#7 里①
野分は口元を布で覆い、頭の後ろできつく結んだ。
最小限の荷物を風呂敷に包み、門の脇にたたずんでいる要の元へと駆け寄る。
「お待たせ!」
まるで待ち合わせをしていた友達に向かって言うように片手を上げる。
ニコニコとした明るい彼女とは反対に、要はいつにも増して暗い表情をしていた。
「……行くぞ」
要は素っ気なく足を踏み出す。
野分は彼の歩調に合わせて、彼についていった。
里の住んでいる家は、市中の端にあるという。
まだ市場までしか行った事のない野分は、道に迷ってもきちんと帰ってこれるように、周囲の風景を覚えながら要の背中についていった。
相変わらず、街の中は煩雑としていた。
行き交う沢山の人の隙間から、放置された糞尿や死体、物乞いや座り込んだ人たちなどがちらちらと目に入る。
人間というものは、意外と図太く作られているのようで、野分はこの光景に驚きの声を上げる事もなくなっていた。
しかし、彼女には不思議でならないことが一つ残っていた。
「ねえ、あれってなんなの?」
野分が指差す塀の上に、要が目線を向ける。
「……塀、だが」
事もなげに答えるが、「そうじゃなくて!」と野分に袖を引っ張られた。
「あれ!塀の上でぴょこぴょこ飛び跳ねてるでしょう?なんか、小さい鬼みたいなヤツが!」
要が気怠そうに目を凝らしてみたが、やはり何も見えない。
(また、いつもの世迷い事か?)
そう思ったが、どうも野分が嘘をついているようには思えなかった。
あまりにも真剣な目で訴えてくるものだから、
「京だからな。そういうものもいるだろう」
と、至極適当な答えを返して、そのままさっさと足を進めてしまった。
「マジ?!ここって、そういう場所なの?!」
真に受けた野分の絶え間ない質問攻撃を受け、要がいい加減うんざりしてきた頃、二人の目の前にこんもりとした山が現れた。
よく見れば、それは木材の破片だった。
何年も雨ざらしにされていたのであろう。
風化して粉々になっている白壁や、色の抜けてすっかり脆くなった木材が、朽ち果てた土の塊ように積み上げられて放置されていた。
「毎回思うけどさぁ、こういうのって誰か片付け……」
そこまで口にすると、野分はその山の隣に、もう一つ別の山があることに気づいた。
「……っ!」
思わず口を両手で塞ぐ。そうしないと悲鳴を上げてしまいそうだったからだ。
それは人間の山だった。
正確に言えば、遺体の山だ。
衣服を着ているもの、裸のもの、白骨化しているもの、ひしゃげているもの。
分別もせずに、ただただ積み上げられている。
突き出した腕や足が歪な形を作り出し、そこにカラスやトンビらしき鳥がたかっていた。
さらに不気味なのは、その肉の山にモゾモゾと群がる謎の生き物だった。
皮と骨だけのような体なのに、腹だけがはち切れんばかりに異様に丸く飛び出している。
その枯れ枝のような腕を必死に動かし、屍肉を一心不乱に口に運んでいる。
落ち窪んだ眼孔に嵌められている作り物のような目玉がギョロリと野分を捉えている間も、その腕は止まらない。
それが人間なのか、はたまた妖と呼ばれるものなのかは、彼女には判断がつかなかった。
ただそれは、子供の頃に図書館で見た、地獄絵図に出てくる『餓鬼』にそっくりだった。
よく見れば、その周囲には沢山の人が蹲っている。
時々呻き声をあげている者もいるが、誰一人として動く気配はない。
野分が思わず後ずさると、後頭部が要の胸板に当たった。
「……こっちだ」
要は何も説明する事もなく、その突き当たりを曲がっていく。
いくつかの小路を通り過ぎると、周囲にはもう粗末な荒屋しかなかった。
「本当にここらへんに住んでるの?」
「ああ……」
口数の少なくなった要が、ピタリと立ち止まり、徐に振り向く。
そして、野分の顔に手を伸ばした。
彼女はびくりと肩を揺らして、目をギュッと閉じた。
要は野分の口布の結び目がきちんと締まっているかを指先で確認し、
「……絶対に外すなよ」
そう呟くと、歩む速さを落として数軒先の荒屋の筵をめくって中に入っていった。
先ほどの衝撃的な光景のせいなのか、はたまた異性からの慣れない接触をされたせいなのか。
どちらとも判断のできない動悸を手で押さえ、野分は一度深く深呼吸をし、彼の後に続いた。
筵をめくると、中では要と女の子が話をしていた。
その子は野分の気配を悟ると、ひょこっと要の影から顔を出した。
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