狂気ー2
甘い……香りがする。
花の香りかしら…。
どこかで嗅いだ事のある様な、甘い……甘い匂い……。
ぼんやりと目を開けると薄暗い洞窟の様な場所だと気付いた。
「ここ…は。」
「ああ、ウィステリア気が付いた??」
ミゲル様がにこにこと、こちらを覗き込む様に聞いた。
さっきまで慣れた笑顔だと思っていたのに恐怖心しか感じない。
彼の後ろには刃物を持った10数名の明らかに一般人では無い無頼な人達が居る。
「ミゲル様…貴方、何故……。」
「何故?君が必要だからさ。言っただろう?君は僕の人生を変えてくれた。照らしてくれた女神だと。」
彼の異様な様相に私は言葉を失った。
話が通じない気がする。
目が、……常軌を逸している目をしてる。
「君が空から降ってきた時、僕は奇跡を目撃したんだ。」
その言葉にビクリと、反応する。
「降ってきた?」
私は川辺に倒れていたのでは無かったのだろうか?
彼の領内の河原で……。
「そう、この上から君は落ちてきたんだ。」
彼は指を立て、洞窟の上を指差した。
「ここがどこだと思う?セレ川の崖の中腹にある洞窟。君が転落したところだよ。」
「ここで取引をしていたら、入口からすごい音がして上の崖の一部が崩れ落ちていった。この洞窟は剥き出し状態になり、上から魔狼の声と戦闘する声がして、入口で様子を窺っていると君が落ちてきたんだ。」
落ちてきた?
上から声が聞こえた?
取引?
「君は上から落ちてくる時どこかで打ち付けていたんだろうね。傷だらけで僕の目の前に落ちて来たまさにその瞬間。アレキサンドライトが光り、君の傷は全て消えた。」
彼は私の母の指輪を指差して言った。
更に彼の顔が愉悦の顔で歪んでゆく。
「その瞬間、女神が降臨したと思ったよ!!癒し魔法の使える月の光に照らされた銀髪の女神が!」
「……癒し魔法は植物、動物生きとし生けるものに作用する。あぁ、神が君を僕に遣わしたんだと……。」
最早正気の沙汰ではない。恍惚とした表情は今まで向けられていたものと同じだろうか。
もう判別がつかない。
彼は……いつもこんな目で私を見ていた……??
「ウィステリア、ここに何があるか分かるかい?」
仄暗い洞窟の中、甘い匂いが充満している。
じっと目を凝らすと奥に見たこともない真っ赤な花がポツポツと咲いていた。
「花……??」
「そう、新種のね。幻覚作用の強い麻薬の一種だ。」
「麻薬……??」
麻薬なんて手を出したら、一族郎党厳罰に処される。知らなかったでは済まされない話だ。
それにこの甘い匂いは覚えがある……。
あの時……。
「最近市場にも出回っているんだけど知らないかな?まぁ、知らないよね。ここでこの花を育てて、奥にある通路から運び出していたんだよ。それがね、この花は日陰を好んで咲くんだけど、土壌管理も難しくて、中々栽培が上手くいかないんだ。常に花の様子を見ておかないといけないし、色々試しているが、作業従事者にも健康被害が出ている。人件費だってばかにならないんだ。……そこで君の出番だ……。」
ぎょろんとこちらを向く彼は興奮が止まらない様子で私の肩を摑んだ。
私は彼の後ろの花の匂いを思い出し、吐き気を覚える。
「使えるだろう?癒し魔法を。ソリアス邸で君に世話をしてもらった花は格段に成長が著しく、切り花すら中々萎れなかった。媒体石が見つからず強力な癒し魔法が使えなかったが、紫水晶が媒体石と分かった今、なんら心配することはない。」
彼は長々と何かを喋っているが、当の私はそれどころではなく、この匂いを思い出して、ただただ気分が悪かった。
私が刺された時、市場で買った花の香りだと思っていたのは、麻薬の香りだったのか。
こんな、……こんな物のせいで。
「なぜ、麻薬なんて……。」
「ウィステリア、伯爵家の次男として僕がどんなつまらない人生を歩んできたと思う?優秀で健康な兄がいて、僕は所詮予備に過ぎない。生まれてからずっと伯爵家でそれなりの生活をしていたのに、将来家を出て生活レベルを落とせるわけないだろう?城に文官として務めるのにたくさん勉強するのも嫌なんだよ。楽して贅沢がしたいんだ。分かるだろう?そこでこの麻薬の存在を知ったんだ。簡単に金が集まる。役人達も全く気づかない。」
こんな物のせいで私は刺され、母は引き換えに命を失ったのか。
怒りが沸騰し、ふわりとイヤリングが光る。
全て燃えてしまえ、こんなものがあるから…………。
感情的に放った炎がミゲルの横を通り、背後の赤い花達を燃やした。
「うわああああ!!水だ!水!!」
「消せ消せ!!!!」
後ろの男たちが慌ただしく消火を始める。
全て燃えてしまえ!!
もう一度炎を出そうとした瞬間頬に強い衝撃を受け、地面に押しつけれた。
耳元のイヤリングが外され、頭上から声が降ってくる。
「ダメじゃないか、ウィステリア。君を大事にしたいんだ。乱暴なことはさせてくれるなよ……。」
そう言う彼を見上げた瞬間、彼の手元にあったイヤリングが粉々になった。
「僕だって、貴族の端くれだ。媒体石を持っていたらそれなりの魔法が使えるんだよ……。あぁ、こんなに粉々じゃあもう媒体石として使えないね。知ってたかな?割れた媒体石が使い物にならないって。……でも大丈夫、もっといい紫水晶を僕が用意してあげるから……。もうこの場所は捨てていいんだよ。新しい土地で栽培する手筈が整っているから……。」
ミゲルはいとも簡単に炎を鎮火し、こちらに薄ら笑いをした。
背筋が凍るような、恍惚とした彼にぞくりとした瞬間、洞窟の奥の方から悲鳴が聞こえた。
「ミゲル様!!スカイロッド公爵が単騎で攻めて来ました!!」
はっとして声のする方を見ると、次々と男達が吹き飛ばされているのが見える。
人ってあんなに飛ぶものだっただろうか?
思ったより多くの人間が外につながる道にいたようだ。
悲鳴と怒声、吹き飛ばされる男達の中心から、ラフター様の声が聞こえた。
「エルナ!!!」
その声に、涙が溢れた。
感じていた恐怖も解けていく。
「バカな、早すぎる……。」
ラフター様は、汗一つかかず、傷一つなく、私を押さえつけながら狼狽えるミゲルの前に対峙した。
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