延期された離婚ー2
コン。と窓に何か小さなものが当たる音がした。
レイニード家に用意された自室で、今から寝ようかと思っていたところに、窓から音がしてギクリとする。
音のした窓の方を見つめると、月明かりに照らされた人影がカーテンに映っていた。思わず固まっていると、もう一度コン、と小さな小石が当たる音がした。
不審者なら合図はしないよわね……と思いながら、窓のカーテンの隙間からそっと外を覗くと、ベランダのアーチ型の手すりに腰掛けるよう立っているラフター様がいた。
今夜は満月で、月の光を浴びたラフター様は危険なほど色っぽい。
黒い髪は今にも夜空に溶けていきそうで、彼自身が発光しているような存在感がある。
隙間からそっと覗いてたはずなのに、こちらに視線をやりふっと微笑んだ。
「こんばんは。」
渋々カーテンを開け、窓を少し開いた。
「……こんばんは。部屋のドアから入って来ればいいのに、何かやましいことでもあるんですか?」
「叔父上のおかげで君に会うことも近づくこともできないからこっそりやって来るしか無かったんだよ。渡したいものがあったから。」
「はぁ、……じゃあどうぞ、外は寒いので中に入ってください。」
渡したいものってなんだろうと思いながら、カーテンを開け、ガラスのドアを開き、外に出た。
彼が入るのが邪魔にならないように一歩引いて待っても彼は入ってこない。
「…………?」
彼を見ると少し驚いた顔でこちらを見ていた。
「……あの?話があるのでは?」
用があったんじゃないの?と思った瞬間彼を纏う色気の濃度が増した。
「…………試してる?」
「は、はい?」
そっちこそ私の色気耐性か何か試してます!?
と聞きたいけど、一気に酸素が薄くなったようで言葉を発せる状態ではない。
「こんな時間に……君の部屋に入って何もしないでいる自信はないけど。」
バァン!!と音がするくらい勢いよくドアを閉めた。
結局薄着のまま話すことになったじゃないと思っていると、ふわりと暖かいものがかけられた。
「ごめんごめん、僕ので悪いけど、君に風邪を引かすわけにいかないからね。」
そう言って笑いながら自分の上着を私にかけたラフター様は白いシャツにスラックスという格好で、私の方が余計に落ち着かなくなった。
「……で、渡すものってなんですか?」
早くこの場を終わらせたくて、つっけんどんに言うと、彼はクスリと笑って胸ポケットから手のひらサイズのビロード生地の箱を取り出した。
「結婚指輪。魔塔にあぁ言った手前あった方がいいかと思って。君は迷惑かもしれないけど。」
サイズ直ししているとか言っていた指輪のことかと思いながら、受け取ろうと手を伸ばすと思わず聞いてしまった。
「そう言えばあったんですね、指輪。私を捜してくださった時に谷にでも落ちてました?」
「…………え?」
私に渡そうとした彼の手がぴたりと止まった。
なぜ渡さないのかと訝しげに彼の顔を見ると、瞳は揺らぎ、困惑の表情をしていた。
「え?だから修理に出していたんですよね?」
「いや……、あれは……サイズ直しはとっさについた嘘で、これは至急作らせた物なんだ……。」
「……あ、そうなんですか。わざわざありがとうございます。まぁ、とりあえずそれで場を凌い……。」
じゃあどこで無くしたのかなと思いながら、再度指輪を受け取ろうと手を伸ばした瞬間手を握られた。
「結婚指輪は着けて行ったのか。一年前、屋敷を去るときに……。」
彼の切迫した表情に思わず一歩引いてしまうが、それ以上下がることは出来なかった。
振り解きたいのに、力では到底敵わない。
「もちろんです。領地に行って、結婚指輪もせずに独身気分で男を漁ってるなんて言われたくなかったですからね。」
あれは唯一しようがなく持ち出したもので、本当は置いて行きたかったものだ。
「……僕はてっきり、どこか捨てたのかと……。」
「は?それなら初めから屋敷に置いていきます。」
呆然とする彼は手を口元にあて、「そうか……それもそうだな……。」と小さく呟いた。その目元が緩んでいるのは見間違いだろうか。
彼は手を離して、ビロードの箱の中から小さな金の指輪を取り出した。
金のシンプルなデザインのそれは、小さなダイヤが嵌められていて、前のものと同じに見えた。
「裏に、小さな紫水晶をはめているから、いざという時は媒体石に出来る。イヤリングなら外すことはあっても結婚指輪は外さないだろう?」
そう言って今は何も着いていない私の耳たぶに触れた。
ザワリと背中から這い上がってくる物があり、触れられた耳たぶが熱くなる。そこだけに意識が集中して、体が動けなくなった。
「母のイヤリングは……きちんと枕元に置いています……。」
「今ここで襲われたら?最低限の魔法しか使えないだろう?」
もっともな事に反論出来ない。
そう言って彼は私の指輪にふわりとキスを落とした。
私を見上げる瞳はとろりと溶けているようで熱を帯びている。
彼が一番危険だと、全身が今すぐ逃げろと警鐘を鳴らす。
このままではまた…………。
全身の力を振り絞って手を振り解き、部屋に入った。
背後からクスクスとガラスのドア越しでも声が聞こえた。
「おやすみ。エルナ。いい夢を。」
そう言うと同時に月明かりに照らされた彼の影が部屋から消えた。
心臓は信じられないほと早く打ちつけ、胸が苦しい。
また心が持っていかれそうになるのは嫌なのに、傷つきたく無いのに……。
持て余す心をどうにも出来ないまま、ただただ朝が来るのを待った。
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今日はもう一話ぐらい更新しようと思いますので、そちらも読んで頂けると嬉しいです。




