舞踏会と皇女ー2
城門を続々と貴族の馬車が通っていく。
「…………私、こんな中でダンスなんか踊れる気がしない……。」
煌びやかな衣装を纏うたくさんの令嬢や貴族がレイニード公爵家、スカイロッド公爵家の錚々たる一団に熱い視線を送っていいるのをひしひしと感じる。
私は家族みんなに囲まれるよう……というか、守られるように中心をラフター様と歩いていく。
そんな私の思わずこぼした言葉にエシュピルナ様が微笑んで、
「心配しないでエルナ。あなたは私の娘だと知らしめるために来たのよ。突然現れたあなたを妾腹の子だと見下さないようにね。……私達があなたを大切にしているということが分かればあなたに悪意は向かないはずよ。」
「そうよ、エルナ。その為にも私は今日はあなたにへばりついておくから安心してね。父様にはアレク達が会った時説明しているし、私も手紙を父様に書いたから。」
今日の衣装はシャーロットと色違いのお揃いで、それに合わせてアレクお兄様もラフター様も衣装を合わせている。
最近流行りのマーメイドラインのドレスで、シャーロットのお腹が目立つのではないかと思ったが、彼女は幸せの象徴だから見せつけてやるのよと言っていた。
オートクチュールなのでお腹は全然苦しくないそうだ。
イヤリングも私の藤に模したのに似せて、可愛らしいピンクのローズクォーツを使って作ったのを着けている。
会場に入ると今まで以上に視線を浴び、平民育ちとしては壁と一体化したい気持ちになる。
周りからひそひそと声も聞こえてくる。
「あれがラフター様の……。」
「どうやって取り入ったのかしら……。」
「平民育ちだそうだから、きっと私たちには想像出来ない事よ……。」
聞きたくてもざわざわと聞こえる声に耳が向いてしまう。
突き刺さる視線に思わず視線が足下に落ちる。
気分が悪くなってきた……。
早く挨拶だけして帰りたいと思うのに陛下はまだ会場に来られていない。
その時体がふわりと浮いた。
え?と思うまにラフター様にお姫様抱っこされていた。
その瞬間「「「「きゃあああああ!!!!」」」」という黄色い悲鳴と、会場が騒つく。
「顔色が悪いようだが、陛下が来られるまで休憩室に行くか?」
そう言って私の目を覗き込みふわりと微笑む。
とろけるようなその顔は周りのご令嬢の声を更に加熱させる。
「いやあああ!!嘘よ!!あのラフター様が女性に微笑むだなんて。」
「いつも氷のような目で女性を見ているのに……。」
「行方不明になられた奥様を諦めず一年ずっと探していらしたそうよ。」
あまりの状況に頭がついていかないと思っていると、
「くぉら!!ラフター、わしの可愛いエルナを離さんか!!毎度毎度わしの目を盗んではくっつきおって。」
そう言って持っていたステッキでラフターを威嚇する。
「別に目を盗んではませんよ。堂々とくっついているんです。」
「何ぉう、減らず口を叩きおって。」
「最愛の妻に常に触れていたいと思うのは当然のことでしょう?叔父上だって叔母上にべったりではありませんか。」
「ぐっ……。」
お父様、負けないで!と思いつつもだんだんと距離を詰めてくるギャラリーにどうしていいのか分からず混乱する。
その時、
「皇帝陛下、皇后陛下。並びに皇太子殿下、皇女殿下のご来場です。」
大きなファンファーレと共に皇帝一家が、魔塔の神官達がカーペットの脇に並びそこを通って会場に入ってきた。
「今回は魔塔教会の連中も来ておるのか……。」
お父様が煩わしそうにそう呟き立ち並ぶ神官の人たちを見ると、先頭にサリバン様の姿があった。
全員がそちらに注目する中、赤いマントを羽織った陛下がスッと右腕を挙げると会場がシン……と静まり返った。
「今宵は隣国のセヴィリオ国のサリーナ皇女もいらしている。十分に交流を深めてほしい。」
そう短い挨拶をすると音楽が鳴り始め、皇帝陛下と皇后陛下がファーストダンスを、披露した。
その後は高位貴族から順番に陛下への挨拶が始まり、同時にダンスホールも、賑わい始めた。
スカイロッド家とレイニード家は1番初めに挨拶すると言う事で、揃って挨拶に向かう。
陛下の御前に立ち、各々が挨拶する。
「そなたがアルベルトの娘か。……なるほど。よくアレキサンドラに似ているな……。娘のシャーロットからも、この一年大変だったと聞いている。十分に心休め、家族と交流を深めよ。」
「勿体ないお言葉にございます。」
緊張で震える足を叱咤し、何とか返事をする。
「……アルベルトよ。そなたが回復したと聞き、この国もまだまだ安泰だな。」
「ありがたきお言葉。しかしながら国や政は息子に任せ、今後は妻や娘、孫に残りの人生を捧げようと思います。」
「そうだな、お前が病に伏している間のアレクの仕事ぶりは文句のつけようも無かった。ゆっくり過ごすのも良かろう。」
父も、アレク様も深々と頭を下げた。
ラフター様も挨拶を終え、全員でダンスホールに戻る。
その瞬間妙齢の女性達がラフター様目がけて集まって来た。
父もエシュピルナ様も高位貴族と分かる年配の方々に取り囲まれていた。
父が回復したことのお祝いの言葉が聞こえる。
「ラフター様。ここ一年社交の場でお見かけすることが出来ず、寂しく思っておりましたのよ。今宵は私と……。」
「以前、ダンスをご一緒させていただいた、マリエ=カルミオでございます。覚えていただいていますか?ぜひ、ご一緒に……。」
私が横にいるにも関わらず女性陣はラフター様に我先にと声を掛ける。
そっとその場から離れようと思った瞬間腕を掴まれ、ラフター様に引き寄せられる。
「申し訳ないが、初めての舞踏会で緊張している妻のそばを離れるわけには行かない。今後も妻以外と踊る気は無いので、遠慮していただきたい。」
そう言って氷点下の目線で女性を一瞥して彼女達が怯んだ瞬間、私の頬にキスを落とした。
「では、エルナ、踊ろうか。」
待て待て待てぇぇえええい!!
この状況下で!!
氷柱のような視線が刺さる中で!!
私の残念なダンスを披露しろと!!
もっと、こっそり、ひっそり、端っこで踊った体にしておきたかったんですが!!
しかし、断るにも、魔塔の人たちがいる以上夫婦仲が悪いと思われたくない。
仕方なく彼の手を取ったその時。
人垣が割れ流ようにこちらに道が出来る。
前から長い黒髪に、青い瞳の美しい女性がやってきた。
誰もが彼女に道を譲り、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
クリーム色のシルクに金糸をふんだんに使った上品なドレスは彼女の為だけにあるようだ。
「こんばんは、スカイロッド公爵。」
鈴を転がしたような声は心地よくスッと耳に入ってくる。
「ご無沙汰しております。サリーナ皇女。」
彼女が今回の来賓客である皇女様と知り頭を下げ礼を取る。
「お手紙ありがとう。貴方から頂いたお手紙の話をしたいのだけど、今よろしいかしら?出来れば二人でお話ししたいのだけれど……。」
手紙?
「もちろんです。」
そう言って私の手を取ってアレク様に引き渡す。
「アレク、シャーロット、エルナを頼む。エルナ、また後で。」
あっさりと美貌の皇女様と消えていった彼を思わず呆然と見てしまう。
アレク様が、
「エルナ、仕事の話だから気にしないでいいから。」
と何に気を使ったのかフォローを入れる。
その時、周りから聞こえた声に冷水を浴びせられたようだった。
「サリーナ皇女は以前からスカイロッド公爵様と恋人と噂がありましたものね。」
「ご結婚のお話も出ていたと父から聞いたことがありますわ。」
「でも、サリーナ様の婚約を国内の有力貴族と強引にセヴィリオ王が決めたとか……。」
「でも婚約者の方は流行病で亡くなったそうよ。」
「まぁ、引き裂かれた恋人の再会ですのね。」
私はその場に縫い付けられたように固まり、二人が奥の休憩室へと続く通路に消えていくのを見ているしか出来なかった。




