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#19 神通力対決⑥




それは確かに、清麻呂だった。




しかし、それは先ほど別れたときの艶やかな女の姿ではなかった。

被っていたはずの市女笠は見当たらないし、美しく整っていた髪も乱れている。

いったい何があったのか、この日のために用意したという美しい着物は見るも無惨に泥まみれだ。

黒っぽい水を吸って重くなった裾を地面に濃い染みを作りながら、ずりずりと引きずっている。




(え?清麻呂?!なにあの格好!大丈夫なの?!)




ここで声をかければ、僧侶側から怪しまれるのはまず間違い無いだろう。

しかし、いつもだったら「穢れる!」と言って、一滴の泥水にも触れようとしない彼が、頬にまで泥を付け、若干据わった目で足を引きずりながら歩いている姿を見せられたら、心配するなという方が無理である。



「あいつ、なに持ってるんだ?」




同じように清麻呂に声をかけようかかけまいか迷っていた義道が、ぼそっと呟いた。

その異常な見た目に目を奪われていたが、確かに彼は小脇に四角い箱を抱えている。



よく見ればその箱の大きさは対戦内容を決定するときに使った箱と同じものだ。

野分は首を傾げながらも、こちらに一瞥もくれずに会場中央に向かう清麻呂になにやら得体の知れない気迫を感じ、その後姿を黙って見届けるしかできなかった。


それは会場にいた誰もが同じだったようで、僧侶や観衆たちも、突然現れた泥まみれの美女のただならぬ雰囲気に気圧されたように微動だにしなくなっていた。


そして長い時間をかけてゆっくりと歩みを進めた清麻呂が、ようやく二人の前までたどり着き、曲がり気味だった背中をそらせるように伸ばした。






 ──ガコンッ!






木の箱が、寂静の机の上に無造作に叩きつけられる。

その勢いのあまり、箱に付着していた泥が彼の頬に飛んだが、巨僧は瞬き一つすることはなかった。






「これは、なんじゃ」

「……箱だな」

「そう。そなたらが用意した、種目決めの箱じゃ」





清麻呂はそう言うと、寂暁の使っていた筆を手に取り、紙に大きな円を描き始めた。

そして、それを三枚用意すると、野分が種目決めの際にしたように、その紙を折りたたんでは箱の上部に空いた穴に入れた。


観衆たちがぽかんと口を開いてその様子を見ていると、次は懐からなにやらカギ針のようなものを取り出し、箱の側面──底付近にそれを力強く突き刺した。


そうして再び筆を握ると、今度は塗り潰した黒い丸を描いた紙を三枚折りたたみ、同じように箱に投じる。






「白い丸と黒い丸どちらも同じ枚数だけ入れたぞ。本来、どちらが引かれるかの確率は五分五分のはず。しかし──」






清麻呂が徐に箱に腕を突っ込む。

ぐるぐるとかき混ぜてから取り出した紙を開いてみると、そこには黒い丸が記されていた。




それを掲げて観衆に見せつけたのち、再び箱に戻す。そして、何度も何度も一人でくじを引く。

五回、十回と繰り返しても、一向に白い円を描いた紙は出てこない。

偶然にしてはおかしいのでは無いかとざわつき始めた観衆に、清麻呂は声を張り上げて言った。






「おかしいのう?これだけ引いても、出るのは黒丸ばかり。どういうことなのかのう?」






くるりと振り向き、寂暁を見下ろす。

突き刺さんばかりの視線を、寂暁はなんの揺らぎも無い瞳で真っ直ぐに見つめ返して黙り込んでいる。





清麻呂は侮蔑した眼差しを投げかけながら、そのまま箱を持ち上げ、底の板をガコンッと外した。

寂暁の机の上に三つの折り畳まれた紙が散らばる。







「………なんで三つ?」






野分の口から自然と疑問が溢れる。

箱に入れたのは確かに六枚の紙だった。

しかし、今出てきたのは三つのみだ。

寂暁の隣に座っていた晴明は不可解そうな表情を浮かべながら、清麻呂と箱を交互に見遣っている。



そして視線を何往復かさせると、ハッと目を見開き、






「まさか、この箱……!」

「そう。この箱は二重底になっておるのじゃ」






清麻呂は勢いよく箱を手に取り、箱をくるりと回転させて底を見せつけるように肩へと担ぎ上げた。

そこには、外れているはずの底板と同じ、もう一枚の板が嵌っていた。






「先に入れた紙の上に蓋をして、後から入れた紙だけが引かれるようになる構造じゃ。何度やっても黒丸しか引けぬわけじゃなぁ?」







ざわつきが大きくなっていく観衆たち。

野分の両拳が、ぎりっと音を立てて握り込まれていく。





「公平性を見せつけるようなことをしておいて、その実、初めから種目は決まっていたというわけじゃ。道理で手際よく準備ができたわけじゃ。のう、僧侶殿?」




降り注ぐ視線を受けながらも、寂暁は言い訳をするでもなく反論をするでもなく、ただ静かにその場に座っていた。






「インチキしてたってわけか!」

「俺たちを騙してたんだな!」

「とんだイカサマ野郎だ!」





観客たちから次々に野次が飛んでくる。

ますます熱を帯びてきた民たちは、今すぐにでも僧侶たち目がけて襲いかかってきそうな勢いである。




「ど、どうしよう!」




このままでは暴動が起きてしまう。

野分がこの場を収める方法を必死に頭で模索していると、晴明がひょっこりと身を斜めに乗り出し、彼女に向かって親指を立てた。



それは、彼女が以前晴明に教えていた、現代のハンドサインだった。





(大丈夫!)




この状況のなにが「大丈夫」なのか。

困惑している野分をよそに、晴明がスッとその場に立ち上がる。



そして何を思ったのか、まるで祈祷を始めるように胸の前に片手を掲げ、もう片方の腕を天高く伸ばし始めた。








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