#11 企て③
「……」
「……ここまで馬鹿だとは……」
「だって、職場一緒なんでしょ?」
清麻呂は口元に檜扇を当て、心から憐憫の眼差しを野分に向ける。
義道はポリポリと頭を掻きながら、
「あのな、野分。俺たちみたいな若輩者が、お上にそう簡単に上奏できるわけないだろう」
と、引き攣った笑顔を浮かべて呟いた。
「いつもこれだけふんぞりがえってる清麻呂でも?」
「なんじゃ、文句あるのか」
「別に〜?でもさ、帝ってこの国一番の有力者じゃん?なんでこの劣悪な衛生状態を放置してるの?ちゃんと仕事して……むぐっ」
清麻呂が瞬時に、野分の口を押さえる。
「誰かに聞かれたらどうする!雑仕の監督不行届で麿が罰せられるのじゃぞ!そうなったらどう責任を取ってくれる!」
小さなクリームパンのような手が、野分の呼吸口を塞ぐ。
みるみるうちに顔が青くなっていった野分は、半ば掻きむしるようにして清麻呂の手を剥がした。
「ぷはっ!言論の自由はここにはないわけ?!」
「そんなものないわ!バカもの!口を慎め!」
スパーンッ!と檜扇が素早く振り下ろされ、小気味よい音が空に響く。
「痛い!」
「おいおい!虐めんなよ!」
「そうよ、そうよ!」
「うるさい暇人どもめ!」
「清麻呂こそ、いつもすぐ家に帰ってくるじゃん!本当に仕事してんの?!」
「なんじゃと!」
「そうだそうだ!少しは俺を見習え!」
「そなたとは出来が違うんじゃ、頭も顔もな!」
ドタバタと埃を立てながら再びもみくちゃになる二人。
熾烈な烏帽子取り合戦が繰り広げられる中、野分はハッとした様子で顔を上げた。
「ねえ!せっかくだからさ、職場見学させてよ!」
大きな目をキラキラと輝かせて迫る野分の頬を、清麻呂の檜扇の先端が容赦無く突き刺す。
「だめに決まっておろう!国の重鎮が集まる場所じゃぞ!それに不出来な雑仕を連れて行って麿に悪評が立ったら敵わん」
「不出来な雑仕って私のこと?!ちょっとくらい、いいじゃん!疫病蔓延防止のためのいい手がかりが見つかるかもしれないし!」
突き破らんとするほどの力で彼女の頬に檜扇を食い込ませる清麻呂。
頬が変形しても意地でも引き下がりたくない野分。
両者睨み合いの拮抗状態が続いたが、庭先に要が姿を見せると、清麻呂はいとも簡単に檜扇を捨てた。
相対する力を失った彼女はそのまま床にドテッと転がり、見かねた義道が手を貸して体を起こさせる。
要から何やら耳打ちされた清麻呂の顔に、一瞬だけ険しさが浮かんだ。
「そなたらに付き合っている暇はない。さっさと持ち場に戻れ」
相変わらず野良犬を追い払うかのように手先を払い、清麻呂は要とともに部屋の奥に引っ込んでしまった。
「……野分。変な気は起こすなよ?」
赤く腫れた頬を苦悶の表情で撫でている野分を、義道が細めた目でじとっと見つめた。
「大丈夫!ちょっと調べるだけ!」
野分は、にっと歯を見せて拳を握る。
全くもって信憑性に欠ける野分の言葉に、義道は額に手を添えて天を仰いだ。
そんな義道を尻目に、野分はふんふんと上機嫌で鼻歌を歌いながら、
「まずはマップからだよね〜」
と呟き、手元のスマホで大内裏の地図を検索し始めた。
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