ワタシでもこれはキツいかな……」
「そ、そんな!」
「い、いや……私、私……ッ!」
それぞれが怯えを見せる中、シエロが勇気を振り絞って前へ出る。
「そんなことをしたら! そんなことをしたらほかの上層部の方が黙っていません! それに財宝を手に入れて、別の花嫁を迎えたところで、アナタがそこまでの権力を手に入れるとは!」
「そのための準備をしてきたんだ! 大人を舐めるな! ハンッ! これだから格下の家は。それにバレるようなことがあっても心配いらん。────そういうときは、『秘書が勝手にやった』と言えば、大抵ことはおさまるものだ。覚えておくのだぞ、息子よ。これはお前の未来のためでもあるのだから」
「うん! パパすごいや!」
「さぁ、コイツらを始末しろ!」
合図とともに、隊員たちがナイフや銃を構え詰め寄ってきた。
もうダメだと思った、その矢先────。
ドゥゥゥン……、ドゥゥゥン……、────……。
地響きか地震に近い振動に、全員の動きが止まった。
「始まってしまった────」
そんな中、マヌスがひとり呟いた。




