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アレキサンドライトの真実ー2

「……え??」


思考が停止した。



「私の言葉を聞いてサンドラは言ったわ。」



――――『私が産んだら貴方は幸せになれる?私は別に好きな人もいない。大切なのは貴方だけだから。一生産む事がないと思っていたけれど、その子を貴方が愛してくれるならこんな幸せなことはない。』と。


「そうして、産まれたのが貴方よ。エルナ。」



あまりの事に驚いて言葉が出なかった。



「サンドラが妊娠したと分かった直後、私もアレクを妊娠している事に気づいた。月のものが安定していなかった自分が妊娠しているとも気づかなかったのよ。それでも3度も流産しているからまた流産するんじゃないかと怖かった。でも、サンドラがいたからその不安も和らいだわ。」



そうして私を悲しそうに見た。

エシュピルナ様は堪える涙を止めようとするが、止まらない。




「アレクが産まれてすぐ、サンドラは去っていったわ。誰も彼女がいなくなるなんて思わなかった。屋敷がアレクの誕生で沸いていたから、誰も気付かなかった……。」


コトリ。

と、夫人が小さな木箱を机の上に置いた。


「中を見てみて。」


躊躇いながら箱の中を見ると、中にはアレキサンドライトが一つ入っていた。

なんのアクセサリーにもなっていない石のままで。


「これは?」


「サンドラが残していったものよ。触ってみて。」



そうしてもう一つ、アレキサンドライトのネックレスが、目の前に置かれる。


「貴方の指輪に近いものはどれ??」


「???」


言っている意味が分からない。

どれも微妙に色も輝きも違うので、どちらがどうとは言えなかった。


「手にとって、感じてみて。」


そう言って2つとも手渡されると、明らかに何かが違った。


「こちらの木箱の石の方が、母の指輪に近いと思います……。」


何かとは分からないが、確信がある。

ただ、同じ《感じ》が、する。

長い間この指輪を持っていたからか、アレキサンドライトとはこう言うものだと思っていた。

ネックレスは見た目の話ではなく触った感じが違う。


「そう。やっぱりね。貴方のアレキサンドライトは媒体石として使おうとしても、もう使えないのよ。誰も。」


理解し難い話に、頭の中が疑問符だらけになる。


その時、ずっと黙っていたラフター様が声を発した。


「まさか、……魔力が込められているのですか……。」


彼の顔を見てエシュピルナ様は、そうよ。と、優しく答えた。


「あり得ない。鉱石は魔力を増強することはあっても、溜めることは出来ない。それこそ本の中の話で伝説の様な使い方ですよ??」


信じられないと言う目で全員がエシュピルナ様を見ている。

私には媒体石の知識が無さすぎて何がすごいのかは分からない。


「そうよ。でも、彼女は魔塔で小さい頃からずっとこの実験をさせられていたのよ。」



この石が貴重と言う事はわかるので、ゆっくり木箱に戻した。

話を集中して聞きたい。



「でも、実験は未完成で、石は永久にその力を発動するものではなく、溜めた魔力の分しか発揮出来ないそうよ。サンドラ本人も媒体石として使えないし、魔力を使い切ると、石は砕けて使い物にならなくなるから、実験では安価な石で試していたと言っていたわ。」


そうしてエシュピルナ様は私の指輪に再び目をやる。


「……つまり、私の指輪にも母の魔法が込められていると……??」



恐る恐る尋ねると、


「恐らく。」


と返事が返ってきた。


「貴方が崖から落ちて助かったのは、サンドラがその石に魔力を溜めていたからじゃないかしら。あの崖から落ちて助かっていることが……信じられないもの。」


母は、いつもこの指輪を出してはじっと見つめていた。

私にはただ見ているだけの様にしか見えなかったが、魔力を込めていたのだろうか。




魔法を使うとき、いつもこの指輪を付けていなかったのは仕事の邪魔になるからでもなく、媒体石として使えないからだろうか。



私が母の元を巣立つとき、この指輪をわたしにくれると言っていたのは、離れても守ってくれようとしたのだ。


何年も、何年も長い間ずっと魔力を込めたアレキサンドライトを。



母の想いに鼻の奥がツンとして、視界が滲んだ。



「サンドラが私の元を去った時、この石を、私と思って肌身離さず持っていてと手紙に書かれていたわ。その石に触れた瞬間、出産で傷ついた身体が治った事にすぐ気が付いたの。その事は主人も知っているわ。」



そう言ってエシュピルナ様は木箱の蓋を閉めた。



「だから、すぐこの箱を引き出しの奥底に収めたの。私と彼以外、誰にも知られない様に、気づかれない様に……。」


そうして、その石を抱きしめる。


「でも、その石を使えばアレク様のお父様も……お元気になられるのでは……??」


癒しの力があるなら、前公爵様に渡すのが1番だと思うし、誰もがそう思うのではないだろうか。

肌身離さず持っておけば彼女だって日常生活が楽になるはずだ。



「あの人が……倒れた時、迷ったわ。その事に気付いたんでしょうね。そ……うしたら、石はいらないって……。」


何故だろう?理解できない。

助かる方法があるなら使って当たり前なのに。


「……これ以上、サンドラから搾取したくなかったのよ。彼もそう言ってくれた。ずっと私のそばにいて、体調が悪ければ助けてくれて……私の都合で貴方を妊娠して、アレクが産まれたら……出ていってしまった。ずっとサンドラに甘えて甘えて……。去っていく時まで私の事を心配していたのよ。」



彼女の涙は止まらない。

震える手で木箱を持つが、中身を触る事はない。


「あの子は何を思っていたのかしら、サンドラの産んだ子が邪魔になると思ったのかしら。貴方が産まれても……ずっとずっと、一緒にいられると思っていたのに……。でも、彼女はもう私から離れたかったのね……。」



母の思いは分からない。

アレクのお父様に宛てた様に、後継者争いを想像してなのか、それとも他に理由があるのか。



「…………サンドラは。なぜ亡くなったのか聞いても良いかしら……。」


俯き、小さな木箱を抱きしめて彼女は聞いた。

ぱたりぱたりと落ちる涙は誰も止めることだ出来ない。ハンカチすら差し出せる雰囲気すら感じさせない。


「記憶を無くす一年くらい前に、市場に花の仕入れに行ったんです……。帰り道、後ろから悲鳴が聞こえて振り向いた時は…………。」


そこで言葉が止まってしまった。


どうだったかしら。

視界に広がる赤い景色に、数人の倒れた人……。


「…………一瞬体が、熱くなって。……。」


それから?

視界が塞がれた。

母が覆いかぶさり、抱えていた甘い花の香りと……。

警邏が来たと声が聞こえた。

それから……?


「記憶が途切れ、……病院で目を覚ました時には母は亡くなっていました。」


母の最後が思い出せない。

刺されたのは私?


涙を湛えた目でエシュピルナ様が、


「……きっと、あなたを守ったのね。……媒体石無しであなたの治癒をしたのなら、相当な魔力を消費したはずよ。魔力が枯渇してもおかしくないわ……。」


私のせいで母が死んだ?

思いもしなかった。

通り魔に刺されたせいで死んだと思って疑わなかった。

その犯人も死んで、誰を恨んで良いのかも分からなかった。


「サンドラは……きっと、あなたを助けられることを誇りに思ったはずだわ。出会ったとき、……こんな力のせいで魔塔に閉じ込められたと言っていたから。」


そう言って、エシュピルナ様は私のところに来て、優しく抱きしめた。


「サンドラの事は、とても、……とても悲しいことだけど、一人だなんて思わないでね。アレクもいるし、わたくしもあなたを娘だと思っている。サンドラが出産時にあなたと死んだと聞いた時大切な人を二人亡くしたと思っていたわ。私はあなたが生まれるのをずっと待っていたの……。」


そうして春の日差しのような温かさで私の瞳を覗き込んだ。





――――――しばらく、声を殺して泣くことしか出来なかった。


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