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#19 神通力対決④



自分がいる場所より低い位置にある藪が、大きく揺れている。



どうやら、何かが傾斜を上がって来ているようだ。

野生の獣か、はたまた曲者か。清麻呂は美しい刺繍が施された着物の裾が汚れるのも気にせず、咄嗟にその身を低くして草木の影に隠れた。


ガサガサという音は、どんどんとこちらに近づいてくる。

これが猪であれば、おそらくもう逃げられない距離だろう。

まだ曲者の方がなんとかできる。

……いや、それもかなり危険だが。



そんなことを頭の中で巡らせながら、清麻呂はその動くものの正体を見極めようと、葉を指でそっと掻き分ける。

視線の先では、何やら人の肌らしき質感の球体が左右に揺れていた。

それは、僧侶の頭だった。




(なんじゃ、坊主か)




一瞬ほっと胸を撫で下ろしたが、よく考えてみれば敵には変わりない。

清麻呂は敵対心と恐怖心と緊張感を憎悪に変えて、目線の先の僧侶を睨んだ。

彼の姿が見えない僧侶にはなんの効果もないはずなのだが、余程強い念を感じたのか、彼はその場でぶるりと竦みあがり、周囲をキョロキョロと見渡した。


しばらくあたりを警戒していた彼だったが、何もいないと思ったのか、その場にしゃがみ込み、手にしていた何かを地面に置いた。

清麻呂は腹這いになるギリギリまで身をかがめて、草陰を掻い潜ってその正体に目を凝らす。





 ────箱だ。




それも、野分たちが対決種目を決めるくじ引きをする際に使っていたものだ。

その箱をなぜ、わざわざこの茂みに持って来たのだろうか。



どこか違和感を感じた清麻呂は目蓋を限界ギリギリまで狭めて、彼の挙動を凝視する。

影から見られているとも知らない僧侶は、その箱の背面を手前に持ってきては、小さな針のようなものを木箱の一箇所を刺し、捻った。

すると、カタンッと小さな音がしたかと思えば、箱の底が開き、そこから数枚の紙がパラパラと地面に落ちていく。


どうやら半紙を小さく畳んだもののようだ。

そのうちの一枚が、地面の湿気によってゆっくりと開いていった。




(あれは……)




ミミズがのたうちまわるような不格好な文字、独特な癖のある筆跡──。




(野分の文字じゃ)




それは、計算の特訓に付き合わされて嫌というほど見てきた彼女の文字に違いなかった。

もしや、先ほどのくじ引きに使った紙を捨てているだけなのだろうか?

そう思い、僧侶の足元に散らばっている紙の数を数える。

そこには三つの紙しか転がっていない。



いよいよ不審に思った清麻呂が、もっとよく見ようを前に身を乗り出した、その時。






────パキッ。




「だ、誰だっ?!」




小枝の折れる音に、僧侶が勢いよくこちらを向く。



清麻呂は瞬時に息を殺したが、周りには落ち葉や枯れ木に囲まれていて、動けばすぐに音が立ってしまうため逃げることもできない。

僧侶は箱を置いて、近くの枝を拾い上げると、彼が潜んでいる場所へとジワジワとにじり寄ってきた。






(どうする!逃げ場はないぞ!)





二人の距離がどんどんと縮まっていく。

逃げ場を失い、万事休すとなった清麻呂は、呼吸を鼓動が荒くなっていくのを感じた。


僧侶の歩みが止まり、手にした棒が恐々と草木を掻き分ける。





「……なんと!」 





そこに居たのは、浮世離れした美しさを放つ女性だった。


転んでしまったのか、見るも艶やかな着物を山林の泥で汚し、市女笠が外れた黒髪は無惨にも草木に絡まっている。


恥ずかしそうに袖で隠した顔から、チラリとこちらへ目線を向けると、その目には水晶のように美しい涙が溜まっており、僧侶の心に筆舌しがたいほどのときめが走った。



まるで天女が地上に落ちてしまったのかと思われるほど、鬱蒼としたこの山林には似つかわしくない、神々しさを放っていた。




「も、もし、お嬢さん。こんな茂みの中で、どうされましたか?」

「ああ、ああ、お坊さま。このようなお恥ずかしい姿を晒してしまい、申し訳ございません」

「な、なんの!お気になさいますな!それよりもお困りのご様子です。お助けいたしましょう」

「実は転んだ拍子に髪が木々に絡まり、動けなくなってしまって……」

「なるほど、では私が解いて差し上げましょう!」




そう言って僧侶は四方に絡まっている清麻呂の髪を木々から外し始めた。

おそらく女の髪に触れたのは初めてだったのだろう。

彼の指先は震えていた。


清麻呂は、




(これはいける!)





と、ほくそ笑みながら静々と髪が解けるのを待った。





「さあ、解けましたよ。お手をどうぞ」





差し出された僧侶の手を両手で包み込むようにギュッと握ると、僧侶の顔はまるで鬼灯の実のように真っ赤に染まった。





「ありがとうございます、お坊さま。おかげで助かりました」





清麻呂がニコッと微笑みかけてやると、まるで仏像に向かっているかのように手を合わせて、うっとりと拝み始める。


そしてハッとしたかのように顔を引き締めたかと思えば、「お召し物が汚れていらっしゃいます。こちらをお使いください」と、羽織っていた法衣を脱いですかさず清麻呂に被せてくれた。


清麻呂はますます麗しい笑みを浮かべると、





「なんと親切なお坊さまでしょう。ぜひ、お礼をさせてくださいませ」




と、僧侶の背後に回った。

そして、袖から手拭いを取り出し、僧侶の目に覆いかぶせた。

当然、僧侶は驚きの声を上げる。




「な、何をなさるのですか?!」




その声は、どこか期待しているように上擦っている。




「見られるのは少し恥ずかしいので、目を閉じていて欲しいのです」

「えっ?!は、はい!承知しました!」




鼻息荒く答える僧侶はひとつも疑うことなく清麻呂に手首、胴体と次々に拘束されて行った。

さすがに足首まで縛ると、




「お、お礼とは一体……」




と、不審がられたので、口にも布を巻きつけ、縄で縛られ蓑虫のようになったその体を蹴り倒して地面に僧侶を転がした。






「まさか手を握っておきながら、本物の女と男の見分けもつかないとはな。いやいや、その戒律を守る忠誠心、実にあっぱれじゃ」





取り出した扇子の先でポンポンっと頭を撫でて、ニヤリと見下ろす。

むーむーとくぐもった声で抗議してくる僧侶をそこに放置し、清麻呂は先ほどの紙の真相を確かめるべく、木々の奥に転がっている木箱を拾いに向かった。







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