罠に落ちたのはどちらかー3
ランチを食べた帰り道、食べ歩きがしたいと言うので、彼女のオススメの店に何軒か寄り道をしながら歩いていると、鐘の音が聞こえた。
そちらに目をやると、この街の中心にあるシュピリッツァ大聖堂から響いた音だった。
街道には一般市民が集まって見ている。
「何ですかね?」
彼女と一緒に覗いてみると、結婚式が行われていた。
王家ならまだしも、普通の貴族は一般市民に披露するようなことはしない。
「最近流行っているみたいで、少し裕福な家庭は、教会から馬車で新居に行くそうですよ。」
そう言いながらワクワクした目で教会の出口を熱心に見つめている。
「あ、出てきましたよ!わぁ、花嫁さん綺麗ですね〜。」
そう言いながら周りの市民がおめでとう、幸せにと言っているのに紛れて彼女もお幸せに〜と手を振っていた。
そんな彼女を見つめながらふと思う。
アレクとは先がない。今後のことをどう考えているのだろうか。
「エルナは結婚についてどう思っている?」
とそれとなく聞いてみた。
「そうですね。……あの、私、実は父を知らないんです。会ったこともなくて。」
報告書にも確かに父親は不明と書かれていた。そのまま黙って彼女の話に耳を傾ける。
「だからって、母はたくさん愛してくれたし、寂しいなんて思ったことも多分ほとんどないです。母は父に会いたいとか、愛していたとかそういうことも言わなかったので。私がいるだけで幸せって言ってくれました。」
「……でも、絵本とか、結婚式とか見て思うんです。愛する人に愛してもらうのってどんな気持ちなんだろうって。だから、……。」
――そんな結婚ができたら良いなと思います。
そう微笑んだ彼女は、そのまま空気に溶けてしまうんじゃないかと思うほど儚く、綺麗だった。
彼女を店に送り届け、屋敷に帰ってから考える。
彼女はとてもじゃないが、愛人が務まるような人間ではない。
曲がったことが苦手な、人に誠実であろうとする女性だ。
ここ数週間、目の前で見てきた彼女は金目当てで男を騙すような人間ではない。
もしかしたら、アレクが既婚者ということを黙っているのかもしれない。
そう思うと合点がいく。
でもそうなると、真実を彼女に伝えるべきか――。
アレクでは夢は実現しないと。
最初の頃とは違い、最近は笑顔で迎えてくれる。
月の光の様な髪に、キラキラと輝く紫の瞳が翳るかと思うと躊躇わざるを得ない。
翳った瞳で見られる事に僕自身が耐えられるだろうか。
それでも、彼女の中にアレクがいると思えば思うほど、心の黒いモヤを濃くしていく。
夜、ベッドに入ってもその胸の奥にある不快感で中々寝付けず、結局瞼が落ちたのは明け方だった。