偽りの結婚式
「汝、エルナ。いついかなる時も、夫を愛し、健やかなる時も、病める時も、それを支え、信じ、ともにある事を誓いますか?」
「誓います。」
「汝、ラフター=スカイロッド。彼女を妻とすることを誓いますか?」
「誓います。」
よく晴れた、気持ちのいい日だった。結婚式は神父を公爵家に招き、庭園で行われた。
公爵家には庭の日当たりのいい場所に小さな神殿があり、帝国の崇める太陽の女神シュテプスが祀られていた。
心地よい風が吹く中、優しく温かな彼の唇がそっと触れた。
緊張で誓いの言葉の違和感になんて気が付かない。列席者は彼の家族だけで、親戚は急で来られないから後日行う披露宴の時にみんなに紹介したいと言う話だった。
式はあっという間に終わり、気づけば夜になっていた。
体の隅から隅までメイドさんたちに磨き上げられ、足の爪の先から、髪の毛の先に至るまで、ピカピカにされた。
自室に戻り、ソワソワと落ち着かず、心臓もバクバクと煩いので気を紛らわそうと部屋をうろうろする。
ふと鏡台に目が行き、ラフター様からもらった紫水晶のネックレスを出して着けた。そのジュエリーボックスの横にある小さな小箱から母の形見を取り出して、ベッドの上に座り眺めた。
繊細な細工の施されたアレキサンドライトだ。
部屋の中で濃い紫色に輝くそれは、母が大事にしていたものだ。
家の机の引き出しの奥にいつも仕舞われていた指輪を時々出しては眺めていた。
『ママ、それなぁに?とっても綺麗。』
幼心にもキラキラと輝く石に心奪われたのを覚えている。
『これはね、ママがとっても大事な人からもらった物なの。』
ふふふと笑いながら陽の光に当てて見せてくれた青いような、緑のような、神秘的な色を初めて見た時の感動を今でも覚えている。
『エルナ、見て。こうやって、……こうするとね。』
部屋を締め切って、室内灯に当てると先程までの色が打って変わり紫色に変化した。
『すごい!魔法みたい。』
『素敵でしょう?もう2度と会えない大事な人がくれたの。』
その指輪が欲しくてねだったら、
『あなたに大事な人が出来て、ママの元を巣立つ時にあげるから、それまではママが大事に持っておくね。』
そんな会話をしていたのを今でも鮮明に思い出す。
その指輪を左手のシンプルな結婚指輪の上に重ね付けした。
「……ママ、幸せになるから、見守っていてね。」
ぎゅっと抱きしめるように、指輪をはめて腕を胸に当てる。
そっと胸元にある紫水晶に手を当て、魔力を通す。
以前ラフター様が媒体石を決めるときは魔力を通すだけで自分に合うか合わないか直ぐわかると言っていた。
胸元の紫水晶が仄かに温かくなる。
この石でいいと、本能が感じる。
その時ノック音がして、ラフター様の声がした。
「エルナ?入るよ。」
「は、はいいいいい。」
今しがた媒体石を決めた気恥ずかしさも合間って、思わず声が上ずると笑いながらラフター様が入ってきた。
「今日はお疲れ様。大丈夫かな?」
そう言って、ベッドに座っていた私の横に腰掛ける。
「は、はい。」
ラフター様はいつもより色っぽくてまともに顔が見られない。
「…………。」
「…………。」
じっと見つめられているのはわかるが、視線が上げられない。
もうすぐ20歳ともなればこれから何が起こるかはわかっている。友人から色々話を聞いてはいても経験がない以上どうしていいのかが分からない。
「くっ……。くく……。」
その時頭上から笑い声が聞こえて恐る恐る視線を上げると、口元を押さえてラフター様が笑いを堪えていた。
笑われたことがショックで、更に恥ずかしくなる。
「な……ななな何を、笑っているんですか。」
「いや、だってあまりにも緊張しているから。……くくっ。」
「そりゃ緊張もしますよ。どうしていいかわかんないですもん。」
思わず涙目になる。
彼のこれまで女性歴を耳にしているから、私は怖いのだ。
色んな女性と経験があるのはわかっている。
経験がないのもしょうがない。ヤキモチを焼かずにいられないけれど過去のことはどうしようもない。それでも……。
「……がっかりされるのが……怖いんです。」
ラフター様は笑うのをぴたりとやめ、
「……これが無自覚なら怖いな。」
そう意味不明なことを小さく呟く。
「君に話したいことがあったんだが……今はそれどころじゃないな。君にがっかりすることなんて無い。エルナ。……愛してるよ……。」
そう言って、色気のバロメーターをマックスにして、私の頬に手を当てて唇を近づけてきた。
獲物を捕らえたかのような黒い瞳がギラギラと輝いている。
怖いと思うと同時に、不快ではないゾクゾクした感覚が背中を駆け上がった。心臓はこれ以上ないほど早鐘を打っている。
「あああああああ、あの!!明かり、明かりを消してください!!」
思わずカラダを守るようにぎゅっと自分を抱きしめると、ふっとやさしい瞳でラフター様は指をパチンと鳴らして明かりを消した。
「今度は明るい下でゆっくり。」
そう囁いて、私の抗議の声は彼の口の中に消えていった。




