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6 ゾンビ、到着する

 正門は閉まっていた。門の内側、門柱の傍に、血だまりの跡のようなものが見える。

 門の鉄柵の間からは、血まみれのゾンビの腕がつきでていた。

 ゾンビの手についた血液はすでに赤黒く固まっている。

 門の向こう側に金髪を振り乱した女子大生ゾンビの顔があった。

 女子大生ゾンビは腕が門にはまってしまったようで、唸ったまま、動けないでいる。


 俺は女子大生ゾンビの腕を押し戻した。


 血塗れのゾンビがいるっていうのは、不安な状態だ。誰かがゾンビを襲ったってことだから。

 俺は門の中の様子をもうちょっと観察した。

 木立の間を不気味な顔色のゾンビ学生がふらふらと歩いていた。

 あのゾンビは、特に怪我をしている様子はない。


(とりあえず、入ってみるか)


 俺は自転車を門に立てかけた。

 自転車を踏み台に門をよじ登り、俺は門の内側に入った。


 着地するとすぐ、俺は血だまりがあった方を確認した。

 血だまりの向こう、門柱の裏に、血まみれの女子大生ゾンビが横たわっていた。

 このゾンビは腹部を銃で撃たれている。

 あのケガなら、普通の人間なら死んでいるはずだし、見た目は死体そのものだ。

 だけど、ゾンビはゆっくりと頭を回し、俺を見た。

 門に腕が挟まっていた女子大生ゾンビが、ゆっくりと倒れているゾンビの傍に跪いて、血で染まった腹部に手を置いた。


 俺はその様子を見て思った。

 ひょっとしたら、二人は友達だったのかもしれない。

 門に腕が挟まっていたゾンビは、ひょっとしたら、助けを求めようとしていたのかもしれない。

 

 俺はそのまま、まっすぐ歩いて行った。

 俺には何もできないし、何もしなくても、あのゾンビが死ぬことはないはずだ。

 俺はもっとひどい怪我をしたゾンビが生き延びたのを知っている。

 見た目は死体みたいだけど、ゾンビの生命力は半端ない。


 直進していくと、俺は大きな広場のようなところに出た。その向こうに、壁に時計のついた大きな校舎がある。


(これが大学かぁ……)


 俺が実際に大学に入学することは、たぶんもうないだろう。

 受験勉強、がんばってたんだけどなぁ。


 正面にある大学の校舎はレンガ造りの古い建物だ。 

 その校舎の前で、ゾンビ学生達が「うー♪」とか「あー♪」とか、みんなで発声練習をしていた。

 たぶん、合唱サークルなんだろう。

 校舎の前の広場では、ベンチに座ったゾンビ学生が猫を撫でていたり、芝生でカップルゾンビがイチャイチャしていた。


 平和だ。


 門のところに銃撃されたゾンビがいたから、ちょっと心配したけど。

 キャンパス内の様子を見る限り、今は平和そうだ。

 たまに血痕があったり怪我をしたゾンビがいたりするけど、銃弾の跡はない。

 たぶん、門のところのゾンビは、門の外から銃撃されたんだろう。

 銃で武装した集団はキャンパス内にはいないようだ。


 俺はほっとして、工学部の建物を探すため、キャンパスマップの看板の前に移動した。

 大学は建物がたくさんあって、目当ての校舎を探すのが大変だ。

 しばらく地図を見続けて、俺はようやく工学部の校舎の場所を理解した。

 工学部の建物はM棟と呼ばれているようだ。

 俺はM棟へ向かった。


 歩いて行くと、4階あたりの窓に「HELP」という大きな張り紙が張られている建物が見えてきた。

 それがM棟だった。


 M棟の入り口はちょっと奥まったところにある。

 周辺のゾンビの数は多い。

 近くの花壇で花を眺めている女子学生ゾンビもいれば、倒れた自転車の車輪を回して笑っている男子学生ゾンビもいた。

 ゴミを拾っては落としていくゴミ拾いボランティアっぽい学生ゾンビもいるし、特に何をするわけでもなく寝ている学生ゾンビもいた。

 みんな、完全にゾンビだ。

 感染したてで理性があったり仮死状態の感染者はいない。

 あの状態のゾンビは、会話をすることはもちろん、頭を使った行動は一切できない。

 

 今はのんびりした光景だけど、もしも非感染者がここに近づけば、ゾンビ達は本能的に非感染者を襲うだろう。

 ゾンビは非感染者を殺すことはない。

 だけど、噛みついたり、あらゆる手段で体液の交換をして、非感染者を感染させようとする。

 これだけゾンビがいると、非感染者が感染せずに避難するのは難しそうだ。

 

 そんなことを考えていると、奇妙な駆動音が聞こえた。

 音のする方に振り返ると、キャタピラのついたロボットが、こっちにむかって走行していた。

 ロボットには精巧に作られたアームが2本あり、片方の腕にビニール袋がかけられている。袋の中にはパンがいくつか入っていた。


 ちょうど、ロボットの進む先で寝ていたゾンビが寝返りをうった。

 偶然、ゾンビの足がロボットの袋にぶつかった。

 ロボットは一旦停止した。

 ロボット自体は無事だけど、ゾンビの足がぶつかったビニール袋が引き裂かれ、パンが一つ転がり落ちた。


 ロボットは再び走りだした。裂けた袋からパンを落としながら。

 寝転がっていたゾンビは落ちたパンを拾って袋ごとかじった。

 ゴミ拾いゾンビは、落ちたパンを拾ってなぜか自転車の上に落としていった。


 俺はロボットの後をついて歩きながら思った。


(あのロボット、ゾンビにパンを配っている? なわけないよな。俺じゃあるまいし)


 ちなみに、俺は定期的にゾンビに食料を配るボランティア活動をしている。

 でも、この世界でそんなことをしようとするのは、たぶん俺と中林先生くらいだ。

 普通の人間は、熱心にゾンビを殺そうとしているくらいだから。


 ロボットはM棟のドアの前で一旦止まると自動ドアの横のドアを押し開け、中に入っていった。


 俺もロボットの後をついてM棟の中に入った。

 自動ドアは閉じたままだったから、ロボットと同じようにドアを開けて。


 俺が中に入った時、ロボットはエレベーター前でとまっていた。

 エレベーターの扉が開き、ロボットは乗りこんでいった。

 去っていくロボットを見送り、俺は近くにある階段を上がることにした。

 安全を確信できない状態で、エレベーターみたいに、いざって時に逃げ場がないものには乗りたくない。


 俺が階段を上がっていくと、どこか上の方から怒鳴り声が聞こえた。


「立花君! 君はバカか! 本当につかえん奴だな!」


 俺はさらに階段を上がっていった。

 怒鳴り声は響き続けている。


「このまぬけが! 落としたパンはもう食べられないんだぞ。ゾンビウイルスに汚染されていない食料には限りがあるというのに」


 近づくにつれ、怒鳴り声とは別の声も聞こえるようになった。


「すみません。カメラの視界が狭くて。袋が破れてるなんて……」


「うだうだぬかすな! もういい!」


「すみません」


 どうやら、さっきのロボットを操縦していた人が怒られているようだ。

 危機的な状況で食料を失ったことへの怒りはわかるけど、あんなに怒鳴らなくてもいいのに。

 そう思うのは、俺がのん気なゾンビだからかな……。俺は食べ物に困ることはない。


 4階あたりの場所で、階段の先に、防火シャッターが降りていた。

 声はあのシャッターの向こうから聞こえてきたはずだ。

 あの先に非感染者がいる。

 俺はシャッターの前に立ち、大声で話しかけた。


「すみませーん。西浦先生いらっしゃいますか?」


「誰だ?」


 さっきどなっていた人の声がした。


「俺は恵庭隈研究所の木根です。中林先生に言われて救援に来ました」


「恵庭隈研究所? 中林? 西浦さんの知り合いか?」


「はい、そうです」


 どうやら、この人は西浦先生ではないようだ。……よかった。この怖い人が西浦先生だったらどうしようかと思っていたところだ。


「木村君、様子を確認してくれ」


「はい」


 シャッター横の非常用扉が開いて、大学院生っぽい人が現れた。この人が木村だろう。

 すらっとした長身でハンサムな人だ。

 木村さんは、疑わしそうな目で俺を見ている。

 俺は説明をした。


「西浦先生から救援要請を受けて助けにきました」


「ゾンビがいる中を?」


 たしかに、あやしい。

 でも、「俺はゾンビですから」なんて、言うわけにはいかない。

 俺がどんな目にあわされるかわからない。

 だから、俺はその問いをあえてスルーした。


「はい。西浦先生に取り次いでもらえませんか?」


「ここで待っててください。西浦先生を呼んできます。こちらから呼びかけるまで、この扉は開けないようにしてください」


「わかりました」


 俺はそこで大人しく待つことにした。


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