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罠に落ちたのはどちらかー1

シャーロットから「アレクの様子がおかしい」と相談され調べてみれば、19歳のエルナという、花屋を経営する女性の所に毎日通っていると調査書に書かれていた。


調査に遣わせた騎士達からは銀髪に紫の瞳をした気さくな美女だと報告を受けた。

報告書には今まで浮いた話はなく恋人と呼べる存在はいない。

父親はおらず、一年前、母親の死後この店を継いだそうだ。


アレクから引き離す為には僕のモノにすれば良い。

簡単なことじゃないか。

解決法はすぐに決まった。




彼女がどんな人間かこの目で確かめようと店に直接足を運んだ。

店の中は清潔感があり、生き生きとした花が沢山咲き誇っていた。

カウンターでは調査対象の彼女が小さな花束を作っていた。


「いらっしゃいませ、すぐ伺いますのでお待ちください。」


目の前にした彼女は話で聞くよりも、想像以上に美しかった。


腰まで届かない程度のまっすぐな銀髪は後ろで一つに括られていたが月の光の様で、紫の瞳は紫水晶のように澄んでいた。

白い肌は抜ける様に白いが、化粧気はなく、夜会で纏わりつく令嬢や婦人たちの様な化粧や香水の不快な匂いはしない。


その代わり、ふんわりと香るのは金木犀の香りだった。金木犀の季節はまだ先のはずだ。



「とりあえず、ここの花を贈り物用にしてもらえるかな」


彼女に印象を残そうと、奥の棚に並べてある花を端から端まで示した。


と言うとその途端、見るからにムッとした。


「とりあえず?」


あまりに予想外の反応に作っていた笑顔が凍りつく。


「……どんな花束にしましょうか?ご家族?お見舞い?お誕生日?まさか……ご自分用?」


笑顔で問われるが目が笑っていない。

目的の無かった事に狼狽える。


「……お急ぎですか?」


「……いや、急ぎでは……。」


というと、彼女は最初に見せたのと同様の満面の笑みで店の外を指さした。


「あちらにもっと種類が豊富で貴族の方向けの大きなお花屋さんがあります。」


どうぞお帰りください――


ありえない。明らかに上位貴族と分かる出立ちで来たのに、店から追い出そうとは。



あわてて病床に伏している叔父のお見舞いにと言うと、別の花を勧められた。

お見舞いにもマナーがありますよ。とため息混じりに。


「こちらの花屋は花が長持ちすると聞いて。」


と、報告書に書いてあった気がする。

しかも指定した花は縁起が悪いが、相手の好きな花なのかといわれ、言葉に詰まる。


「じゃあ、好きな色ですか??」


「そう、好きな色!」


誤魔化しだったのはバレバレなんだろう、またしても出ていけと言われそうな雰囲気で睨みつけられた。


なんなんだ、この女は。


商売なのだから黙って売れば良いのに。

花なんて興味がないし、女性に贈る時はもいつも、執事に頼んでいたからよく分からない。


「女性に贈る時なんかも人任せの貴族の方、多いんですよね。来られた方は花の指定がないことが多くて、迷ってる方多いですもん。たいてい薔薇を買って行かれますけどね。」


心を読まれたかの様に指摘され、ぎくりと言葉に詰まる。


「気持ちの篭って無い花なんて、貰っても嬉しく無いですよ。花が可哀想です。」


そう呆れたようなため息とともに冷たい視線を送られた。

確かに彼女はきれいな顔立ちをしているが、なぜこんな女にアレクは手を出したのかと疑問を持たざるを得なかった。


しかし、叔父に贈る花束を包んでいる間、別の男性客が来た時は全く対応が違った。


なんでもプロポーズをするのにどんな花がいいのか悩んでいるそうだ。

「薔薇はありきたりだし、もっと違うものを贈りたい。」

と話していた。


(無難なバラにしておけばいんじゃないか?)


そう思いながら、できあがった花束の支払いをして、店の外で少し様子を窺っていた。


客は、彼女はチューリップが好きだから、色んな色を混ぜてカラフルな花束はどうかと言うと、彼女は


「チューリップですか……。色によって花言葉があるので、プロポーズなら、赤やピンクをお勧めします。他の花を少し混ぜて見ますか?」


と真剣に提案をしている。

花言葉も、色によって違うなんて知らなかった。

だから、赤いバラが無難で良いじゃないかとやっぱり思ってしまう。


客を送り出す時、


「頑張って。お花が貴方の勇気になります様に。」


と、ガッツポーズをして送り出していた。




本当に随分対応が違うんだな。

僕の時は二度とくるなと言った素っ気ない態度だったのに。

そう思い、もやもやとした不快感を持ったまま帰路についたのを覚えている。




その後も、母や妹の好きな色や花を調べ、理由をつけては店に何度か訪問した。



店に通う度に彼女の態度は軟化していくが、簡単に落とせると思っていたのに、意外にガードが固く、大して興味もない花を勉強したいと理由を付けて、やっと食事の約束を取り付けた。


「でも、公爵様。私ディナー用のドレスとか持っていないので……。」



ガードが硬いのかと思いきや、さっそくだ。

ドレスも宝石もおそらくアレクから貰っている事だろう。

純真さを売りに僕から幾ら搾り取る気か。


「大丈夫。それはもちろん僕が用意するよ。君に会うドレスも宝石も一式贈る。君の好きなブティックに買いに行こう。」


さあ、どのハイブランド店を指定するかと想像していると、


「いや、出来ればランチでお願い出来ますか??」


と真顔で返事が返ってきた。


「……はい?」


思わず、はい?(何ですと?)になったのはちょっとした驚きを超えたからだと理解してもらえるだろうか。


「いぇ、その……。テーブルマナーとかあまり自信が無いし、公爵様と一緒に行くのは注目を浴びそうだし……かなりハードルが高すぎるので、ちょっと綺麗めの格好程度で行ける様なランチなら……ご一緒します。」


困った様に少し眉根を寄せてこちらの返事を待つ彼女に「分かった」以外返事が出来る男がいるだろうか。


が、もう一度攻めてみる。


「でも、ランチに行く衣装は用意させてもらえるのかな?」

「もらえません。」


と食い気味の鉄壁のガードによってあっさり跳ね返された。


「公爵様。私は公爵様にドレスを用意してもらう様な立場も、理由もありませんから。無駄な事はしないで下さい。」


アレクがエルナのために宝石やドレスを、用意したのは裏が取れている。

アレクからは受け取るが僕からは貰わないという事か。


「貴族が金を使わなかったら誰が使うんだ?」


「うっ……。」


彼女は困った様に目を泳がせる。


「三大公爵家の1つ、スカイロッド家が食事の相手の衣装も用意出来ないと思われるのは心外だ。」


そうして、彼女に一歩迫り、壁を背に頭1つ小さい彼女を閉じ込める。


真っ赤になって俯く彼女は両脇で拳を握り締めている。


「じゃ……じゃあ……。」


後はボソボソと呟く彼女が折れるのを待つだけだ。





「この話は無かった事に!!」


真っ赤になりながらそう言い放った彼女に、白旗をあげざるを得なかった。






✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎


結局ランチは最低限個室のある店を探した。


花の勉強を建前に誘ったのだ、個室である説明は十分できる。


迎えに行った彼女は、裾に向かって青いグラデーションになっている白いワンピースを着ていた。

髪型もいつもと違い、ハーフアップにし、シンプルな細い金のバレッタで留められていた。


薄く化粧を施した彼女の足元には誰もがひれ伏すだろう。


彼女の手をとっても不快な化粧の匂いはなく、やはりふんわりと金木犀の香りが鼻腔をくすぐった。


「あ、そうだ。一般客の多い所で公爵様と呼ばれると目立つから、ラフターと名前で呼んでくれないか?」


と言うと彼女は眉根を寄せた。


「公爵様を名前呼びは…、ちょっと。」


嫌そうな顔をされ、意外に傷ついている自分に気づく。


「注目されたら、食事が不味くなるし、話に集中できないじゃ無いか。」


本当は個室だけど、と心で付け加える。


「……分かりました。ラフター様。」


存外に、彼女の口から零れる自分の名前の響きに満足して上機嫌で店へと向かった。






店は混雑していたが、すぐに支配人が来た。


「お待ちしておりました。スカイロッド公爵様。2階にお席をご用意しておりますので、ご案内致します」


彼女をエスコートしながら店の男たちの視線を感じる。彼女の雰囲気も、仕草も、容姿のどれをとっても男を簡単に虜にする。男の視線が鬱陶しく、早く個室に行きたくて、ゆっくり歩く支配人の背後からプレッシャーをかける。


その時、階段前で声をかけられた。


「スカイロッド公爵様!!」


うんざりしながら声を掛けられた方を向くと、ずんぐりとした中年男性と、金の巻毛に流行のドレスを纏った少女がニコニコしながら近づいてきた。


「……タナー伯爵」


いつも会うたび娘のカナリア嬢の自慢話をし、最近は彼女の媒体石に使っているガーネットの相談といいながら縁談を勧めてくる面倒な伯爵だ。


媒体石は使う本人の石をプレゼントする場合、異性であれば告白や求婚を意味する。

確か彼女は17歳になったばかりと話していた気がする。

露骨に嫌な顔をするもお構いなしにすり寄ってくる。

ある意味鉄の心臓だ。


「ご無沙汰しておりますな、公爵。こんなところでお会いするとは思いませんでした。庶民も来る店のようですが、人気店と聞き娘にせがまれ来たものの、どうも満席のようで……。よろしかったらご一緒させていただけませんか?」


厚かましさもここまでくると喝采ものだな。

そう思いながら断ろうと口を開いた時、


「はい。」


と言ってカナリア嬢が持っていた小さなバッグをエルナに差し出した。


「え?」


と驚きつつも条件反射だろう、エルナはそれを受け取った。


「え?じゃないわよ。あなた公爵様のメイドでしょう?主人のお客様の荷物を持つのが当たり前でしょ?」


彼女の全身をあからさまに上から下まで見た。

身につけている物が高級品でないことから目下の人間と判断したのだろう。

エルナは目をパチクリさせた後、あまり気にしていない様で、「はぁ。」と気の抜けた返事をした。


「エルナ。」


そう言って彼女の手からカバンを取る。


「カナリア嬢。彼女はメイドではなく私の連れだ。」


エルナは困ったようにこちらを見つめ、


「あの、ラフター様、私は別にお荷物をお持ちしても……。」


と言ったその瞬間、伯爵とカナリアの表情が一変する。


「まぁ。ラフター様ですって?お名前で呼ぶことを許可されているのね。……ご挨拶が遅れて失礼いたしましたわ。私はドロイド=タナー伯爵が娘、カナリア=タナーと申します。社交界でお会いした事がないと思いますけど、どちらの御令嬢かお名前を伺ってもよろしいかしら。」


あからさまな敵意を彼女に向ける。


「エルナと申します。」


そう自己紹介をし、堂々と、平民とは思えないカーテシーをして見せたエルナにカナリア嬢は頬を引き攣らせた。


「どちらのエルナ様かしら。」


「ただのエルナです。家名はございません。レイストー通りで花屋を経営しております。」


その瞬間カナリアは勝ち誇った顔をし、「そう。」とだけ返事をした。

そして唐突に話題を変えた。


「そうだわ、公爵様。私最近水魔法も使えるようになりましたの。ぜひご覧になっていただきたくて。」


そう言って空中に弧を描くように水を出した。


「カナリア嬢、それはまたの機会に……。」


何でわざわざこんな所で魔法を使う必要があるんだ、と非常識極まりない親子にうんざりして、支配人に2人を帰らせるよう申し付けようと思った瞬間。


「きゃっ。」


大きな水しぶきとともに、エルナは頭からその水を被った。




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