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8 ゾンビ、連絡先を交換する

 俺はあちこちの部屋からテーブルを移動して、それを見つけたロープで縛りつけて、簡易バリケードを作った。

 ついさっき、外で死体を見つけたわけだけど。俺は慌てて4階に戻ろうという発想にはならなかった。

 異常事態の中に居続けたせいで、俺の感覚はもう何かが麻痺してしまっているのかもしれない。

 知らない人の死体があっても、それだけじゃ何も感じなくなっている。


 バリケードを作り終えると、俺はエレベーターに乗って4階に戻った。

 エレベーターから降りると、エレベーターホールに築かれた立派なバリケードの向こうに、青ざめた顔の小柄な大学院生っぽい男性がいるのが見えた。

 たしか、ザワチンと呼ばれていた人だ。

 

「すいません。西浦先生を呼んでもらえますか? とりあえずバリケードを作りました」


 俺が声をかけると、小柄な大学院生っぽい人、ザワチンさんは、俺を指さしながら言った。


「君はそこから動くなよ。ゾンビに襲われないなんて、絶対おかしい……」


 ぶつぶつ言いながらザワチンさんはスマホで電話をかけた。

 数分後、エレベーターホールに、青い顔をした工学部の人達が集合した。

 さっき会った時と、メンバーがちょっと違うような気がする。あの怖いおじいさん先生はいない。でも、人数はさっきと同じく6人いる。


 俺は死体のことを聞こうか迷いながら、まずは西浦先生に報告した。


「西浦先生。バリケードは作り終えました。見つけたゾンビは建物の外に追い出しておいたから、建物内のゾンビの数は減ってるし、たぶんこれで出入口までちゃんと移動できます」


 西浦先生は頭を下げた。


「ありがとう。えーっと、お名前を聞き忘れていましたね。お名前は?」


「木根文亮です」


 そこで、なんだか空気を読まなさそうな、ギャルっぽい少女が口をはさんだ。


「あたしは大鳥カラ。よろしくー」


「よ、よろしく……」


 さっきも思ったんだけど、このギャルは、誰かの妹? 

 工学部の大学生には見えないギャルだ。

 というか、昔のドラマやアニメか記録映像でしか見ないような一昔、いや、二昔か三昔くらい前のギャルだ。


 ともかく俺は、西浦先生にたずねた。


「あの、大丈夫ですか? 外に死体がありましたけど」


 何気なく聞くようなことじゃないけど。俺は何気なく聞いた。

 青ざめたザワチンさんが自分に言い聞かせるように早口に言った。


「立花君はただの自殺だよ。そうだ。ただの、自殺だ。別に、桜の樹の呪いなんかじゃない。そうだ。そんなはずはないんだ」


 俺は冷静に聞き返した。


「自殺? 桜の樹の呪い? 俺は殺人事件かと思ったんですけど」


 俺の推理では、立花さんは自殺じゃない。というより、転落死ではない。

 ゾンビが移動していないということは、落ちた時には死んでいた。

 でも、途中で桜の木というクッションにぶつかったんだから、転落で即死するはずがない。

 つまり、殺されてから、落とされたのだ。


 たぶん、犯人は証拠隠滅のために死体を窓から落とした。

 外に落とせば、ゾンビが徘徊する今、もう誰も近くで観察することができないから。……俺以外は誰も。

 そして、当然、死体を窓から落とした犯人は、この工学部にいる。


 だけど、俺がそれ以上何かを言う前に、ザワチンさんはヒステリックな声になって言った。


「殺人? そんなわけないじゃない。君は何を言ってるんだ!」


 大鳥カラという名のギャルが冷静な声で言った。


「でもさ、ザワチン。やっぱ自殺にしては変じゃない? 本気で死にたいなら、4階じゃなくて、寝場所にしている5階から飛び降りればいいじゃん。しかも、あの場所さ、ちょうど窓の下に桜の木があるんだよ? あそこから飛び降りたら、木の枝にひっかかりそうなんだよね。そしたら……」


 カラは俺と同じことを考えていたようだ。

 ザワチンさんはかん高い声で叫んだ。


「うるさい! 変なことを言うんじゃない! 当たり所が悪ければ、階段から落ちただけでも死ぬんだから、4階も5階もないよ。桜の木があってもなくても、運が悪ければ、死ぬんだよ。立花君は運が悪かったんだ。運が、悪い……? てことは、呪い……? やっぱり呪いなのか……? 桜の木の呪い……」

 

 ザワチンさんは、最後の方はぼそぼそと言いながら、両手で頭を抱えてしまった。

 どうやらザワチンさんはショックで半分パニック状態のようだ。

 こういう人は、あまり刺激しない方がいい。

 もしも俺がここで「犯人はあなた達の中にいる」なんて、名探偵ぶっちゃったら、逆上されて大変なことになるだろう。

 俺は黙った。

 名探偵だったら、ここで空気を読まずに現場検証とアリバイの調査をして犯人捜しをするんだろうけど。

 俺は意外と常識のあるゾンビだから。

 というか、名探偵ゾンビぶって俺が集団リンチにあったら嫌だから。


 重苦しい沈黙が漂う中、カラは俺にむかって明るく言った。


「あ、そーだ。フミピョン。連絡先交換してよ」


(フミピョン!?)


 名乗ってさっそく、変なあだ名をつけられた……。

 てか、この状況で、連絡先交換?

 みんな、顔面蒼白で動揺しまくっている中で?

 この「ヤッホー。友達になろ?」みたいな明るいテンション?


「いいけど……」


 俺は空気を読まない大鳥カラという変なギャルと、それから西浦先生と連絡先を交換し、「明日また来ます」と言って、速やかにその場を去った。

 あまり長居したい雰囲気じゃなかったから。

 殺人犯の存在は気になるけど。


 陰鬱な工学部の建物を出て、太陽光を浴びると、俺は少し生き返ったような気分になった。

 フルフェイスヘルメットをしているから、むちゃくちゃ暑いけど。

 辺りではゾンビ達が相変わらずゴミを拾って落としたり、車輪を回したり、のんびり昼寝をしていたりしている。


(やっぱりこの方が平和で落ち着くよな)


 そう思いながら、俺はヘルメットの中で深く長いため息をついた。

 ゾンビに囲まれている方が落ち着くなんて。俺もずいぶんゾンビ色に染まってしまった。

 でも、ゾンビは人を殺さないからなぁ。


 俺はちょっと心配になって工学部の建物を振り返った。


 大丈夫だよな。うん。

 殺人事件が起きたにしても。

 あの中に殺人鬼がいて連続殺人に、なんてことは……さすがに、ないない。


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