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#14 次の一手⑥



「あんた何人恋人作ってんのよ!」



一日中歩き続け膝の笑いが止まらなくなった野分の叫びが、暗い空に響き渡る。



「ふふん!人並外れた麿の人気ぶりに、そなたも慄いたであろう?」

「いや、最後に行ったの、お婆さんの家だったじゃん!人の好みをとやかく言うつもりはないけどさ!さすがに好みの幅、広すぎてびっくりしたわ!」

「たわけっ!あれは麿の乳母めのとじゃ!」



最後に尋ねたのは、都のはずれで一人暮らしをしている老女のところだった。


この屋敷についた時、清麻呂はいつもの二頭身に戻っていた。

それでも老女はその姿を見るや否や涙を流しながら、まるで生き別れの親子のように抱き合っては、再会の喜びに浸っていた。



「しばし間が空いてしまって悪かったのう。息災にしていたか?」

「ええ、ええ!若様も大層ご活躍のご様子で!こんな辺境の地にも若様のお噂は届くのですよ。お母上にそっくりなお美しい青年になられましたね。どことなく、お父上にも似てこられた」



野分はその時、清麻呂の眉が一瞬だけぴくり動いたのを見逃しはしなかった。


しかし、清麻呂はなんともないといった様子で、穏やかな笑顔のまま彼女との会話を楽しんでいた。

会えなかった時間を埋めるかのように、彼らは長々と話を続けた。

それは今まで立ち寄った邸の中で、一番の長丁場となった。



ひととおり話が落ち着いた頃合いを見計らうと、清麻呂は要に目配せをして、荷物を牛車から運ばせた。

それは今まで配っていた風呂敷包みではなく、立派な黒塗りの葛籠だった。


蓋を外させて中を覗く。


そこには、清麻呂とお揃いの口布と無患子むくろじの実、豪華な着物、米やお菓子などの食糧、さらには生薬などがたんまりと詰まっていた。



「こんなものしか用意できない麿を許しておくれ。いつか必ず、そなたに立派な屋敷を用意してやるからの」

「若様が息災でいてくだされば、私はそれで良いのです。こんな老いぼれにお気遣いなど無用です。どうか、お志を成し遂げることに専念してくださいませ」



皺々でシミだらけの手が、清麻呂のなだらかな頬を撫でる。



野分のいる方からは清麻呂の顔は見えなかった。

しかし、彼の頬に何か光るものが滑り落ちたのは、彼女の見間違いではなかったのだろう。

野分はそっと門を抜け出し、冷たい夜空を眺めた。


そこにぼんやりと浮かんできたのは、懐かしい見慣れた顔。

両親や祖母の顔だった。





元気にしているだろうか。

心配をかけてしまっているだろうか。

自分のことを忘れてしまってはいないだろうか。





滲む星の数がだんだんと増えていく。

喉の奥がぎゅうっと収縮して、呼吸が苦しくなった。


しばらくしてこちらに向かってくる足音に気づいた野分は、目尻に溜まった水滴を指先でピッと払い、何事もなかったような顔をしながら邸までの帰路についたのだった。






「はぁあ……腹が空いたの……今日は膳を全て平らげられそうじゃ……」



自分の邸に着くなり、ぼてっと転がるようにして牛車から丸い清麻呂が降りてくる。

牛車に乗っていた清麻呂とは比べ物にならないほど足がガクガクと震えている野分が、無言のまま彼を細目で見つめる。



「やめてよ、私らの分がなくなるじゃん」

「……げにまこと、遠慮のない娘じゃの」



おたがいにヨボヨボになりながらも口喧嘩だけは忘れない。

そんな二人を、要はじっと眺めていた。 



「要も疲れたでしょう?たまには私たちと一緒に食べようよ」



一歩離れたところにいる彼に野分が声をかける。

朝、邸を出立した時からほとんど表情に変わりのない要だが、彼だって人間だ。

きっと疲れているに違いない。




「いや、俺はまだやることが残ってる」



そんな野分の労りをさらっとかわして、要は首を横に振った。



「……そっか」



思慮深い彼のことだ。

いつも他の雑仕たちと一緒に食事を取らないのには、何か理由があるのだろう。

頭ではそうわかっているが、それでも誘いを断られたことに、野分の心にチクリと痛みが走る。





「清麻呂!要のこと使いすぎじゃない?たまには休みとかあげてよね!」

「いや、俺は……」

「なんじゃ、醜女。やけに優しいのぅ」




てちてちと小さな足を動かして野分に近づき、下から顔を覗き込む。

なんとなく気まずくて、野分は顔を斜め上に逸らした。



「べ、別に?ただ要が大変そうだなって思って」

「ほお〜ん?ふう〜ん?」

「な、何よ!」



細長い目がにゅるんっと三日月のように歪む。

清麻呂はあっちへうろうろ、こっちへうろうろしながら、様々な角度から野分の顔を観察し続けた。


しばらくして満足したのか、檜扇の先をちょいちょいと動かして、野分に耳を貸すように催促をする。

仕方なく膝を曲げて彼の口元に耳を近づけると、






「──男の趣味だけは褒めてやろう」






と、口元に当てた檜扇の奥から、クツクツとくぐもった笑い声が聞こえてきた。


野分は身体中の血が頭に集まったかのように顔を真っ赤にしながら慌てて身を引き、





「はっ?!な、な、なんの話っ?!」




と、裏返った声で叫んだ。





「機微に聡い麿に隠せるはずがなかろう?しかし、麿はそなたと違ってそう野暮ではないのでな。それくらいは自分でなんとかするんじゃな」



ホ〜ッホッホッホッ!と高笑いを響かせながら明るい邸の中に入っていく清麻呂。

野分は両手を固く握ってワナワナと震えながら、




「言われなくっても、あんたを頼ったりしないわよ!」




と、清麻呂の左右に弾むまん丸な背中に向かって絶叫した。







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