壊れた紫水晶
私の掌には小さなジュエリーボックスがあった。
開こうとする手が震える。
ダメ!開けてはダメよ!
頭で警鐘が鳴り響く。
それは……パンドラの箱……。――
「……エルナ?」
彼女にそう声をかけた瞬間、こちらに向けられた瞳は先ほどの曇り一つ無いものと全く違うものだった。
彼女の手には、欠けた紫水晶のネックレスの入ったジュエリーボックスだ。
毎日あれを見ては彼女に話さなくてはと……。
――――あぁ、ついに来た。ついに来たのだ。――――
「エルナ……」
だめだ、まだ彼女に説明していない。
2人の間にあったことも、なぜそんなことをしたのかも。
この数日間の陽だまりのような時間に浸りすぎて、この場所から出たくなくて……。
今夜全てを話して受け入れて貰えたなら、もう一度一から始めたかった。
先ほどまでとは違う緊張感からか、じっとりと汗が手を湿らせるのが分かる。
心臓はドクドクと耳まで響き、手も震え始める。
失いたくない。微笑んでくれた彼女を。
「エルナ。」
彼女に手を伸ばした瞬間、バチンと音を立て弾かれた。
叩かれた訳ではない。
高等魔法による防護壁だ。
彼女の手の中にあるのは紫水晶のネックレス。
まさかとは思っていたが、やはり紫水晶が彼女の媒体石だったのか。
選んでくれていたのだ。
あの時に。
あの小さな花を模したネックレスを。
「触らないで。」
彼女の拒絶の瞳は先ほどの熱を帯びたものとは正反対の冷え切った瞳だった。
アレクが異常を感じ取ったのか、横に進み出る。
「エルナ?記憶が?」
エルナはアレクを見て、一粒涙を零した。
「アレクお兄様――。どうして……。」
涙を流し立ち尽くすエルナにアレクも、シャーロットも誰も声を掛けられない。
「――どうして、私を見つけたの……。」
「……っ。……エルナ、ラフターから事の顛末は聞いた。ラフターは誤解していたんだ。君が僕の愛人だと……。」
「違うの、私がラフターに相談したの。私から始まったのよ、エルナ。」
シャーロットもアレクと一緒に弁解をする。
だめだ、アレクやシャーロットに説明させるべきではない。これは僕の口から言わなくては。
2人に何も言うなと制す。
「エルナ、僕から話を聞いてくれ……。お願いだ。」
一歩近づけば一歩引く。
涙に濡れた紫水晶は近づくことを許さない。
「知ってるわ。あの結婚式の次の朝、ラフター様は……貴方はそう言っていたもの。そして、私は害にしかならないと。愛してなんかいないと。」
ほんの少し前、キスに答えた濡れた薄桃色の唇から、あの悪夢の出来事を告げられる。
自分が口にした言葉なのに耳にすると不快を超えて吐き気がする。
「だから、何なの?勘違いだから……――。」
「――許せというの?」
そう言った彼女は突然警戒を解くように無表情になった。
先ほどの怒りや、悲しみは感じない。
ただ、ただ、無表情の瞳からひとつ、ふたつと、涙が頬を伝う。
彼女の瞳は生気を無くしたように暗く、昏く沈んでいく。
彼女の濡れた紫水晶は何もかもを拒絶している。
「……許すわ。ラフター様。貴方を罪悪感から解放します。」
この場にいる全員が身動き一つ、言葉一つ発せない。
「だから、私も、解放して……。どうか……こんなところにいたくない……。お願い……。」
そう言うと彼女は気を失った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
面白かった、続きが気になると言う方はブックマーク、下の☆☆☆☆☆評価をしていただけると嬉しいです。




