ひとひらの かけら-2
心地いい風が頬を撫でる。
藤の花の香りがする。
目を開けると、視界一杯に藤の花が広がっていた。
藤棚の隙間から見える夜空は愛しい彼の瞳と同じ色。
「……死んだ……の……?」
「エルナ!!」
ふわりとムスクの香りと同時にラフター様の顔が視界を塞いだ。
「あぁ、よかった。……アレクが、叔母上に君のお母さんが残したアレキサンドライトを持って来ていたんだ。間に合って……よかった。」
そう言って抱きしめられながら抱き起こされる。
彼の横にはアレクお兄様もいた。
「母上は、君が危険に晒される可能性を考えて、あれからいつも持ち歩いていたそうだよ。王城を出るときに持って行けと渡されたんだ。」
そう言って、アレクお兄様が差し出した小さな木箱に入ったアレキサンドライトは割れていた。
「サンドラさんの残したアレキサンドライトは全て砕けてしまったけど。君を繋ぎ止めることが出来て良かった。」
アレクお兄様は優しく頭を撫でてくれた。
「……ところで、ここは……?」
頭上に広がる藤に、地面には視界いっぱい広がるアネモネの絨毯は覚えの無い場所だ。
ラフター様が、さらにキツく抱きしめて言った。
「ここは、あの洞窟の上だよ。あの伯爵家の次男は拘束して、王城に搬送中だ。…………目の前で、……腕の中で死に向かっていく君を……どんな思いで見ていたと思うんだ。もう、……あんなことはやめてくれ。」
「それはお互い様ですよ……。私がどんな思いで見ていたと思うんですか。」
ミゲル様が言っていた、彼が私の捜索の度に植えていたという花はこれだったのだろうか。
藤の花言葉、アネモネの花言葉が頭に浮かぶが、彼は意味を分かった上で植えたのだろうか。
ラフター様が顔を覗き込むと、夜空と同じダークブルーの瞳には輝く星が見える。
「それでも、もうあんな君を見るのは嫌だ。藤やアネモネを植え続けるのはもうごめんだ。……今後は媒体石は持たせないほうが良いかな。いや、でも……無いといざと言うとき困る……。そもそも何であのソチアル家の次男と一緒にいたんだ。連れていかれたと聞いた時……あの男を絶対殺してやると思ったよ。」
そう言いながら、私の髪に、額に、頬にキスを落としていく。
「その……ラフター様がサリーナ皇女と一緒に別室に行かれた時、色々噂を耳にして……。恋人同士だったとか……。それで、……その……。」
「サリーナ皇女は麻薬取引の密輸の取り締まりのため情報を交換していたんだ。あの男の取引先が、セヴィリオ国の貴族だったから。それだけだよ。恋人同士なんて、そんな関係であったことすらない。エルナ、愛してる。君だけが僕の心を動かす唯一だ。」
そう言って優しいキスをした。
そのあまりの優しいキスに瞳がじわりと潤む。
「私も……。貴方が……好き……です。」
触れ合う唇の隙間から、そう精一杯伝えると、彼はぴたりと固まった。
至近距離で顔を覗き込まれ、あまりの恥ずかしさに目をぎゅっと閉じた。
それでも伝えられる時に伝えなければ。
後悔しても遅いことは身に染みている。
「……エルナ……。」
ラフター様が殺人的な色気を含んだ声で、吐息混じりに名前を呼んだ。
目を閉じているから、どうしても声に集中してしまう。
「……エルナ、僕を見て。」
恐る恐る目を開けると、…………後悔した。
呼吸すら忘れてしまいそうなほど、とろけそうな微笑みでこちらを見ていた。
呼吸が出来ないのだから、もちろん言葉も出ない。
ただただ、優しいダークブルーの瞳に釘付けになった。
「ありがとう、君の『好き』がいつか『愛してる』に変わるまで、僕は永遠に愛を乞うよ。」
もうそんなものは『愛してる』に変わっているけれど、ただ恥ずかしくて好きという言葉が精一杯なのだ。
それでも言葉で伝えられないのなら行動で伝えるしかない。
そう思って、彼の唇に自分のそれを寄せた。
『好き』を超えた、その思いを込めて。
その途端、後頭部に手を添えられ、もう一度地面に倒される。
「……僕の我慢の限界を試しているのかな?」
抱き締められた腕は苦しいくらいだけど、嬉しい苦しさだ。
「…………エルナ。もう一度結婚式をしよう。君の事を大事に思う人たちの前で、もう今度は間違える事の無いよう、君に誓いたい。」
あの日、私だけが彼に愛と信頼を誓い、彼は私を妻にする事だけを誓った。
誰に祝福されるでもなく。
あの忌まわしい数日間。
ラフター様の後ろに立つアレクお兄様と目が合い、優しく頷くように微笑んでくれた。
「…………はい。」
「……ありがとう。」
そうしてもう一度、お互いが優しいキスをした。
「――――――で、ラフター。その前に、父上に『お嬢さんを僕に下さい』があるからな。まだ、離婚させようと思っているのは間違いないし。そもそもまだ一連の結婚に至った話をしていないだろう?」
そうアレクお兄様が声を掛けると、ビシッとラフター様が固まった。
周りの騎士団の人たちも可哀想にという目で一斉に彼を見た。
「……血の雨が降るかな。」
誰かがそう呟いたのが聞こえた。
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