仕組まれた出会い-1
「いらっしゃいませ、すぐ伺いますのでお待ちください。」
初めて彼がお店に来た時、何て素敵な人だろうと思った。
黒い髪に黒い瞳は、こちらを獲物として捉えたかのように瞳が煌めき、顔の造形の美しさは神の与えた最高傑作ではないかと思った。
入り口の外からも数人の女の子がチラチラと彼を見ている。
今までも何度も貴族の男性がお店に来たことはあるけれども、こんなに優雅で、凛とした雰囲気の人はアレクお兄様以外見たことない。
少しお兄様に似ているなとも思ったけれど、彼の方がシャープな感じがする。
ふわりと香るムスクは鼻腔をくすぐり、決して不快な香りではなかった。
彼は、どんな花を購入するのか少しワクワクした。
しかし、その好感度も一瞬にして下がる。
「とりあえず、ここの花を贈り物用にしてもらえるかな」
「とりあえず?」
やっぱり所詮は貴族だ。私は作り手では無いけれど、扱う花や植物は丹精込めて大事に扱っている。
それをとりあえず?
「……どんな花束にしましょうか?ご家族?お見舞い?お誕生日?まさか……ご自分用?」
頬の筋肉が引き攣らないよう笑顔を保つが、あと何秒もつか分からない。
質問に答えられない様子を見ると何のために買いに来たのか分からない。
本当にとりあえずなようだ。
「……お急ぎですか?」
「い、いや、急いでは。」
狼狽える様は最早不審者だ。
結構結構、そう思って出口を指差した。
「あちらにもっと種類が豊富でセレブリティなお花屋さんがあります。」
はよ、出て行け……じゃなくて、どうぞお帰りください――
「い、いや。実は叔父のお見舞いに。花を。」
彼が指定したのはお見舞いには不向きな花だ。
ここからここまで、と指で示した中には植木鉢に、香りの強いゆりの花も入っている。
「相手の好きな花ですか?」
そう言うと、視線を泳がせた。
「じゃあ、好きな色ですか??」
「そう、好きな色!」
嘘だな。と思ったけど、とりあえず、お見舞い用にいくつか花を持ってくる。
振り向くと、『黙って売れば良いのに。』と言いたいのが顔に出てますよ。と言いたいのもグッと堪える。その代わり、
「女性に贈る時なんかも人任せの貴族の方、多いんですよね。来られた方は花の指定がないことが多くて、迷ってる方多いですもん。たいてい薔薇を買って行かれますけどね。」
と言ったら図星の顔をした。
この人本当に貴族かな。こんなに顔に出して社交界でやっていけているんだろうか。と逆に不安になる。
「そう言う方はどうぞ、貴族様の屋敷の多くある通りに大きなフラワーショップがありますから、そちらをご利用された方が良いですよ。高価なお花が沢山ありますから。プレゼント用の飾りも豪華だそうですし。……気持ちの篭って無い花なんて、貰っても嬉しく無いですよ。花が可哀想です。」
この花はどんな思いで相手に届くのだろう。せめて私だけでも気持ちを込めて包んであげなくては。
そう思いながら包装していると、男性客が来店した。
「あ、あの。プロポーズ用に花束をお願いしたいんですが、薔薇はありきたりだし、もっと違うものを贈りたいのですが……。」
と緊張した面持ちで言った。
「はい、少々お待ちください。」
急いで、お見舞い用の花を包装する。元気になりますように。そう思いを込めて。
「お見舞いのお花にはメッセージは添えられますか?」
と聞くと、
「あ、あぁ。では、『一日も早い回復を。ラフター=スカイロッド』と。」
――――――あぁ、この花は父にだ。
この人がアレクお兄様の従兄、スカイロッド公爵。
よくお兄様の話に出てくる。
スカイロッド=ラフター公爵。貴族の中でも群を抜いた魔力を誇り、帝国の剣と称される。
隣国が攻め入った時、辺境伯では持ち堪えられそうでないとなり、スカイロッド公爵が出向き半日とたたず事を納めた、25歳の独身主義者。
来る者拒まず、去る者は追わず。1人の女性に落ち着かず、女性が切れる事なく列になっているという。彼の両親だけでなく、親戚も早く結婚して落ち着いてほしいと心配をしているのに本人は気にもしていないとか……。
確かに、この容姿なら女性が列を為すのも分かる。が、しかし、お見舞いのお花を『とりあえず』な男だ。お見舞いの花を買いに来たのかすら怪しい。叔父というのはアレクお兄様と私のお父様だろう。特に会ったこともない父を何とも思わないけれど……それでも気分は良くはない。
下がった好感度はゼロを振り切り、マイナスへと割り込んだ。
「ありがとうございました。」
そう言って花を渡し、店を出る公爵の背中を見て2度と来店のないことを祈った。
先ほど来店したお客様は、チューリップで花束を作りたいそうだ。
しかも彼女の好きな黄色で。
「チューリップですか……。色によって花言葉があるので、プロポーズなら、赤やピンクを、お勧めします。お花が好きな女性でしたら花言葉の意味を知っている方も多いですし。包装紙とリボンを黄色にしましょうか?」
そう言ってピンクのチューリップで花束を作り、黄色の包装紙をあわせて見せると、気に入ったようでそれでお願いしますと注文してくれた。
メッセージカードも添えたいという事で、包装している間にカウンターで一生懸命書いていた。先程の公爵と違って、自分で書いていた。
「頑張って。お花が貴方の勇気になります様に。」
ありがとう、頑張ります。と去っていく彼を見て、先程の気分の悪さは消え去り、プロポーズ成功するといいなあと温かい気持ちで見送った。
二日後、またスカイロッド公爵が来店した。
あんな対応をしたのに、よく来たなと思わず笑顔も忘れてしまう。
「……いらっしゃいませ……??」
文句でも言いに来たかな?そう思いながら対応しに行く。
すると、思いもしなかったことを言われた。
「先日はありがとう。お見舞いに持っていくと、叔父は寝たきりで目を覚ましはしなかったが、叔母は部屋が明るくなったと喜んでくれたよ。贈った花の意味を知っていたようで、僕があの花束を持って来たことに驚いていたよ。」
いや、今、私が一番驚いてますけどね?
驚きすぎてきっと今は間抜けな顔をしていることだろう。
「メッセージカードがいつも注文する店と違うことに気がついたのか、自分で買いに行ったのかと言われたよ。君が選んだ花一つ一つに意味があったんだな。『希望』とか、『良い便り』、『また会う日を楽しみに』。……ありがとう。久々に叔母の笑顔を見たよ。」
そう言った公爵様は優しい瞳をしていた。
「……今まで贈った相手の反応を報告に来てくださる貴族の方はいませんでした。変わってますね、公爵様。…………ありがとうございます。喜んでいただけて何より嬉しいです。」
そう言うと、今度はあちらがきょとんと目を丸くする番だった。
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