#16 勝負の行方③
指に変な力が入る。
野分は言うことを聞かない筆先で、予め皆と話し合って決めておいた種目名をなんとか書き込んだ。
それを二回折り畳んだのち、指定されていた木箱の口に投入する。
(どうかこのくじが引かれますように)
そんな願いを込めて、同じ動作を三回繰り返した。
「まずは武芸の種目から。集まった民の中から一人選び、ここから一枚引いてもらいましょう」
お付きの僧侶はその箱を抱え上げ、民衆のいる外へと歩き出した。
ここで不正をされては困ると思い、野分たちもとっさに彼の背後についていく。
「引く者を決めるのも、公平にしましょう。この紙縒のうち、どちらかに赤い印がついております。それを引いた側が、くじを引く者を選ぶことにしましょう」
と、別の僧侶が紙縒くじを差し出してきた。
僧侶側が用意したくじだ。
何か不正があるかもしれない。
すでに疑心暗鬼になっていた野分は、その紙縒をじっくりと観察した。
わずかに破けていたりしないか、色がついていたりしないか、太さが違ったりはしないか。
目を細めて眺めてみたが、別段違いはなかった。
しかし念には念をと思い、その紙縒を何回か混ぜ合わせさせてから、くじを引くことにした。
二人が彼の手から飛び出ている紙縒の端をつまみ、それを同時に引く。
印は寂静の方についていた。
野分一行が重苦しく息を吐き出しながら、恨みがましく横目で見つめる。
寂暁は、
「まあ、これで優位になるわけでもありませんからね」
と言ってカラカラと笑うと、人垣の中に埋もれて見辛そうにしていた少年を手招き、
「そこの童。ここから一つ、紙を引いてはくれないか?」
と、優しく声をかけた。
肩や頬を圧迫されて窮屈そうにしていた少年が、周りの人の手によって前の方へと押し出されていく。
少年は巨僧を前にすると、忙しなく視線を泳がせ、時折チラチラと上目遣いで彼を見上げるばかりだった。
寂暁は、そんな彼の目の前にしゃがみ込み、大きな手を少年の頭にかざした。
少年はとっさに目を瞑り、体を強張らせる。
一瞬だけ止まった寂暁の巨大な掌は、そのままぽふっと優しく着地し、フケまみれの少年の頭を優しく撫でた。
顔をあげた少年は少し気恥ずかしそうに俯いた後、枯れ木のようにか細い腕を差し出された箱の中に差し込んだ。
何度も念入りに中をかき混ぜ、恐る恐る一枚の紙を引き抜く。
「──ふむ。『流鏑馬』か」
開いた紙に書かれていたのは、野分のミミズのような文字とは違う、真っ直ぐで綺麗な線の文字だった。
「あああ〜……」
「流鏑馬ぇ?」
「風流だねぇ」
苦汁を舐めたかのように顔を皺くちゃにする野分。
太眉を左右非対称に吊り上げて興味深そうに顎を撫でている義道。
他人事のように気楽に扇を煽ぐ晴明。
少年に礼を言う寂暁の横で、野分たちが思い思いの反応を見せる。
「武芸対決は流鏑馬に決定した」
寂暁から紙を受け取った僧侶が、まるで貴重な仏像でも掲げているかのように仰々しくその紙を民衆に見せつけると、人垣からは感嘆の声が上がった。
「それでは用意を」
と、指示役の僧侶が号令をかける。
どこに控えていたのか、いつの間にか現れた無数の僧侶たちが、無駄のない俊敏な動きで駆け回る。
そうしてしばらくもしないうちに、敷地内に流鏑馬用の馬場が出来上がった。
統制の取れた軍隊のような僧侶たちの動きに、野分たちが目を白黒させていると、
「弓矢と馬はこちらに用意がありますが、いかがなさいますか」
と、用意した矢筒から数本弓を引き抜いて見せ、どこからともなく引き連れてきた数匹の馬を彼らの前に並ばせる。
野分と晴明が、義道の顔を見上げる。
義道は矢には目もくれずに、馬たちに近づいた。
「よしよし、いい子だな」
ゆっくりと低い声でささやきながら、首や額を掌全体で撫でていく。
瞳に星を浮かべながら楽しげに馬を撫でている横顔は、まるで少年のようだ。
一匹一匹をひとしきり撫で終わった後、義道は満足そうに振り返り、
「みんないい馬だ!だが、俺は自分の馬で走る」
と、外に繋いでおいた自分の愛馬を指差した。
その場でカポカポと蹄を鳴らしている義道の馬を、寂暁が目蓋を半分おろして凝視する。
「見たところ、あなたの馬は前右脚が不自由なご様子。本当によろしいのですか?」
「いいんだ。俺はあいつに乗って射るよ。お前もいいよな?春告!」
義道が大きく手を振ると、義道の愛馬『春告』の嘶きが空に響き渡った。
寂暁とお付きの僧侶はそれぞれ納得したように、
「では、そのように」
と、頷いた。
「まずは、四半時ほど、それぞれ練習の時間を設けましょう。馬たちに、この即席の馬場を安心して走ってもらうためにも」
寂暁はその数匹の馬の手綱を引きながら軽く会釈をし、爽やかなような含みのあるような笑顔を浮かべて、自分の陣地の方へと帰っていった。
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