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#1 プロローグ①



「皆さんとまたこうして旅をすることができて、とても嬉しいです」



 ここ数日間を一緒に行動してくれている年配のバスガイドさんが、心底嬉しそうにそう言った。

それまでは落ち着きなくざわざわとしていた野分たちも、その言葉を聞いた途端にガイドさんに向き直り、みんな笑顔で頷き返す。


 信号待ちで止まったバスの窓から外を見ると、歩道を沢山の人が歩いていた。

大きなリュックを背負った外国人観光客達がマップを片手に楽しそうに話している。

初夏の京都を観光客が歩いている光景なんて、昔はそう珍しくもなかった。

だけど、これがどれだけ幸せな事なのかを、彼女たちは知っている。



 この数年間、全世界では感染症が大流行していた。



マスクの着用、手洗いうがいや消毒の徹底、ソーシャルディスタンス、人々の移動の規制。

当たり前に続くと思っていた日常が、突然ひっくり返った。


自由に外食したり、友達とカラオケに行ったり。

そんな普通の事が、できなくなってしまった。

それは学校でも例外ではない。

高校三年間で一番の楽しみだとも言える修学旅行にさえも、行けなかった生徒が大勢いたのだ。




「うちらはラッキーだったね、マジで」




 隣に座っている律が、お菓子の箱を差し出しながらそう言った。



「あと少し長引いてたら、うちらだって修学旅行中止だったもんね」

「本当、前の世代の人ら、可哀想だよね」



 口に咥えた細長い棒状のお菓子を器用に上下させる。

おっさんみたいだと笑うと、さらに変な顔をしてきて野分の腹筋を攻撃した。

キャイキャイと甲高い歓声がバスの中に響く。



「ていうか、本当に医療従事者に感謝しかないわ」

「それな。ヒーローだよね、あの人たち」

「私もなろっかな、医療従事者」

「いや、野分はさ、まず理系がムリじゃね?」

「あんたよりはできるからね?」



 キャハハと声を上げながらじゃれ合っていると、バスガイドさんの到着のアナウンスが車内に流れた。

彼女達はそそくさとゴミを袋にまとめ、順番にバスを降り、すぐに班ごとに列を作って並んだ。

いつ見ても統率のとれた素早い行動に、野分は「軍隊かよ」と心の中で呟く。



「さすが進学校の生徒さんねえ。みんな行動が早いわ」



 一番最後に出てきたバスガイドさんが上げた感嘆の声に、少し誇らしくなった。


でも、進学校だから行動が早いんじゃない。

みんな、この旅行をずっと待ちわびていたのだ。


少しでも自由時間を確保したい、少しでも遊ぶ時間が欲しい。

一分も時間を無駄にしたくないという、半ば強迫観念みたいな団結心で動いているだけだった。


 先生から注意事項を聞き、班ごとに分かれて自由行動が始まった。

今日泊まるホテルに約束の時間までに帰れば、今日丸々好きなように過ごせるのだ。

解放された生徒達は、各々が事前に決めた観光先へと一目散に散っていった。



「っしゃあ!最強縁結び京都旅の始まりじゃあ!」

「おおーっ!」



 まるで決戦前の戦国武将のような野太い雄叫びをあげる様子に、担任の先生も若干ドン引きしている。


常日頃から「女子校に赴任しなかったら、僕はずっと女性に幻想を抱いて生きていただろう」と言っている先生だから、今回もきっといい経験になったのではないかと野分は思った。






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