#20 来襲①
広い庭園に鳥たちが慎ましやかに声を響かせる。
泉池の淵では鯉が優雅に尾を翻し、爽やかな風がその水面に波紋を描く。
葉に溜まった朝露は珠のように連なり、時折滴り落ちては日の光を反射して宝石のように光り輝いていた。
風光明媚とはまさにこのこと。
清麻呂は自室から庭園を眺めながら、口元を緩ませた。
「ほほほ……なんとも典雅なことよ。おや、朝霧まで出てきおった……」
優雅にくゆるその白靄を眺める。
すると、おかしなことにその靄はどんどんと増えていき、しまいには彼の部屋の中にまで侵入してきた。
「ゲホッ!ゴホッ!な、なんじゃこれは!煙ではないか!」
とっさに袖を口元に当てて、部屋から飛び出す。
煙の発生源を確かめようと、外に出ると、庭の真ん中で野分がごうごうと火を燃やしていた。
「あ、おはよう!清麻呂!」
「野分ッ!!そなた、何をしておる!!」
何事もないように元気に挨拶をかわす野分に、清麻呂はその短い手足を目一杯動かして抗議をする。
野分はそんな彼を無視して、手にしたスマホの画面を眺めながら、彼女の目の前にある謎の装置の微調整を始めた。
「なんじゃこれは!また珍妙な物を作りおって!」
「ふふふ!よくぞ聞いてくれました!これは蒸留器!正確にいうと、兜窯式蒸留器!」
清麻呂は得意げに鼻を鳴らしながら胸を張る野分を胡散臭そうに見つめていると、野分は勝手に目の前の装置の説明を始めた。
「まず下の鍋に、この間もらった僧坊酒を入れます。それを火にかけて蒸発させて、その蒸気が逃げないように周りを木で囲います。その上に円錐状の鉄鍋を置いて、そこには冷却用の水を入れておくの。で、上に昇った蒸気はその鍋の表面で冷やされて、その鍋の下に取り付けた漏斗と筒を伝って外に設置した容器に溜まっていく。これで消毒用の蒸留酒ができるってわけ!」
誇らしげに鼻を天に突き上げてのけぞる野分を眺めながら、清麻呂はハァと気の無い返事を返した。
「ちょっと!もう少し驚いてよ!わざわざスマホで調べて、ありあわせの材料でここまで再現度の高い蒸留器作ったんだから!大変だったんだから、これ作るの!」
「……どうせ材料を集めたのも要じゃろ?」
砂利を踏みしめながら庭の奥からこちらに歩いてくる要を指差す。
彼の腕には薪として使えそうな枯れ木が山ほど抱えられていた。
「おはようございます、若様」
要がきっちりと腰を曲げて頭を下げると、清麻呂は一言、
「そなたも、こやつの奇行に律儀に付き合わなくても良いのじゃぞ?酷い目を見るぞ?」
と、呆れたようにため息をついた。
「何それ!まるで私が変人みたいな物言いじゃない!」
「変人なのは事実じゃろ。それに実際、そなたに巻き込まれてあんな目にあったのじゃ。自分の部下に警告して何が悪い?」
「ムキーーーーーッ!」
「でも俺は面白かったよ〜」
掴み合いが始まる寸前、二人の足元から男の声が聞こえた。
ピタリと動きを止めた二人は目線だけで下を見る。
そこにはいつの間にやら、しゃがみ込んでニコニコしながら二人を見上げている晴明がいた。
「また面白いもの作ってるね〜!何これ、何する装置?」
晴明は目の前の蒸留器の周りをぐるりと回りながら、子供のように夢中で眺めている。
元々知的好奇心の強い彼にとって、未来から来た野分の行動全てが興味の対象だった。
「お、おはようございます、主計権助殿……」
突然の登場に心臓をバクバクさせながらも清麻呂が挨拶をすると、晴明は「早くからすまないねぇ」と、いつも通りへらへらした顔で答えた。
「晴明さん!この間は本当にありがとう!おかげでお酒も手に入って、こうして蒸留酒作ることができたよ!」
と、野分が笑顔で頭を下げると、晴明は「なんの、なんの」と手を横に振った。
「いやぁ、いつも親しくしている龍がたまたま通りかかってくれたおかげだよねぇ、あれは。あの人、俺の追っかけなんだわ。散歩がてら様子見にきてくれてたみたいでさ。俺ってほんと運が良いよね〜!」
声を上げて軽やかに笑う晴明に、野分が「えっ」と声をあげる。
「じゃあ、あれって神様の怒りとかではなく……」
「ただの偶然。あの時の口上は、俺のその場の思いつき」
悪びれもなく言い放つ晴明に対し、野分は言葉が出なかった。
「いやあ、俺たちの演出勝ちだよねぇ」
「こっちが詐欺だったってこと!?」
「はっはっはっ!まあ、勝ったからいいじゃない。寺の自浄作用にも貢献できたしさぁ」
自責の念に苛まれ、真っ青な顔で自分の頭をバリバリと掻き毟りながら奇声を上げている野分を眺めながら清麻呂は、
(ふんっ。これに懲りて、少しは反省せよ)
と、心の中で呟いた。
「ところで主計権助殿。このような早朝に御自らいらっしゃるとは、何かお急ぎの御用事でしょうか?」
まさか、野分のこの意味不明な器具を見にきただけではあるまいと思い、清麻呂が問いかける。
晴明はハッと思い出したように立ち上がり、子供のように無邪気にはしゃいでいた笑顔を引っ込めて、真剣な顔で清麻呂の両肩に手をかけた。
「お、落ち着いて聞いてくれ。さっき鬼たちが噂してたんだけど──、今日ここに、あいつが来るらしい……」
「……あいつ?」
三人揃って首を傾げる。晴明は喉仏を上下に一度大きく動かした後、その人の名を伝えるために口を開こうとした。
「──おはよう」
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