裏切りを知るー2
彼が出て行ったあと、ふと、鏡に映った自分の姿が視界にはいった。
胸元にある紫水晶のネックレスはもう昨日の夜見た時の輝きを失っている。
「あんなにキラキラと輝いていたのに……。」
鏡に映る自分が、ぼやけてはクリアになり、ぼやけてはクリアになるを繰り返していく。
溢れる涙は何に対するものか。
失った愛か。
いや、そもそも失ってすらない。初めから無かったものだ。
思わず、紫水晶のネックレスを引きちぎった。
偽りの愛を目の当たりにしたようで気分が悪くなる。
外したネックレスをゴミ箱に捨てて、その上からジュエリーボックスも一緒に捨てる。
ガツンと鈍い音がして、壊れたかもと思ったがどうでも良かった。
久々に胸元に紫水晶がないのを見て、胸にぽっかりと穴が空いたような、それでいてスッキリしたような。言葉に出来ない感情が込み上げてきた。
結局アレク様にと大家さんに預けた手紙は彼に渡ることは無かったのだろう。
一週間何の音沙汰もなかったところを見ると手を回されていたとしか思えない。
本当に彼の愛人と思われていたのだ。
「……ラフター様も無駄なことされたものね。結婚までする必要なんて……なかったのに……。」
こんな気持ちは経験が無い。自分自身を持て余し、どうしていいのか分からない。
それでも無理矢理でも気持ちを切り替えなくては。
もうありもしないものを求めてもしょうがないのだ。
しがみついたところで彼からもらうものは何もない。
結局愛する人に愛される喜びとはなんだったのだろうか……。
自分の愚かさに渇いた笑いが漏れた。
それから、公爵様は私の前に現れる事は無かった。
公爵領に行く為の荷物の用意にとメイドが来たけれど、必要は無かったので、誰も入らないようにお願いした。
持って出るものは持ってきた鞄一つだけなのだから。
これは私のプライドだ。
ここにあるものは何一つ持ち出さない。
スカイロッド領の別荘という事なのだから、彼の家族に会うこともなく、どんな服装だろうが自由気ままに過ごせることだろう。
花も沢山育てよう。
時間は沢山ある。
平民の格好で村や街に行けば友達が出来るかしら。
もともと平民育ちだ。抵抗なんてない。
何を恐れる事があるのか。
流れる涙を無視して、ぼんやりと別荘での生活に想いを馳せた。
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横殴りの雨の音で目が覚めた。
今から公爵領に向かうというのに、生憎の天気だ。
護衛について来てくれる騎士の方達が可哀想だが、私の采配で日程を変えることは不可能だ。
家から持ってきた綿のワンピースを着て、部屋を出る。その時鞄がカツンと鏡台の横のゴミ箱に当たった感じがしたが、振り向かなかった。
振り返るのが怖かった。
あれと一緒に捨てたいと願う思いすら拾ってしまうかもしれない。
ただただ玄関ホールを目指して進んだ。
ホールに着くと、執事のカルースさんが私の格好を見て一瞬目を見張った。
「奥様、馬車のご用意が出来ておりますが、生憎の天気ですので途中までご一緒に行かれるシャーロット様には馬車に乗ったままお待ち頂いております。」
「ええ、もちろんそうして頂けて良かったです。ご挨拶は後で休憩時間にでもさせて頂きます。」
そう言うとカルースさんは何も言わず深々と頭を下げた。
「……カルースさん。短い間でしたが大変お世話になりました。……あの、変な意味ではないのですが……。プレゼントもお忙しい中色々選んで頂きありがとうございました。」
彼もこの大きな邸宅を取り仕切る執事として忙しいはずだ。公爵家であれば尚更。
「それで……選んでいただいて申し訳ないのですが、開封していない物も沢山あるので、可能であれば返品をお願い出来ますか?」
本当に他意はなく、手を煩わせて申し訳ないと思った。
たった3日間だけの花嫁の為に。
「……とんでもないことでございます。久々に女性に送る楽しみを味わわせて頂きました。」
いつもラフター様に女性の贈り物を言い付かっていたはずだ。それを言わない彼の優しさに触れ、少しだけ…、ほんの少しだけ、荒んだ気持ちが和らぐ。
「では。お屋敷の皆様によろしくお伝えください。」
「はい、ありがとうございます。奥様も道中お気をつけて。」
そうして私は一週間と少し。たったそれだけしか過ごさなかった邸宅を離れた。




