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父の目覚めー1

「……そうだわ、エルナ。あなたに渡したいものがあったの。」


そう言って、侍女から両手のひらサイズの宝石箱を受け取った。


「他にもあるのだけど、アレクの手紙からあなたの媒体石は紫水晶だと手紙で聞いて。サンドラが置いていったものなのだけど、渡しても良いかしら。」


そう言って開かれた宝石箱の中には微妙に色の違う小さな紫水晶をいくつも使い、藤を思わせるようなイヤリングがあった。


「アレクが、あなたはあまりアクセサリーに興味はないと聞いていたけれど、媒体石は持っておいた方がいいわ。何かあった時の為にも……。サンドラのものなら受け取ってくれるかしら。あの子の残したものは取ってあるから好きに使っていいからね。」


「……母は、宝石をいくつか残して行ったのですか?」


普段何もつけていなかった母から想像できない。



「あの子、それなりのお給料を渡していたんだけど、アクセサリー類は結構好きだったのよ。いつも二人でショッピングを楽しんでたの。そのくせ、私が払うと言ったら買わないから……。だからこそあの子は厳選して買っていたわ。『お給料は全部好きなものに使う。だって、衣食住は公爵家が一生責任持ってくれるでしょう?』って。」


母の話で初めてエシュピルナ様が微笑んだ。


「結構母って変なところでがめついですよね。」


そう言うと、そんなところも大好きなの。と彼女は更に微笑んだ。


そっとイヤリングを手に取って耳につけた。

母の残したものはアレキサンドライトの指輪だけと思っていたから、母の思い出を手元に置ける嬉しさが込み上げる。


「とっても似合ってるわ。エルナ。」


「ありがとうございます。」


この陽だまりのような優しいエシュピルナ様を、母はきっと私の想像を遥かに超える思いで大切に思っていたのだろう。

宝石も、きっと思い出を残していったのではないかと思う。

真意はわからないけれど、想像しか出来ないけれど。




「奥様。魔塔の方々が来られました。」


その時、ノックの音が響き、レイニード家の執事が応接のドアの向こうから声をかけた。

今日は無理を言って、前公爵の延命措置を一旦解除する事になっているそうだ。


「――――――向かいましょうか。」









案内された室内には、大きなベッドを囲むように、聖職者と分かるローブを着た男性が三名ほどいた。


明らかに病人がいると思わせる独特の雰囲気がある部屋だった。


三人のうちの一人、白い髭を蓄えた男性が私を見てハッとした。


「アレキサンドラ様!?」


その目には驚きだけでなく、何か畏怖とか、信仰とか、普段人に向けられることのない光が宿っている。


「サリバン大神官、彼女はサンドラの娘で本人ではありません。」


エシュピルナ様が先ほどとは打って変わった鋭い視線で大神官と呼んだ人に言った。

母が魔塔にいた頃の知り合いかもしれないと思いながら挨拶をする。


「……あ。それは、失礼を……。わたくしのことはどうぞ、サリバンとお呼びください。……彼女にご息女がいるとは存じ上げず……。彼女のお父上は……?」


「父親ならベッドの上に……。」


そうアレク様全員が視線を向けた先のベッドには、息をしているのかと疑うほど青白く、痩せ細った男性が寝ていた。


「我々が呼ばれた理由は、なるほど。そういうことですか……。」


それを聞いて目を細め、思案した後、ベッドサイドのヘッドボードに取り付けてある装置らしき物を操作し始める。


「では、これより延命装置を一時的に解除いたします。時間は10分程度です。それ以上は公爵様のお命の保証は致しません。」


「エルナ、父のそばへ……。」


アレク様に促されてベッドの横に置かれたスツールに腰掛けた。


魔塔の人達が操作していた装置の中央にある拳大の水晶がぼんやりと光ると、前公爵様がうっすらと目を開けた。


視線を彷徨わせ、私を捉えると、驚きに目が開かれた。


「父上。サンドラさんの娘のエルナです。エルナ、父のアルベルトだよ。」


アレク様がそう言っても私は挨拶の言葉すら出てこなかった。

父と会ったらどうしようとか、色々と考えていたけれど、先程のエシュピルナ様との会話を聞いて何も声を発することができなかった。


『なぜ?』


『どうして?』


この門を潜るまでは聞きたいことがあったはずなのに……。


恐らく持ち上げたいであろう腕は痩せ細って持ち上げる筋力も体力も無いのだと直感で分かる。


それでも彼が私を見る瞳には優しさが溢れている。

私だけではなく、きっと、私を通して母も見ている。


「サンドラ……、エルナ……。すまな……かった。私たちの都合で……ふり回したこと……。ずっと、後悔をしていた。妻が流産に、周りの声に苦しむ姿を見ていられなかった。彼女が望むならと藁にも縋る気持ちでサンドラを頼ってしまった。」


彼の手が私に触れた。カサついた、骨張った手はとても優しかった。


「でも、エルナ、君に一目でいい。一目会えたら……あぁ。ありがとう。産まれてくれてありがとう。……サンドラにはもうすぐ直接謝りに行こう……。君を産んで、こんな立派に育ててくれたことも……。」



ひとつ、涙が溢れた。

そうして私の後ろに立つエシュピルナ様を見て微笑む。


優しく光るアレク様と同じ碧眼は、愛おしいと目が言っている。

彼の愛は、心は彼女だけのものだ。


エシュピルナ様がベッドのそばにしゃがみ込み、前公爵様の手を取る。


「……ルナ。……君にエルナのことを頼んでもいいかな……。」


「もちろんよ。あなた……。」


「………あぁ。色々あったけど。もう心残りはないかな……。」


途端装置の中央にあった水晶が赤く光り始める。


「夫人!このままではアルベルト様の命が……!手を離してください。延命装置を再起動します。」


魔塔の人たちが慌ただしく操作を始める。


その様子をものともせず、二人とも見つめ合って微笑んでいる。


あぁ、今二人は最後の別れをしているのだ。

最後の……最期の。


エシュピルナ様がそっとアルベルト様の結婚指輪にキスをした。


優しく、優しく、羽根のようなキスを。


アルベルト様はそれを見て震える手でその手を引き寄せようとした。

でもきっと力が入らない。

彼も彼女の愛に応えたいのに……。


彼の瞳がゆっくり閉じていく……。












思わず手を伸ばした。


まだ、何も話していない。

何も聞けてない。





「お父様……っ。」


耳元で揺れたイヤリングがふわりと光るのが視界の端に見えた――――――。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

面白かった、続きが気になると思って頂けたら、ブックマーク、下の⭐︎評価をしていただけると嬉しいです。


明日も20時頃の投稿目指して頑張ります。

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