延期された離婚ー1
「ラフター様、離婚してくださるんじゃなかったですか?」
テーブルを挟んで久しぶりに彼女が真っ直ぐにこちらを見てくる。
レイニード家に向かう途中、シャーロットとアレクのガードが堅く、とても話しかけられる時間はなかった。
今、紫水晶の瞳は以前向けられた暗いものではなく、怒りにギラギラと輝いている。
これも悪くないと思いながらも……。
「そうだ、離婚してしまえ。そんな奴よりももっとエルナに相応しい男を儂が紹介するとも。」
結局さっきのメンバーで話し合いの席をもたれたのは仕方がない。
「叔父上、僕より条件に当てはまる男がいるなら是非とも連れて来ていただきたい。」
厄介なのが義父になったなと思いながら、言い返してみるが、この狸親父にだけは昔から頭が上がらない。
そんな事もここ数年床に伏していたから忘れていた。
「あなた、エルナが心配なのは分かりますけど、もう少しお休みになられてはいかが?幾ら癒し魔法で回復したと言えど、完全回復したわけではないのですから。」
エシュピルナ叔母上が心配そうに進言するので、是非ともそうするべきだと思うがこのタヌキは頑固だ。
「フンっ!なぁんで、ワシがエルナに会う前にお前が結婚しとるんだ!しかも既に離婚話が出とるではないか。説明せい!説明を!」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
誰もが口を噤む。
彼は今、弱っている様に見えるが、それでも先代公爵だ。
操る魔法は帝国内トップレベルということは言うまでもないし、彼が本気を出せばこの屋敷は一瞬にして廃墟と化す。
彼に負けるとは思わないがエルナが、巻き添えになるのは何としても避けたい。
「…………。それは後ほどふたりの時にきちんと説明します。今、ここでは止めておきます。」
そう言いながらお茶を口にすると、
「逃げおってからに。エルナは離婚したがっとるではないか。どうせお前が浮気でもしたんだろうが。全く、昔から女をとっかえひっかえ……。」
ブツブツという叔父の言葉にザワリと不快な視線を感じ、その方向に目をやると、先ほどまでギラギラした目でこちらを見ていたエルナが、死んだ魚のような目でこちらを見ていた。
同じく3方向からも同じ視線を感じた。
否定はしない!
否定はしないが、エルナと出会う前の話で、……いや、もはや自分のしたことはそんなことは比にならない事なので心の中で言い訳することすらやめる。
「叔父上、それより今後どうするかですよ。魔塔に箝口令は敷きましたが、裏から必ず接触を図ってくるはずです。特にサリバン殿は……。」
「……分かっとるわい。」
そう言って彼は思案する。
「……エルナ。もしよければこのままレイニード公爵家の正式な娘となる事は出来んだろうか……?ラフターの妻としてスカイロッド家の庇護を受けることはもちろん、ふたつの公爵家がエルナの後ろにあると思えば手を出そうと思う者はそうそうおらん。……わしがまともな体であれば、レイニード家だけでエルナを守ることも容易だが……。今はラフターの手を借りるしかない。」
叔父上の言う通り、エルナには悪いが現在それが最善だ。と思う。
彼女の瞳は一瞬躊躇いに揺れ、それでも了承するよう頷いた。
「ご迷惑でなければ……お世話になっていいですか?」
「迷惑なんて、願ってもいない。娘が出来て本当に嬉しいよ。レイニード家は全力で君を守ると誓うよ。」
ほくほく顔で言う叔父上を見て、叔母上も皆んな嬉しそうだ。
微笑むエルナに吸い込まれるよう、彼女のそばに行き、片膝をつき、右手を自身の心臓に当て、騎士の礼を取った。
「え??」
驚くエルナをの左手を取り、本来結婚指輪があるべき指に唇を添える。
「エルナ。騎士として、夫として、君を守ると誓うよ。何人たりとも君を傷つけさせない。君が魔力を行使することの無いよう君も、君の周りの人間も全て守ってみせる。」
もうさっきのような癒し魔法を使わせてはいけないと心に誓う。
あの時のエルナは本当に死ぬんじゃ無いかと思うくらい憔悴していた。
いや、死ぬ手前だった。
引き剥がすのがもう少し遅かったらダメだったかもしれない。
戦場で何度か死ぬかもしれないと思ったこともあるが、自分が死ぬよりも、彼女の死を目前にした恐怖はそれと比べ物にならないほど恐ろしかった。
一瞬固まった彼女はパッと手を離した。
その表情からは何も読み取れない。
見上げた彼女の耳元にある藤を模したようなイヤリングは心をざわつかせる。
『ウィステリア』。あの伯爵家の次男が彼女の藤色の目に因んでそう名付けたと聞いた。これを見てあの男を思い出したのでは無いだろうかという思いがずっとドロドロと渦巻いている。
「お父様……。私、媒体石を使った癒し魔法の練習がしたいです……。」
今それをさせないと決めたばかりなのに、彼女の言葉に体が一瞬で冷える。
叔父上もそれには反対のようで、許可しないと言った。
「エルナ、いかん。本当に制御が難しく負担が大きいからこそ……。」
「だからこそ、練習をしたいんです。どれくらいが限界なのか、どの程度なら大丈夫なのか。知っていなかったらいざという時に何も出来ない。また大事な人が目の前で倒れたらさっきと同じことを繰り返すと思います。」
叔父の言葉を遮って落ち着いて話すエルナの言葉は真っ直ぐで……。
「だから、お父様毎日私の練習相手になって下さい。」
「い……いや、これ以上は。お前に癒し魔法を使わせるわけには……。」
「そして、完全回復された暁には、私の離婚手続きを全力でお願いします。」
狸親父の上をいく彼女への返事は、「わしに任せろ。」と力強いものだった。
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