表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/44

罠に落ちたのはどちらかー4

ラフター回想編終了です。

次話から、現在にお話し戻ります。

あのランチから数日、彼女にアレクの事を言うべきか迷っていたが、シャーロットの事も、エルナ自身のことも考えるとやはり伝えるべきだと思い、閉店時間前の客の少ない時間帯にいく事にした。


ゆっくり話をして、説明すればきちんと彼女も他に目を向けられるだろう。


例えば……。



『愛する人に愛してもらえるってどんな気持ちだろう。』


残念だが、アレクではそれを叶えることは出来ない。


僕なら……。


そう思い、彼女の店に行くと、思いの外早い店じまいの準備をしていた。


こちらに気づいた彼女が花のように微笑んで、それから少し困った顔をした。


「いらっしゃいませ、ラフター様。申し訳ありません。もうお花もあんまりなくて。お急ぎですか?」


「あぁ、いや。今日は花ではなく少し話があって。でも、何か妹と母に買って帰ろうかな。」


少しでも彼女の売り上げに寄与すべきだ。むしろ花を買う口実にすれば良かった。気がはやって、いるのが分かる。


「ふふ、無理に買って頂かなくても大丈夫ですよ。うちの店は母の代から花が長持ちするってみんな言ってくれますし。ありがたいことに廃棄する事なんてほとんどないですから。」


そう言いながら、彼女の服の中に隠れてはいるが、先日渡したネックレスが首元から覗いた。

なぜか不意に胸が締め付けられる。


「本当に、必要な時に相手に気持ちを込めて贈ってもらえる方が、花もきっと嬉しいです。」


そう優しく言う彼女は、初めて同じ事を言われた時との違いに自分が以前とは随分違う立場になれたのではないかと浮き足立つ。


今からアレクの事を伝えるのが心苦しくなる。


「ラフター様??」


急に黙った事を不審に思ったのか、彼女が首をかしげた。


「あぁ……、いや。また一緒に出かけないかと誘おうと思ってきたんだ。来週、祭りがあるだろう?花火も上がるそうだから、三日間行われる祭りの中日が、店の定休日だったと思って。」


「あぁ、葡萄祭りですね。」


咄嗟に頭にある情報をかき集めて口実を作った。


「いいですね。私も行きたいです。でも、葡萄祭りで飲めるワインはラフター様のお口に合うか分かりませんよ?」


「君の言っていたたこ焼きや焼きそばというのを食べてみたくて。」


そう言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。


じゃあ、閉店準備の邪魔になるからと店を離れた。




5分ほど帰路に着いた時、時間を約束していなかったことを思い出し、彼女の店に戻った。


浮かれ気分で戻ったものの、店は閉まっていたが、裏口から灯りが漏れていた。

裏口に足を向けた時、聞き慣れた声に冷水を浴びせられた気分になった。


「エルナ、そろそろ屋敷に来てほしいんだ。」


「アレク様、私はまだ心の準備が……。」


「母と、シャーロットに気づかれないように、メイドとして屋敷に入れるよう手配するよ。シャーロットの出産に備えて少し人手を増やそうという話も出ているから不自然じゃない。」


アレクは必死に説明している。


「……分かりました。アレク様の良いようにして下さい。」


「ありがとう、決して悪いようにはしないから。」


そう言ってアレクはエルナを抱きしめた。


「必ず迎えに来る。愛してるよ。」


「私も……アレク様。」




エルナは知っていた。シャーロットのことも、妊娠していることも。

吐き気を覚える。

やはり演技だったのだ。

あのウブな反応も、


アレクが動く。その前になんとかしなくては。


「このままでは。レイニード家はめちゃくちゃになる……。」


そう言葉に出すことで自分に正義を言い聞かせた。









あれから、アレクの領地に盗賊が頻繁に出没するという偽の情報を流し、アレクを一旦領地に向かわせた。


レイニード家は治安がいいと有名で、物流が盛んな街が多くある。

盗賊が頻繁に出るなど言う噂が流れたら死活問題にもなりかねない。


魔力も戦力も高いアレクが行くのが一番効率良く片付くと考えるのは当然で、思惑通りアレクが領地に向かった。


これで二週間は帰ってこないだろう。


このうちに、エルナを完全にアレクから引き離す事にした。


まずエルナの店の大家から、現金で言い値の倍で買い取った。もちろん口止め料は別に上乗せだ。

エルナを露頭に迷わせて囲って仕舞えばいいのだ。


あの娼婦をアレクから引き離すのだ。








葡萄祭りの日、彼女はいつも通りだった。


にこやかに笑い、食べ歩きを楽しみ、大道芸を楽しんだ。


彼女はアレクが帰ってくる前に店を畳まないといけない手筈にしてあるはずだ。

未だアレクに相談できていない状態のはずだが、迎えに来てくれると思っているのだろうか。

ほぼ毎日来ていたはずの男が一週間もこなければ不安になるはずと思ったが。



もうそろそろ花火の時間だ。

いい頃合いかと思い、話を切り出そうとした時、


「ラフター様、お話ししたい事があるのですが。」


ほらきた。


「なんだい?」


と安心させるように優しく問いかける。

金の無心か、住むところが欲しいというか。一体どんな誘い文句が出てくるのか楽しみだ。と思っていたところに爆弾が落とされた。


「今日は、お別れを言いに来たんです。急遽お店を畳むことになってしまって……。明日にはこの街を離れるので、最後にご挨拶できて良かったです。短い間ですが、お世話になりました。」


なんの説明も無かった。どこに行くとも、何も。ただのご近所さんへの挨拶以下だ。


「……どこへ……?」


彼女は母親が死んで天涯孤独のはずだ。

親戚の情報も何も無い。


「母がお店をやっていた頃からお世話になっていた農家さんで、お店を畳む話をしたらうちの農家を手伝ってくれたら嬉しいって。奥さんと息子さんの3人でやっていて人手が足りないからって。」


母の頃からの付き合いという事は息子もそれなりに大人だろう。つまり彼女に嫁に来ないかと言っているのだ。


「慣れ親しんだ街を離れるのは寂しいですが、新しい街で心機一転してきます。」


そう笑う彼女は曇りひとつない笑顔だ。

アレクはどうするんだ?

農家の息子と結婚するのか?

全く予想外の方向へ話が進んでいく。


「……エルナ、それなら。」


やめろ、変なことは言うな。口が勝手に動いている。


「……僕と結婚しないか?」


「……え?」


そうだ、変な事なんかない。

彼女と結婚して2度とアレクに会わせなければいい。

平民でも、魔法が使えれば結婚できない訳ではない。


「ラフター様、……何を言って。」


困惑するエルナの手を取って、口付ける。


「エルナだって分かっていただろう?僕の気持ちを。僕は君以外考えられない。」


真っ赤になるエルナは本当に女優だ。

アレクがいる身で他の男に求婚されて赤くなるなんて。


「でも、平民の私と結婚なんて……無理です。」


「どうして?前も言ったけど、魔法を重視する貴族社会では魔法が使えれば平民と結婚もできると言っただろう?」


「……でも……。」


アレクと秤にかけているのだろうか。



「そうか、ダメなら僕が公爵家を捨てよう。妹のメルティに公爵家を継いでもらうために婿を取って

貰えばいい。」


そう言うと彼女は困惑の顔を隠さない。


「妹は来年、侯爵家へ嫁ぐ予定だったが諦めてもらおう。2人は仲が良かったのに残念だ。」


妹は嫁ぐ予定もないが、これくらいの嘘ならいいだろう。

僕が爵位を失うか。

訪ねてこないアレクを待つか。

農家の息子に嫁ぐか。


彼女の答えは出ているはずだ。


面白いぐらい彼女の顔は真っ青だ。

本当に表情がコロコロ変わる。


「いや、あの、それは……。」


「心配しないで、エルナ。父も母もどんな嫁でも文句は言わないから僕に早く結婚して孫の顔を見せろと口を酸っぱくして言う。だから大丈夫。」


彼女の顔は怪訝そうな顔をし、「それは貴族なら誰でもという意味じゃ……。」とブツブツ言っている。


そしてもう一度手を取り、彼女の足元に片膝をついて言った。


「エルナ、君だけが僕を幸せにできる。『愛する人に愛される』喜びを僕にくれないか。君を幸せにすると約束する。」


さぁ、堕ちて来い。エルナ。


「……ラフター様。私も、あなたを幸せにします。」


花火の上がる中、微笑みながら涙を一粒こぼしたエルナにキスをした。








どうしてあの時の涙を偽物だと思ったのか。

アレクから奪えた優越感と嫉妬、レイニード家を守ったという建前は恋した相手を歪んで見るのには十分だった。

あの時に戻れたら。



「ただ、愛している。」

それだけでよかったんだ。

あんな黒い気持ちで伝える言葉ではなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ