護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には
誤字直しました。ありがとうございました。
「質問なのだが、君達の言う『それ』は、愛なのだろうか?」
俺は、目の前で肩を寄せて寄り添い合って座る二人へと質問した。
「なんだとっ? そもそもお前がっ! 彼女に寂しい思いをさせて傷付けたのが悪いんだろうがっ!?」
「やめてっ!? わたくしが悪いのです! わたくしが、この人を愛してしまったからっ……」
「いや、あなたはなにも悪くない」
俺の質問に声を荒げる男と、顔を覆う女。そして、その女を慰めるように抱き寄せ、俺を強く睨み付ける男。
なんとも馬鹿馬鹿しい茶番。そう思ってしまうのは・・・俺の性格が悪いからだろうか?
俺と、目の前で泣いている女とは、所謂政略的な婚約をしている。そして、俺を睨む男は彼女の護衛騎士だ。しかも彼は、うちが彼女へと付けた護衛騎士、だったはずなのだが・・・?
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ことの発端、と言えるのか・・・
まぁ、ぶっちゃけ。彼女の家が没落寸前で、俺の家は爵位は無いが、成り上がりの商家。彼女の家はそこそこの由緒と伯爵位を持っているが、金が無い斜陽の貴族家。
そして、うちは親父がそろそろ爵位が欲しいと思っていた。
そんな親父が、嫡男のいない没落寸前の貴族家を探して話を持ち掛けたのが、彼女の家だった。
没落して領民を路頭に迷わせるよりは……と。伯爵である彼女の父親も頷いたという。成り上がりの商家の息子を婿養子に取るという縁談には、随分と葛藤していたようだが。
結局は背に腹は代えられぬと利害が一致して、俺と彼女との政略的な婚約が結ばれた。
俺と彼女は、そういう関係だった。
なので、彼女としては金で買われたという気分で、非常に不本意且つ気に食わない婚約だったと言えるかもしれない。
俺の方が彼女よりも五つ上で、俺なりに彼女を丁重に扱っていたつもりではあるが・・・
商家の出の俺は、貴族の習慣などに疎い。それは自覚している。だから、勉強して貴族らしさというものを身に付けている最中だった。
しかも、彼女の家の財政事情や領地経営の見直しに時間を割きながら。
忙しくはしていた。
彼女に寂しい思いをさせていた、という一点では、俺が悪いのかもしれない。
しかし、イベントごとの贈り物やメッセージカードは欠かしたことはない。ただ、彼女と顔を合わせても、話が弾むようなことはなかった。義務的で事務的な交流と、全く広がらない会話でお茶を飲む居心地の悪い時間。それが寂しかったと言われれば、俺が悪いのかもしれない。
そもそもが、『なんで自分を金で買った男と?』という不満もあったのだろう。貴族令嬢のクセに、顔や態度に出捲りだったし。
しかし、誰の家のために忙しくしていたのだ? と、問いたい。
まぁ、あれかもしれないが・・・
没落して使用人が減ったという彼女の家に、うちの方から使用人達を派遣した。一応、古参の使用人達との兼ね合いもあるからと、ハウスメイドやランドリーメイドなど下級の使用人を手配した。
困っていると思ったから。俺なりに、彼女と彼女の家のためになるよう、心配りをしていたつもりだった。
そして、俺が同行できないときの外出のために、うちから護衛騎士も付けた。
今思えば……既婚ではない、しかも若い男を護衛騎士として付けたのが良くなかったのかもしれない。
うちが雇っている、高位貴族の息子。それが、彼女の不貞相手だ。
「ごめんなさい、わたくし、この人を愛してしまったの。だから、あなたとは結婚できません」
大切な話があるから、どうしても直接話したいのだと彼女に呼び出され、告げられたのが先程のセリフ。
不本意な婚約を迫られている令嬢が、自身を守ってくれる護衛騎士と恋に落ちる、という話はよくある。如何にもな、お嬢さん達が好みそうな恋物語に。大衆演劇にもよくある、ありふれた話だと言えるだろう。
ただ、それが俺自身の身に降り掛かるとは、全く想像もしていなかったが――――
「それで? 俺に君との婚約を解消しろ、と?」
彼女は黙って俯いた。
「君の父上は了承しているのか?」
俺と彼女の婚約は、彼女の家を立て直すためのもの。個人の感情は関係ない政略。
「ああ。彼女の父上も、承知の上だ。それに、彼女の腹には俺との子がいるんだ」
告げられた言葉に、そうか……そういうことだったのか、と納得してしまった。
元々、成り上がりの商家の入り婿として彼女の家に歓迎はされていなかった。
婚約打診の段階で考えさせてほしいと言われ、『断るというのなら、別の相手を当たる』と親父が言ったから、彼女の父としては苦渋の決断だったのかもしれない。
うちとしては、彼女の家は爵位を手に入れるために条件のいい候補の一つ。
断られれば、別の家に打診をするだけ。そう答えた親父に、彼女の父は俺と彼女の婚約を了承した。俺の婿入りと、うちが彼女の家を支援することを条件にして。
「寂しかった、の……あなたは、仕事で忙しくして、わたくしのことなど見向きもしなかった」
涙に濡れた瞳が、伏し目がちに俺を見やる。
「ああ。それで、悲しむ彼女を見兼ねた俺が、彼女を口説いて慰めた。だから、彼女は悪くない」
「お父様も、わたくしの気持ちを優先してくれるって。そう、言ってくれました」
「だから、頼む。彼女との婚約を解消してくれ!」
「ごめんなさい……」
寂しかった、か。
よく言えたものだな……と、呆れてしまう。
「質問なのだが、君達の言う『それ』は、愛なのだろうか?」
俺は、目の前で肩を寄せて寄り添い合って座る二人へと質問した。
「なんだとっ? そもそもお前がっ! 彼女に寂しい思いをさせて傷付けたのが悪いんだろうがっ!?」
「やめてっ!? わたくしが悪いのです! わたくしが、この人を愛してしまったからっ……」
「いや、あなたはなにも悪くない」
俺の質問に声を荒げる男と、顔を覆う女。そして、その女を慰めるように抱き寄せ、俺を強く睨み付ける男。
なんとも馬鹿馬鹿しい茶番。そう思ってしまうのは、俺の性格が悪いからだろうか?
寂しいもなにも、俺との交流を望まなかった……いや、拒んでいたのは彼女の方だと思うのだが? 彼女は自分が金で買われたと不満に思い、商人風情と俺を見下していた。
然りとて、俺や親父が手配し、支援することで持ち直した生活を享受していた。
それでいて、寂しいとは笑わせてくれる。
「寂しかったら、身体で慰めてもらうのですか? 貴族令嬢が?」
そうやってたらし込んだのか。
「彼女を侮辱するなっ!?」
「ハッ、彼女を侮辱しているのはどちらだか?」
顔を真っ赤にし、声を荒げる男を鼻で笑う。
「貴族令嬢が、純潔を失うということの意味を理解して言っているのか? 平民で商人の俺だとて、それが重大な意味を持つと知っている」
「そ、それはっ……」
「酷い話ではあるが、純潔でない貴族令嬢の価値は大幅に下がる。所謂傷物扱いだ。嫁ぎ先は限られて来るだろう。そして、彼女を傷物にしたのは、君だ」
「っ!?」
「責任は俺が取る!」
顔色の青ざめた彼女を、安心させるように微笑んで背中を撫でる男。
「だから、なにも心配しなくていい」
なにを言っているんだか? この根拠の無い自信はどこから来るのやら?
所謂、恋は盲目というやつだろうか?
まぁ、彼女の家と、この男の魂胆は判った。
「いいだろう。婚約は解消しよう。慰謝料も不要だ」
「いいのですか?」
不安げに、けれど嬉しさが彼女の顔に滲み出ている。
「ええ。但し、婚約時に結んだ契約に則り、君の家の領地はうちが頂くことになりますが」
「え?」
「は?」
「ど、どういうことでしょうかっ?」
「どういうもなにも、借金で首が回らなくなる前にと、俺と婚約を結ぶと決めたのは君の家の……お父上の伯爵の方だ。借金は、俺が婿入りすることで相殺予定だった」
「で、ですが、借金はもう返済し終えたとっ!?」
「ええ。俺が働いて、君の家の財政管理を徹底したお陰で、となりますが」
「それならどうしてっ?」
これを本気で言っているとしたら、随分とおめでたい頭をしているものだ。それとも、貴族とは皆こういう考えをするものなのだろうか? 理解できん。
「まぁ、既に返済し終えた分の借金も返せとは言いませんよ。その程度は、君達への祝儀代わりにチャラにしてあげます。ただ、俺が君の家に婿入りするという話も無くなったので、担保にしていた土地を我が家が頂くというだけのこと」
「なんだとっ!?」
「そん、なっ……」
「では、俺はこれで失礼します」
大方、俺と彼女とを先に話し合わせて、金銭関係のことを有耶無耶にしたかったのだろうが・・・生憎と、俺も商人のようだ。身内にはならないのだから、金の貸し借りはキッチリしないと。
というか、婚約して数年間、ずっと態度が悪かった挙げ句に、不貞まで犯した女と、その女を寝取った男の二人に、俺が絆されるとでも思っているのだろうか?
それとも、うちが貴族ではないからと舐められ過ぎているのだろうか?
「あ、あなたの実家が、わたくしの家の領地を買い戻してくださいますわよね?」
「え?」
彼女の縋るような言葉に驚き、さっと顔を青くする男。
成る程。そういうこと、か。
「ああ、幾つか忠告をしてあげましょう」
「忠、告?」
「ええ。その男は、確かに高位貴族を親に持ちますが、貴族の『令息』ではありませんよ」
「え? ど、どういう意味ですかっ?」
そもそも、『令息』や『令嬢』、というのは大事にされている息子や娘のことを示す言葉だ。
「そのままの意味ですよ。その男は、高位貴族の愛人の息子です。彼の父親に、うちの商会で雇ってほしいと頼まれたので雇っていました。見返りもありましたからね。一応、愛人の子でも貴族と接することが多い環境にいたので、他の……少々気の荒いうちの護衛達よりは、あなたの側仕えが務まると思ったのですが、失敗でしたね」
うちで使える護衛は、ムキムキで暑苦しくてむさ苦しいおっさん共が多いからな。しかも、堅苦しいのが苦手と来てる。
更に言えば、平民や商人をあからさまに見下すような態度の彼女の家とは、かなり相性が悪い。一度連れて来て様子を見ようとしたが、玄関口でぶちギレ寸前だったので、早々に諦めた。
そういう事情もあり、護衛騎士を奴にしたのだが・・・まぁ、ある意味結果オーライだったか。
「そういうワケですので、彼は高位貴族である父親を頼ることはできませんよ。なにせ、複数いる愛人のうちの一人の子ですからね。父親の家には、確りとした嫡男とそのご兄弟がおられます」
正妻との間に兄弟が複数人。愛人も複数人いて、その愛人達との間にも子供が複数人。地位と経済力があって、好色な・・・色々とアレな人だ。
故に、継承権やら財産分与辺りのことは、弁護士を入れて確り管理していた。彼を頼むと言われたとき、親父と一緒にその書類を見せられたからな。
「彼の家に乗り込むと、きっと騙りとして憲兵を呼ばれて終わりだと思いますよ? 下手をすれば詐欺罪で逮捕でしょうか。既に手切れ金を貰い、彼の家とは無関係だという契約書にサインをしていたはずなので」
俺の言葉に黙って俯く男を見て、彼女の顔が絶望に染まって行く。
「そんなっ、そんなの聞いてないっ……」
「貴族としての身分も無く、おそらくはきちんとした教育も施されてはいないであろう彼に、貴族家当主が務まるはずはないでしょうね」
部屋に控えている執事も、段々と顔色が悪くなって行く。
彼は、この家の古参の使用人。おそらく、成り上がりの商人の息子よりは貴族の息子の方が彼女に……いや、自分達が『仕えるに相応しい主』だとでも思っていたのだろう。
彼の父親の財産やコネを期待していたのかもしれないが……実質、彼にはなにも無い。
高位貴族である実の父親を頼ることはできず、教養も中途半端。剣は多少扱えるが、剣で生計を立てて行ける程の腕はない。
これまでは貴族相手の、見せびらかす用の護衛(実力は然程必要とされない)としては使えていたが……これからは、その仕事も無くなるだろう。
うちは彼の馘を切る。
もしその後、彼が護衛を続けたいと願ったとして、だ。
誰が、護衛対象の貴族令嬢に手を出して孕ませるような、それも大した実力も無い顔だけの護衛を雇い入れるものか。
まぁ、金や時間の余っているどこぞのマダムなら相手にしてくれるだろう。ヒモやツバメとしてだが。ある意味、肉体労働と言えるのかもしれない。
「では、これからが大変かと思いますが、愛があればきっとなんとかできることでしょう。式を挙げるなら、是非報せてください。ご祝儀くらいは用意しますよ」
挙げられるものならな。
「ぁ……まっ、待ってくださいっ!?」
「まだなにか?」
「そ、その、妊娠はわたくしの間違いだったかもしれません! だ、だからそのっ、婚約解消の話はなかったことにしてくださいっ!?」
「え? な、なにを言ってるんだっ?」
彼女の上げた声に、ぎょっとした顔をする男。
まぁ、彼女の今の発言に関しては、俺も『なに言ってんだ?』に激しく同意する。
「結構です。自分で俺との交流を拒んでおきながら、寂しいからと不貞を犯し、金もコネも無いと判った途端に不貞相手を捨てて、その直前に捨てた男に縋るような女は、こちらの方から願い下げだ」
「待って! わたくし、本当はあなたのことを愛していたのっ!?」
「それが本当なら、更に軽蔑するが?」
「え?」
なんでショックを受けた顔をするんだか? 全く・・・
「俺が忙しく働いていたのは、あなたと結婚するためだ。そのための準備をしていた。なのに、その努力を踏み躙ったのは君だ」
そもそも、俺は自分が冷遇されて悦ぶような特殊な性癖を持っていない。年下の貴族令嬢として、尚且つ婚約者として遇していただけだ。
「そして、その不貞理由が『寂しい』から? 幾ら本意ではない婚約とは言え、俺のことを商人風情と見下していようとも、だ。婚前に、婚約者以外の男の子を孕むような女は、貴族令嬢失格ではないのか? 仮令、婚前の妊娠で孕んでしまった子が婚約者の子であったとしても、多少の白い目で見られるというのに。それを、『寂しいから』という理由で不貞して妊娠した? その理屈だと、君は寂しいと、そこらの男に身体で慰めてもらうと宣言しているようなものだ。平民でも、そんな逞しくて図々しい女はなかなか見ないぞ。俺は、生まれた子が本当に自分の子か? だなんて、そんな風に一生疑いながら生きて行きたくはない。厚顔無恥も大概だな」
「そんなっ、酷いわっ!!」
酷いのはどっちだか? こういう女を母親に持って生まれて来る子供の方が可哀想だとは思わないのか? 全く。
まぁ、結婚する前に、彼女がそういう女であると知れてよかったかもしれないが。
「では、追って婚約解消と領地の権利譲渡に関しての書類は送りますので。俺はこれで失礼します。ああ、君はもう馘だ。うちの商会で雇うことはない。荷物を取るなら、三日以内に取りに来るがいい」
と、そう言い残して俺は彼女の家を辞そうとして・・・
「お、お待ちください!」
と、青い顔で焦る執事に呼び止められた。
「まだなにか?」
「申し訳ございませんでしたっ、どうかお許しを! お嬢様も反省しております、なので、どうか当家をお見捨てにならないでください!」
必死に頭を下げる執事は、
「護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には、だがな?」
俺の言葉に、ハッとしたように顔を上げた。
「そもそもの話、貴族令嬢が、身籠る程の不貞は、一人じゃできないんだよ」
「っ!?」
無論、相手の男が要ることが前提ではあるが。そういう意味ではなく・・・
「俺のスケジュールを把握していたのは誰だ? 俺の予定を、伯爵よりも知っていたのは誰だ? 俺が、不貞現場にかち合わないように調整していた奴がいるだろう」
だらだらと執事の額から汗が流れる。
「彼女とあの男を、二人きりにしたのは誰だ? 通常、貴族令嬢が男と密室で二人きりになるなどありえない。相思相愛の婚約者同士でも、婚姻前の男女が完全に二人きりになることは忌避すべきことなのに? ドアを開けておかなかったと? 使用人の誰一人として、そのような気遣いはせず、一切咎めもしなかった、と? 更に言うなら、事後の始末や後片付けは誰がした? まさか、彼女が自分でシーツやら服やらを洗濯したとでも? それはそれで、仕えている家の娘をぞんざい……いや、虐待と言っても過言ではない扱いをしていることになるが? 男に襲わせるために、二人きりにした、と?」
「そ、そんなことは滅相もございません! わたくし達使用人一同は決して、お嬢様をぞんざいになど扱ってはおりません!」
「では、お前達が総出で彼女の不貞を手伝っていた、ということだな」
うちから手配していた使用人達は、下級の使用人達のみ。古参の彼らの命令には従わざるを得なかったはず。
「っ……」
「気持ちよかったか? 成金の商人に金で買われる可哀想なお嬢様が、護衛騎士に恋をして、それを使用人一同で応援して助けるのは。『物語のような展開』で、いいことをしているつもりだったか? 正義の味方気取りで。おまけに、お嬢様の恋している相手が、高位貴族の息子だと判って。『物語のように』彼女を金で買って結婚しようとした成金の商人が成敗され、お嬢様は見事恋を実らせて、めでたしめでたしのハッピーエンド・・・に、なるとでも?」
「そ、それは……」
「いずれにせよ、彼女達の不貞はこの屋敷の人間の総意だった、ということだろう?」
令嬢と護衛騎士の恋物語は、『物語』の中の彼ら彼女らが不貞だと判っていて身体を交わすのは、もうそれ以上に結婚を回避する手段が無いから、というのが相場なはず。
そして、恋仲になった令嬢と護衛騎士は駆け落ちして遠くへ逃げ、めでたしめでたし……というのが、ある意味現実に則しているように感じるのだが? 無論、『駆け落ち後の生活』は一切考えないで、という条件ではあるが。
それを、自分は家に残り、別の、自分が好いた男を婿に迎えたいだなんて・・・
まぁ、『物語』的には、ありなのだろう。護衛騎士をしていた彼はどこぞのご落胤で、その実家の方も商人より金持ちで権力があって、嫡子や大事にされている『令息』であった、というのが『物語』の大前提ではあるが。それならそれで、なぜ護衛騎士をしていたのか疑問ではあるが……『物語』にそれを言うのは野暮というものだろう。
残念ながら、この家のお嬢様の相手にはそういうご都合主義な前提と展開は全く無かったワケだが。
「それで、仕えている家が本格的に没落しそうだからと、見下していた俺に縋るのか? 巫山戯るなよ」
「!」
「そもそもの話、この家が困窮していたのは誰のせいだか判っているのか?」
「そ、それは……旦那様が……」
伯爵の経営手腕が問題だと言いたいのか、執事が言葉を濁す。
「知っているか? 伯爵の領地経営の手腕は、そんなに悪くない。領地自体は、困窮していない」
「だ、旦那様が、民のために……」
「領地経営と家計を分けていたのは、伯爵の唯一の美点だ。つまり、領地はそれなりに回せていた。だというのに、屋敷内は困窮していたというワケだ」
領地経営自体は、少々古いやり方だったが、堅実な手腕だった。しかしそれが、お嬢様や奥方のドレスや、自身の交際費に回す余裕もなくなる程、生活が困窮した。
「なぁ、その理由教えてやろうか? この家の使用人共、態度悪過ぎなんだよ。元が貴族だかなんだか知らないが、屋敷に出入りする平民をみんな見下しているだろう? それで、商人が寄り付かなくなったのが原因だ」
この伯爵家は古参の……元は貴族の二男二女以下の出身の使用人共が、出入りする平民や商人達を軒並み馬鹿にし、見下した態度を取ることで有名だ。
既に、自分達も貴族籍を抜かれている平民であるというのに、だ。
「選民意識が強く、自分達を馬鹿にする。そんな家に、誰が好き好んで商品を卸す? そうやって馬鹿にされれば、嫌がらせとして商品を割高で売ってやろうと思う奴もいる」
「なっ、意地汚い商人共がそんなことをっ……」
ここまで教えてやっても、出て来る言葉がそれか。
「ハッ……むしろ、割高でも生活必需品をあんた達に売ってやっていた商人は親切だろうに? 嫌がらせだとしても、付き合いがあるだけまだマシだ。商人達が本気を出せば、この領地全体を干上がらせることだってできたんだよ」
事実、うちの商会が方々から商品を手に入れ、正規の値段で商品を卸しただけで、屋敷は持ち直した。まぁ、その分俺があちこち方々の商会に頭を下げたりしたワケだが。
この家の使用人に不快な思いをさせられた商人達が結託すれば、干上がらせることは容易くできた。とは言え、領主家の使用人が気に食わないからと、領地丸ごと干上がらせるには、商人の方とてそれなりの損害を出す覚悟や、他の貴族や……最悪だと、王家を敵に回す覚悟が必要となる。
故に、できるけれどやらなかった。けれど、領主家にだけ狙いを絞った報復としての、没落手前の困窮だった、というワケだ。
俺がこの家に婿入りしたら融通するから、と。そう言って、適正価格で商品を卸してもらっていたが・・・
その話がご破算となったからには、また以前のように適正価格よりも大分割高で吹っ掛けられることだろう。
「そして、この領地はもううちの商会が買った土地となったから、伯爵家は土地を持たない貴族となる」
「そん、なっ……」
「お前達……元貴族の使用人が、変なプライドを持たずに真摯に客人に対応していれば、そもそもこの家はここまで困窮していない。つまり、お嬢様が俺みたいな成金の商人に買われるようにしての婚約も、してはいなかっただろうよ」
まぁ? この使用人達の客に対する態度の悪さに気づかなかった……もしくは、気付いていたのに放置していた、または咎める気が全く無かった伯爵の監督責任とも言える。
使用人の為人で、主の程度も知れるというもの。この家の使用人達の態度が悪いことは有名だったから、高位貴族はこの家と縁を結ぼうとは思わなかった。下位貴族達は、婿入りしても使用人達に冷遇されると判って、縁を結ぼうとは思わなかった。
遅かれ早かれ、この家は没落待ったなしの状況にはなっていただろう。
「さて、一体誰が、この家を追い詰め、大切なお嬢様を苦境に立たせたんだろうな?」
そう言った俺の言葉にがっくりと項垂れた執事を置いて、屋敷を出ようとして……
「危ない。忘れるところだった」
うちがこの家に貸していた使用人達に声を掛け、引き揚げる手配をさせた。
数時間後には、みんなうちに戻って来るだろう。他に忘れものは無いはず。
よし、帰るか。
―-✃―――-✃―――-✃―-―-
親父が、丁度いいと思った婚約は・・・
伯爵が、商人は後継ぎには相応しくないと考え。お嬢様も、商人は自分の結婚相手には相応しくないと考え。屋敷の使用人達も、商人は自分達が仕えるのに相応しくないと考えた。
そして、護衛騎士は自分が貴族の家を継ぐチャンスだと考え。伯爵は護衛騎士の父親を頼れると考え、後継ぎには貴族の血を引く者が相応しいと考え。お嬢様も、護衛騎士の方が自分の結婚相手に相応しいと考え。使用人達も、自分達が仕えるのは高位貴族の血を引く護衛騎士が相応しいと考え・・・
俺と彼女の婚約は破綻した。
まぁ、穏便な解消とは言える。
まさしく、彼らは互いに自分への相応しさを相手へと求めたカップルだったのだろう。打算塗れの……
それから――――
数ヶ月が経ったが、元婚約者と恋仲だったというあの護衛騎士との結婚の報せが届くことはなかった。もう式を挙げてないと、お腹が目立つ頃だろうに。
更に数ヶ月が経ち――――
護衛騎士は、偶にパーティーなどでちらほらと顔を見掛けることがある。
かなり年配のマダムの取り巻きの一人として。気に入られようと必死にご機嫌伺いをしていたようだから、ツバメだか愛人に身を窶したということなのだろう。
一方、元婚約者だった彼女の方は・・・病気療養という名目での極秘出産をした模様。生まれた子は、どこぞの孤児院に出されたようだ。
そして――――経産婦を求めているという、貴族家に嫁いだのだとか。
通常、貴族令嬢の純潔は貴ばれるが・・・
文字通りに相手を選ばなければ、結婚すること自体はそう難しいことではない。
仮令没落して持参金が皆無でも、莫大な借金を抱えていようとも、『元』が付こうとも、貴族令嬢というブランドを欲しがる輩はいる。相手が初婚でなくバツが幾つもあったり、娶った相手が不審死をしたなどなど、曰く付きの相手でも厭わなければ、ではあるが。
中には、自身の男性不妊を疑い、それを調べるために経産婦を求めるという比較的まともな理由の男もいるというが・・・彼女が嫁いだ相手のことは、よく知らない。
もう、そこまで彼女に関心は無い。ただ、商人として働いていると、ちらほらと噂が聞こえて来るだけだ。
それに、親父がまた没落寸前の貴族令嬢との縁談を俺に持って来た。
「やはり、あの家は駄目だったな。もう持ち直すのは無理だろう。いずれ爵位も返上か、売りに出されるかもな。まぁ、あそこの土地は安くで手に入れられたからいいだろう。喜べ、次の縁談を用意したぞ。ワーカホリックなお前には、恋人や好きな相手はいないだろう?」
なんて笑いながら。やっぱり、親父は狸な商人だ。
とりあえず……今度の女性とは、いい関係を築けるといいなぁ。
さすがに、数年間冷遇の後、不貞するような女は、そうそういないと思いたい。
――おしまい――
というワケで、【護衛騎士と令嬢の恋物語は美しい・・・傍から見ている分には】終わりました。
実はこの話、別作品の【『それ』って愛なのかしら?】の男バージョンを書こうとしたら、なぜか違う感じの話になっちゃいました。(੭ ᐕ))?
なので、出だしが【『それ』って愛なのかしら?】と、少し似ています。(笑)
成金商人に買われるように婚約させられた没落貴族令嬢が、護衛騎士やら自分家の使用人と恋仲になってハッピーエンドになる話はよくありますが、「それ、没落中の家的にはどうなん?」と、途中で思ってしまったので、こんな話になりました。
使用人やら誰ぞ味方がいないと、婚約者以外と恋仲になるのは無理。
そしてやっぱり、『めでたしめでたし』になるには、悪役が必要で、お嬢様の好きなお相手に隠された地位やら権力が無いと、綺麗に成立しない話だよなぁ……と。ꉂ(ˊᗜˋ*)
【『それ』って愛なのかしら?】と読み比べてみたいという方は、上部のシリアス系の短編リンクから飛べます。
誤字報告なのですが、『相手の男が要ることが前提ではあるが。』という部分に関しては、相手の男が必要という意味での『要る』にしています。
以上、最後まで読んでくださりありがとうございました♪
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