プロローグ 〜罪と真実〜
「本当に君を愛していると思ったのか?愛なんて初めから無い。君に望むことは一つ。僕らの前から消えてくれ。」
死ぬ間際だと言うのに、思い出すのは冷たい黒曜石の瞳。
初夜の翌朝、寝室で疎ましげに裏切りの言葉を吐いたあの人。
ラフター=スカイロッド公爵。
国内随一の魔力の強さを持ち、漆黒の艶やかな髪に、夜を思わせる黒に近いダークブルーの瞳。
三日だけの夫だった人。
彼を愛していた。
でも愛していたのは彼が見せた優しさに過ぎなかった。
愛していると言ってくれた優しい瞳も。優しく抱きしめてくれた腕も。
全て彼が見せた偽り。
全ては彼の計画通り。
目の前にはラフター様の従妹のシャーロット様が、真っ青になり必死に私を崖から引っ張り上げようとしてくれている。
周りには魔狼と戦う騎士たち。崖の下には川が流れている。
「エルナ様、もうすぐ騎士が来ますから!もう少しだけ頑張って!!それまで風魔法で支えますから、もう少し……!!」
「これ以上魔法を使うとお腹のお子に障ります……。シャーロット様、どうかもう無理なさらないでください……。」
ただただ、今度は元気に生まれることを祈っている。
お腹の子はアレク様に似た金髪碧眼の男の子かな、シャーロット様に似た銀髪紫眼の女の子かな?
そんな顔をしないで。
私は誰にも必要のない……不要な存在だから。
――あぁ……もう指先に力が入らない。
アレク様に伝えて。
見つけてくれてありがとう。幸せになってと。
……ラフター様は満足かしら……私がいなくなって……。
「待って!エルナ様!!ラフターは……!待って、まだ何も……。知らなかったの!!」
――シャーロット様の悲痛な声を聞きながら……私の身体は谷底に吸い込まれていった。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
彼女の死を望んだ訳ではない。
望むはずがない。
エルナを離れた領地に行かせたのは本当はアレクに会わせたくなかったからだ。
単なる嫉妬だ。
彼女はアレクとの愛人関係である事を否定しなかった。
彼女の心はまだ、アレクにあるかもしれないと……。
時々領地に確認しに行くと言ったが、本当は結婚に関わる手続きを終えたらすぐに自分も行くつもりだった。
煩わしい社交界を避けて、領地で誰も邪魔のないところで彼女を閉じ込めたかった。
いつか、自分だけを見てほしいと…。
結婚前に1週間。結婚してから3日だけ、彼女が過ごした部屋の真ん中で、夕陽が差し込む中茫然と立っていると、開け放ったドアの向こう側から執事のカルースに話しかけられた。
「ラフター様。奥様の捜索隊の準備が整いましたが、アレクサンダー様がいらっしゃっています……。」
愛人の死を妻から聞いたのだろうか。
エルナとシャーロットの護衛に付けた騎士から今朝、公爵領に入る手前の山道で魔狼の群れに襲われてエルナが崖から転落したと早馬で知らせを受けた。
魔法を使える兵士を付けていたが、思ったより狼の数が多く、兵士も半数以上が負傷したと聞いた。
シャーロットは妊婦だから無理ができない。レイニード家へ帰るまで2日はかかると思ったが思った以上に帰路を急いだ様だ。
「そうか……。アレクが……」
胸にたまる黒い澱の吐口を探す。
悲しいのか…怒りなのか、妬ましいのか、胸を締め付けるドロドロとした感情が体を侵食していく。
あの初夜の夜。彼女の指には結婚指輪と、僕が渡した物ではない指輪が嵌められていた。
その指輪は華奢でありながらも、精巧な細工が施されていたが、薄暗い中でなんの宝石かなんて気にもしなかった。
朝起きて、その指輪を見つめ優しく口付ける彼女を見て頭に血が昇った。
明るい下で見れば分かる、高品質のアレキサンドライト。
そして、アレクサンダー=レイニード公爵。アレクの媒体石だ。
魔法は貴族特有の能力で、強力な魔法を使う場合には鉱石を媒体に魔法を使う。
何の鉱石が合うかは個人差で相性にもよるがアレクは、アレキサンドライトを媒体にしている。
そして、妻や夫、恋人に自分が魔法の媒体とする石を御守りとして贈る。
――貴方を側で守っている――という意味を込めて。
朝日を浴び、青色に変わるアレキサンドライト。
アレクの石で、アレクの瞳の色だ。
『愛していると思ったのか?』
青ざめる彼女を見て気分がスッとしたのも事実だ。
でも、その後に浴びせた言葉や行動に対しての後悔は重く、吐き気がする程だった。
『何を言って……?』
紫水晶の瞳を見開きながらも、青褪める彼女は今にも倒れそうだった。
『全てはレイニード公爵家を守る為さ。僕の従弟達が幸せに暮らす為に君は不要だ。むしろ邪魔だ。害にしかならない。』
『シャーロットはもうすぐ赤ん坊が産まれるし、僕の叔母にあたるアレクの母は心臓が弱い。アレクに、愛人がいるなんて、ショックが大きい筈だ。君の存在は誰のためにもならない。』
アレクの愛人であることを否定もせず、肩を震わす彼女にさらに苛立ちを募らせた。
否定してほしかった。僕だけだと。
『平民の君が、たまたま魔法が使えたから公爵家に迎え入れる事が出来たんだ。アレクには会えないが、贅沢な暮らしは約束しよう。満足だろう?』
動き出した言葉は止められない。
『本当に君を愛していると思ったのか?愛なんて初めから無い。君に望むことは一つ。僕らの前から消えてくれ』
赦しを請うつもりだった。
嫉妬から出た言葉だと。
みっともなくてもいい。
愛してほしいと縋る姿を笑われてもいい。
夕陽がさす中、もう一度部屋の中を見回す。
送ったドレスも靴も宝石も全てがそこに置かれたままだ。
靴や宝石に至っては包装されたままの未開封だ。
昨日見送りをした執事の話によると、公爵邸に来る時自宅から持ってきた綿のワンピースを着て、自宅から持ってきた物だけバッグに詰めて馬車に乗ったと聞いた。
ふと鏡台の横にあるゴミ箱が倒れているのが目に付いた。その奥にキラリと光る物に惹かれるように中を検めた。その中にあったのは掌サイズの小さなジュエリーボックスだった。
初めてのデートの時、彼女に送ったプレゼントで、彼女の瞳の色と同じ紫水晶で作らせたネックレスを入れて渡した物だ。
花を模した紫水晶は、高価ではないが唯一僕が選んだ物だった。
ざわりと背中から不快な粟立ちを感じ、更にゴミ箱の奥を覗く。その中には紫水晶の花びらのひとつを残し、砕けた紫水晶のネックレスがあった。
婚約期間中に、執事に任せて贈った宝石は開封もされず部屋の端に山と積まれている。
動く事ができず、暫くそれを見つめ。ポケットにしまい、アレクの待つ応接室に向かった。
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