11話
「アートレータさーん。アナタが浮気した魔導士を追い詰めた探偵さんってことでいいですよね~」
「探偵、と言えるほど偉くはありません。ですが、その案件ならたしかにわたしがうけおったものです」
ふふんと得意げに足を組むステラにさらりと答える。
いかにもな挑発的仕草にもかまうことなく目を見て話す彼に「あれ?」とステラはうろたえる。
「じ、じゃあどんな手を使ったの? 浮気したクソ男だけど魔術の腕はたしかなものよ?」
「申し訳ありませんがそれは企業秘密です。情報を扱う者として自らのタネを他者に教えるのはちょっと…………」
「えーいいじゃんちょっとくらい」
「そうですよ。やっぱりこう、すんごいこと、ぐあー! っとやるんじゃ」
続けてルーチェもたたみかけようとするが、見かねたマーテルが制止をかける。
「やめなさいふたりとも。あの、突然押しかけてきて、こんな風に問い詰めるようで申し訳ありませんでした。ただかの魔導士の術をどうやってかいくぐったのか、それに対する純粋な興味での質問のはずだったんですが………」
「あぁ、いえ。気になるのはわかります。通常、ただの一般人が魔導士相手に出し抜くなどありえない。これに興味を持つこと自体はなんら不思議でもないでしょう。そういったことから次の依頼、また次の依頼につながるのです。……が、どんな手段を使ったのかというのは説明を控えさせていただきます。こういった職業柄、アナタ方が思うようなスマートでカッコいいやり方ばかりではありません。ご理解いただけると幸いですが……」
「いえ、ごもっともな話です」
「話が早くて助かりますね。……見たところ学生さんのようですが、課外学習ですか? だとしたら申し訳ない。お力にはなれないようです」
マヌスはさっさと帰らそうと応接室のドアを開けた。
マーテルは一礼し、全員にもうながす。
ルーチェは残念そうに、ステラはぶーたれながらマーテルのあとに続いた。
「…………あ、あのっ」
「なんでしょう?」
意外なことにずっと怯えていたシエロが話しかけてきた。
もじもじしながら話しづらそうに、視線もまばらではっきりとしない。
なにかを伝えたそうにしているがそれがなんなのかは読み取れない。
「シエロー、なにしてんの? 早く行くよー!」
「……ごめんなさい。やっぱり、いいです」
「…………そうですか。気をつけてお帰りください」
パタパタと走っていくシエロを見送りながらマヌスは小首をかしげる。
事務所へ戻ろうとしたとき、管理人に出会った。
「なんじゃい。もう帰ったのか? せっかくコーヒー淹れようと思ったのによ」
「あの娘らって飲むのかなぁ? 見たところイイトコのお嬢様方って感じだったけど。まぁそんなことはどうでもいい」
「どうでもいいって……。でもなんだってお前さんのとこに来たんだ? 依頼か?」
「ありゃ冷やかしだ。大方、前の案件で噂を聞いたからからかってやろうって寸法さ。まぁ、ひとりはしっかりしてたけどね。菓子折りまでもらったし」
「おぉ~。こりゃ、中々にいい品だ。ちょっとつまもうぜ?」
「ま、せっかくのもらい物だ。そうしよう」
午後のコーヒータイム。
当然ながらさっきの少女たちの話になった。
「ありゃあ…………『白女神の学院』の生徒さんだね。なんだって名門のお嬢さん方がお前さんの冷やかしに来たんだろうなぁ」
「知らないね。暇だったんだろう」
「でも確か、この時期は試験だかなんだかだったはずだけどよぉ」
「どこからそんな情報持ってきてるんだ…………。じゃああれか? 試験勉強につかれたからちょっとした気晴らしってのり? カァーッ! ろくなこと考えないなぁ!」
「まぁまぁ、こうして美味い菓子もらえたんだから文句言いっこなしだぜ? なんだったらもう1回来てもらえよ」
「いやに決まってるだろう。……とは言え、少し嫌な予感がするよ」
そう、知らず知らずのうちに事件に片足をつっこんだような気分だ。
そう考えると、途端に茶菓子から味が消えた気がした。
舌に絡みつく感触が喉を通り過ぎ、胃やその奥の臓器まで鷲掴みにされているような不快な感触を、コーヒーでまぎらわした。
あれから数日たったあるとき、依頼人がやってくる。
ちょうどあの4人のことなど忘れかけているときだった。
「あの、アートレータさん」
「あれ、たしか君は……」
買い出しから戻ってきたときだった。
ビルの前で待っていたのは見覚えのある少女、シエロだ。
相変わらずうつむきながらおずおずと話しづらそうにする彼女だったが、以前会ったとき以上に暗い雰囲気をまとっていた。
あの奇妙な面談を思い出し苦虫をつぶしそうにらなるも顔には出さず、冷静に話しかける。
「たしか、シエロさんでしたかね。今日はどうされました? お友達は、いないようですが」
「こ、今回は、アナタを凄腕と見込んで、依頼をしにきたんです! わたし個人の問題だから……皆には迷惑かけたくなくて……」
「凄腕とは、恐縮です。……なるほど。わかりました。今応接室は使えないので事務所へどうぞ。汚い場所で申し訳ありませんが」
「いえ、そんな……」
事務所へ案内し、シエロを座らせてからコーヒーを淹れる。
管理人には到底およばないが、ふたりぶん作って持ってくると彼女は何度も頭を下げた。
所作だけみればマーテルよりも平民が板についているように感じる。
少なくとも貴族の流れをくむ富裕層の令嬢には見えなかった。
「さて、シエロさん。早速ではありますが、ご依頼とはどのような内容なのでしょう?」
「は、はい。実を言うと、……わたしの許婚とその家族のことなんです」
「フィアンセとそのご家族、……ほお」
相手はアバンドーズ家の子息。
アバンドーズ家と言えば国に仕える高官のひとりだ。
許婚の父親は特殊調査機関『ブレイズ』の室長というキャリア組。
代々そういった仕事に携わる家系で、その誇りと意志の高さは誰もが認める、ものだったのだが……。
「まさか、依頼って言うのは…………」
「現アバンドーズ家当主、バリー・アバンドーズのことなんです」
「い、許婚の家の事情を、探るということですか?」
「まぁ、そうとも言えるし、そうとも、ううん………」
なんとも歯切れが悪い。しかしとんでもない案件がきたなと冷や汗が止まらない。
浮気調査や行方不明探しとはわけがちがう。
こんなことは小説の中のトンデモ探偵がやるテーマだ。
だが、小柄な体とひ弱な心を震わせて、勇気をもってこうして話てくれた少女の頼みを無碍にするのも……。
「まずは、詳しくお聞かせ願えますか? 彼らがなにをしようとしているのか。そしてアナタがどういう状況に立たされているのかを」
「ッ! わ、わかり、ました」
シエロはゆっくりと語り始める。




