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小走り

作者: じゃろけ

「はぁ、これで何回目よ」

 店長が呆れたように呟く。スタッフルームには店長と僕しかいないのだから、その言葉は必然的に僕に向けられたものということになる。僕だってやりたくてやったわけじゃないのに。

「どれだけできない子でも殴ったり蹴ったりするのはやめてって言ったよね?」

 店長が諭すように僕に問いかける。だって何回言ってもわかってくれないんだからしょうがないじゃないか。何回説明してもわかってくれないし、さらには生意気な口を聞いてくる。そんなやつ殴るしかないだろう?まえに正直にこんなことを言ったことがあるけれど、そのときは店長に1時間説教された。説教されてるだけで給料貰えてしまっていいんだろうかという感情が、僕に本心を語らせることをやめさせた。

「申し訳ありません。二度としません」

 その場しのぎの謝罪をする。もし僕に謝る責任があるとしても、僕の謝る相手は店長ではなくて頭を叩かれた谷口くんなのではないだろうか。

「谷口くんやめるって」

「え」

「暴力に耐えられないってさ。あなたのせいでスタッフがやめるのよ。これで3回目だよ?」

 スタッフがいなくなるならたしかに店長に謝まるのは筋が通っている気がした。

「どうして口で言わないの」

「口で言ってますよ。言っても分からない人に口でわからせるとすれば、殴ったり蹴ったりするよりも精神的にダメージを与えると思ったんです。言葉の暴力ってやつです」

「はぁ。まぁいいわ。もう過ぎたことはいい。けどね、次はないよ。次同じようなことがあったら貴方はここで働かなくて結構です」

「わかりました」

 店長がじゃあ仕事に戻っていいよと言ったので、僕はスタッフルームを出て仕事に戻る。

 

 レジ、レジ、品出し。レジ。少しでもレジに客が来ないときは品を出す。棚を整理する。ピッ、ピッと音を鳴らしてレジに商品を登録する。これって客が自分でやれば良くないか?と心の底から思う。少なくとも日本の国民性ならそれで成り立つのにわざわざ僕を使うのか。僕はなぜお金を貰っているんだろう。僕はなぜこの仕事をしているんだろう。僕はなぜフリーターなんだろう。なぜなぜ、なぜ。頭の中が同じ言葉で埋め尽くされる。同じ言葉しかないのにぐちゃぐちゃになる。同じ言葉しかないのに、なんの言葉がぐちゃぐちゃになっているのかわからなくなる。同じ言葉なのに……

 

 肩を叩かれた。

「さっきから呼んでるんだけど」

 店長がすこし機嫌悪そうに言う。

「すみません」

 今にも泣きそうだった。僕は人を傷つけているんだ。僕は人をやめさせたんだ。僕は理解されないんだ。僕の全ては悪意として受け取られるんだ。でもだからこそ泣けない。だからこそ泣かない。だからこそ一所懸命に働く。

「それでね、裏にあるダンボールを運んでほしいのよ。私がやろうと思ってたんだけど、12箱もあって無理だったのよ。2箱運んだからあと10箱お願いしてもいいかしら」

「もちろんです。どこまで運びますか?」

「倉庫までおねがい」

「わかりました」

 小走りで店の裏まで行く。僕は積みあがったダンボールの上から一つ一つ倉庫に運ぶ。半分を終えたところで疲労を感じる。けれど僕は小走りでダンボールを運び続ける。一所懸命働くことはちゃんと僕に残されている。怒られたから働くわけじゃない。谷口君をやめさせたから働くわけじゃない。泣きそうになっているのをごまかすために働くわけじゃない。

 すべてのダンボールを倉庫運んでレジに戻る。レジをして、品出しをして、棚を整理したところで今日の労働時間が終わる。僕は退勤したあと小走りで店長のもとへと向かう。

「すみません。今日でやめさせてください。僕、いままで迷惑をかけていたと思います。すみませんでした」

「急に辞められるのはこまるなあ。うーん。でもまあ、あなたが自分から辞めてくれるならそれが一番いいか。うん。わかった。お疲れさま。退職の書類だけ書く必要あるから書いてから帰ってね」

「はい」


 店長のデスク上に書類を置き、デスクの上から2番目の引き出しを開ける。いまスタッフとして働いている人たちの履歴書がまとまってファイルに入っている。僕はファイルの中から谷口君の住所の欄をスマホで写真を撮ってファイルを元の引き出しに戻した。

 小走りで店を出て、スマホに入っているマップアプリに、さっき写真を撮った谷口の住所を入力する。マップには徒歩で5分と表示された。


 店を出てから2分くらいたって僕は谷口の住んでいるアパートの前についた。谷口は105号室だったな。扉の右側にあるチャイムを押す。一昔前のチャイム。きっと学生用の安いアパートだ。

 ガチャと扉があいて目が合う。谷口が声を発する前に僕は頭をさげた。

「ごめん。本当に悪気はなかったんだ。君のためになればいいと思っていたんだ。反省している。僕はもうあの店をやめてきた。だから君はあそこに戻ってももう嫌な思いをしないと思うんだ。ごめん」

 谷口は笑った。

「全然いいですよ。あの職場あわないなあって思ってたんですよ。だから暴力振るわれたことを理由にしてやめただけです。べつにあのくらいの強さで殴られても気にしませんし」

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