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24 夜の出来事2(優花)

 暗い部屋の中で優花は窓の外を見つめていた。

 暗がりの中、F棟に向けて、巨大な箱のようなものが動いている。

 ついさっきまで、戸外は静まり返っていた。ゾンビ達は寝静まり静寂が漂っていた。

 今はゾンビの唸り声が轟いている。

 暗がりの中を無数の人影が蠢き、箱を追いかけて行く。


 誰かがあの箱に入ってM棟から出ていった。

 タカユキだろう。

 メグミのところへ、逃げていったのだ。

 

 優花の心の中で、どす黒い嫉妬が渦巻いていた。


 憎い、憎い、憎い。

 許せない。


 疑念はしばらく前から抱いていた。

 数日前、木村のスマートフォンをこっそりと見て、それが確信になった。

 その時から、愛と執着は怒りと憎悪に置き換わり、心の奥で燃え盛っていた。


 木村は気が付いていないだろう。

 優花の心の奥で荒れ狂う憎悪の怪物に。

 優花は感情を押し隠すのが得意だった。


 だが、立花隆平が死んだ時、優花の心の中の憎悪の怪物を繋ぎとめていた鎖が、ぷつりと切れた気がした。


 殺していいんだ。


 そう悟ってしまった。

 一人死んだ今、二人目が死んだところで何の不思議もない。

 ここに警察がやってくることはない。

 真実はあかされることなく、うやむやのままに終わるだろう。

 殺人者が罰を受けることはない。

 どのみち、失う未来はないも同然の、ゾンビ・パンデミックの世界だ。


 木村孝行が立花隆平とともに過去に何かを行い、その復讐に立花が殺されたのだと聞いた時。

 優花の心に浮かんだのは、「お前も殺されてしまえ」、それだけだった。

 だから、犯人であろう三上彩を焚きつけようとした。


 だが、本音かどうかはわからないが、三上彩は殺す気がないといった。

 それを聞いた時に優花の心に浮かんだのは、「だったら私が殺す」だった。


 実際、部屋の中にあるもので、殺害計画を考えた。

 実際、突き動かされるように、殺害準備をした。


 だが、今、目にしているのは、逃げ出した木村が間抜けな箱になって動く姿だった。

 優花の心に浮かんできたのは、悔しさだった。

 殺し損ねた、という思いだった。


 どす黒い殺意と醜悪な感情で一杯の、汚れた自分の心を眺めながら、優花は不思議に思った。


 一体どうして、こんな人間になってしまったのだろう。

 恋をし愛を知るまでは、人を殺したいなんて思ったこともなかったのに。



 気が付けば、優花はソファベッドで眠っていた。

 未明、スマホが鳴り、優花は目を覚ました。

 誘き出すために送った「犯人がわかった」というメッセージに、木村の返事が来ていた。

 耳をすますと、階下から物音がしていた。


 タカユキが戻ってきた。


 やがてドアをノックする音が聞こえた。

 優花はドアを開けた。

 木村は入ってくるなり、優花に抱き着いた。

 どこかから少し、血の臭いがした。


「愛してる。愛してる。俺にはお前しかいない」


 木村は激しくキスをしながら優花をソファに押し倒した。

 優花はなされるがままに受け入れた。

 ほんの一時、その虚しい言葉を本気で受け入れて。


 しばらく後。

 物質的な愛の交換、あるいは性欲の解消、が終わった後。

 木村は死んだように眠っていた。

 体が次第に冷えるのを感じながら、優花は凍ったままの自分の心を感じていた。


 もう、終わったのだ。


 木村の言葉が偽りだということはわかっている。

 木村孝行は「愛してる」を呼吸するように囁くことができる。特に意味もなく。

 憎悪の怪物がむくむくと膨れ上がっていた。


 眠る前に用意していたビニールひもの輪がすぐそこにあった。

 ロープは壁に固定された金属製の本棚の上段の柱を通り、下に垂れ下がっている。


 優花はゆっくりと木村の頭に輪を通した。整った顔に最後のキスをすると、ロープの上部を全体重をかけて引っ張った。

 木村の体は、引き上げられるにつれ数度動いたが、そのまま吊り上げられていった。

 ひもをソファの足に通して結び、優花はふらふらと離れた。

 だらりと力なく、木村の体が本棚に吊るし上げられている。


 優花はまるで芸術作品でも見るように、木村の姿をぼーっと鑑賞していた。

 優花の心はただ「ざまぁ見ろ」と言っていた。

 そして次第に「あの女に、見せつけてやる」と囁くようになっていた。


 あの女に、見せつけてやる。


 優花はデスクを開け、ハサミを見つけると、一度ビニールひもを切った。

 もう一度ビニールひもを木村の首に巻き、別の一端を何重にも本棚の柱に縛り付けた。

 そして、窓を開け、重たい木村の体を引きずりあげ、窓からずり落とした。


 朝になれば、F棟から木村の姿が見えるだろう。

 思い知ればいい。

 愛した者を失う気持ちを。


 窓から涼やかな夜風が吹きこんでいた。

 ゾンビは再び寝静まったようで、ただ正常な夜の静寂が漂っていた。

 理不尽な嫉妬の狂気に突き動かされていた優花は、夜風に当たったせいか少し冷静になった。


 自分の寝ている部屋で木村の死体が見つかれば、当然、自分が疑われる。

 このままではまずい。


 ひもを引っ張ってみたが、自分の力では引き上げられそうになかった。

 ビニールひもを切って死体を落とせばいいという発想は、浮かばなかった。

 あの女への嫉妬がまだ脳を覆い狂わせていた。


 代わりに、窓の下を見た優花は気が付いた。

 木村の体はたぶん1階下にある。手越研究室の院生室あたりに。

 優花はこっそりと真っ暗な廊下に出て、階下に向かった。


 4階に降りると、血の臭いが漂っていた。

 どこからその臭いがくるのかは、わからなかった。

 エレベーターホールの向かいにある目当ての部屋に入った。


 窓の外に、木村の頭部が見えた。

 スマートフォンをライトに、室内を観察した。

 ナイロンロープがあった。

 優花はナイロンロープを木村の首に巻き、机の足に巻き、結び付けた。

 優花は持ってきたハサミで、木村の首に巻きついていたビニールひもを切り、窓の外に捨てた。

 その後はそっと自分の部屋に戻り、残っていたビニールひもを切りほどき、全て、窓の外に捨てた。


 これで、すぐにはバレないだろう。


 ゾンビの眠る暗闇に落ちていくビニールひもを見ながら思った。


 でも、バレたとしても、もう、どうでもいい。


 愛が抉り取っていった空虚な穴が大きすぎて、今はもう何も感じることができなかった。

 今はもう自分が生きているのか死んでいるのかさえわからなかった。

 生きていたとしても、屍に等しかった。


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