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#15 神と仏と酒取り合戦⑥



「と、いうわけで、清麻呂。君にも参加してもらうからね」



珍しく屋敷を訪ねてきたかと思ったら、口を開くやいなや、晴明はそう言い放った。

どういうわけか、野分がしれっとした顔をして彼の後ろに座している。

どうにも、嫌な予感しかしない。


清麻呂は、ざわざわと押し寄せる不安の波に揺られながら、晴明に向かって尋ねた。




「何に、参加せよと?」




引きつった笑顔の彼の前に、書状が差し出される。

目線だけで許可を得てから、清麻呂はそれを広げて文頭から目を通していった。





「立たむ月十日、陰陽師・安倍晴明殿および当方僧侶による力比べを行ふ。

勝負旨は以下の通りなり。

・神通力

・武芸

・算術

催しかたは当寺院にて。

双方、交じる者定め、正々堂々と勝負に臨べし──」




読み終わった清麻呂はすぐに首を傾げた。

常日頃から晴明と交流のある清麻呂は、彼が僧侶たちに苦手意識を持っているということは知っていた。

大内裏内を一緒に歩いているときに僧侶の姿を見かけると、いつも彼はサッと清麻呂の影に隠れる。

それくらいには関わりを避けているはずなのだ。


それがどうしてこうなったのか。

思い当たるところは一つしかない。






「……野分」

「やだなぁ、そんな怖い目で睨まないでくださいよ〜」





白々しく敬語を使う野分が気まずそうに視線を泳がせる。

片眉を上げて鋭く睨みつけると、彼女は観念したように、



「いや、なんというか、成り行きでね?」




と、歯切れの悪い言葉を並べながら半笑いで背中を丸めた。




「まあ、元はといえば俺の身から出た錆みたいなところもあるからね」





清麻呂の視線は、野分から晴明へと移る。

いつもとは違う、年相応の落ち着きを保っている晴明に、清麻呂は疑問の念を抱かずにはいられなかった。




「あれほど毛嫌いしていた坊主たちと遊び戯れるなど、一体何をお考えで?」

「いやあ、いつかは衝突するってわかってたし、だったら決着つけるのも早い方がいいかなって」

「本当にそれだけですか?」

「え〜?」




へらへらと笑いながら明後日の方向を眺める晴明に、疑いの眼差しがしきりに浴びせられる。

清麻呂の言う通り、彼が今回勝負に踏み切ったのにはもう一つの訳があった。

それは紛れもなく野分に関することだ。








話は、あの寺の門前でのやりとりまで遡る。


僧侶たちが立ち去った後、どうしても面倒ごとを回避したい晴明は、頭を抱えたままその場から動かなくなってしまった。



「今からでもあいつらに謝ってさ、取り消ししてもらった方が楽じゃない?」

「そんな弱気でどうするの!天下に名を馳せた陰陽師でしょ!」

「俺、そんな大層なもんじゃないよ……。そもそも、特別のお引き立てってなんだよ。あいつら、俺に何させようとしてるんだよ」



スーパーのお菓子売り場で駄々をこねる子供のように、その場に蹲み込んで体を丸め込む中年男に、野分の方が頭が痛くなってくる。

彼のやる気を起こさせようと、前鬼と後鬼とともに、いろんな方面から褒めたり励ましたりし続けたが、どうにもうまく行かない。

お手上げ状態になった野分は半ばやけくそ気味に、




「私の秘密、知りたくない?!」




と叫ぶと、晴明は首がもげるのではないかという勢いで顔をあげた。




「何それ、面白そう!」




星粒をこぼしたかのように目を爛々と輝かせて、晴明が少年のように無邪気に笑う。



「いやね?一目見たときから、この子なんか周りの人間と違うなぁとは思ってたんだよ。やっぱりお嬢ちゃん、何かあるんだね?」



思わぬ食いつきっぷりに半ば面食らいながら、野分は生唾を飲み込み、




「──ただし、誰にも言わないでよ?」



と、厳重に釘を刺した。「俺ほど口の堅いやつはいないよ」と豪語する彼の耳に、片手を添える。

野分は声を潜めて、自分がこの場所に来た経緯について話しはじめた。







「まあ、好奇心に負けたってところかな!」



正月の朝を迎えたような晴れやかな笑顔を浮かべる晴明に、清麻呂の視線はいまだに冷たい。



「しかし、君の雑仕であるこのお嬢ちゃんがきっかけだということには変わりないから、その主人である君にも責任を取ってもらうよ」



晴明が愉快そうに口元を歪めながらそう言い放つと、清麻呂は彼の後ろにいる野分をギロリと睨んだ。

野分は近くの文机に置いてあった扇子を手に取り広げると、まるで応援うちわのように掲げては清麻呂に向かって笑顔で振り続ける。



「神通力勝負は俺が出るでしょ。で、清麻呂は算術ね。あとは武芸なんだけど……」



開いた手紙を眺めながら晴明が唸る。



「おそらく寂暁は神通力勝負で出てくると思うんだけど、万が一にも武芸勝負に出てきたら、あの巨僧と渡り合えるような人間、いるかな……」




清麻呂も寂暁のことは見たことがある。

もしも素手勝負となった場合、あの仁王像の如く大きくて分厚い掌で頭を叩かれでもしたら、一般人ならひとたまりもないだろう。

晴明と野分がそれを想像して背筋をぞわりと粟立たせている中、清麻呂は一人だけくすくすと声を上げて笑いはじめた。





「──ちょうど良いのが来ましたよ」





清麻呂が檜扇の先をスッと持ち上げる。

二人がその方向に振り向くと、門からこちらに向かって歩いてくる義道が、何も知らないまま手を振っていた。








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