私は、すべてを知りたい。
彼はいつも一人でいた。
「チカ、そっち見ない方がいいよ」
一緒にお昼ごはんを食べていたクラスメイトが私をたしなめてくる。
彼からは嫌な噂ばかりが流れていて、誰も近寄ろうともしない。
彼女もその噂を知っているから、私に注意したんだと思う。
でも、私はその噂を信じられずにいた。
なぜなら、この高校にある噂は全部知っているけど、そのすべてが伝聞だけだったから。
だから、ね?
「ねぇ」
好奇心で近づいちゃうのも、仕方ないよね?
「…………」
「ねぇってば」
無視されたからもう一度声をかける。同時に、バカ、やめろ。お願い、戻ってきて。なんて声が聞こえる気がするけど、無視する。
私が知りたいんだから、邪魔しないでほしい。
「…………あ、俺か?」
「そうそう、キミキミ。ね、キミについての噂、どこまでホント?」
惚けながら帰ってきた返答に、つい食い気味に、前のめりになって聞く。
「噂? なんのことだ?」
そんな私に臆することなく、ボーっとした目でこっちを見てくる。
そんな彼に懇切丁寧に、私の知りたいことを指を折りながら言っていく。
「例えば、隣の高校に殴り込みに行ったとか、恐喝したとか、喧嘩負け知らずとか、他にも万引き強盗……」
「待て、待て。全部待て」
ガッ、と手を抑えられながら止められる。
思った以上に優しく止められて驚きを隠せないけど、そんなのはお構いなしに彼はそのまま続ける。
「俺は、そんなことしたことない」
「あ、そうなの?」
「あぁ、初耳だな。なんだそれ」
「初耳って、学校中に広がってるけど?」
「嘘だろ……。道理で高二で友達の一人も出来ないと思ったら……」
私の手を離して、彼の机にうなだれる。
ちらっと周りの様子を見ると、目に見えて困惑しているクラスメイト達の姿があった。
噂で作られた彼の姿と、今目の前にある彼の姿が明らかに違っているからみんなも困惑するのも無理もないかも。
「それで、なんでこんなうわさ流されてるの?」
「俺が一番聞きたい……。どこだよ隣の高校って、なんだよ恐喝って……挙句の果てに万引き強盗って……」
ふるふるとわかりやすく怒りをこらえているのがわかる。
「とりあえず、全部嘘ってことでいい?」
「当たり前だ! そもそも俺は、喧嘩とか盗みとか、そんな悪い事やったこと無い!」
席を勢いよく立って私に詰め寄る。
あまりにも勢いが強かったから後ずさりしちゃった私を見て、ごめんと少し下がった。
「まぁ、わかったよ。ありがとう」
それだけ言って、私は彼から離れる。
「それだけか?」
「ん? なにが?」
「いや、それだけを聞きたくて話しかけたのか? こんな、ヤバい噂しかないヤツに」
「うん」
簡潔に、それだけ伝える。
知りたいことは聞けたから。
「そうか、じゃあ俺から一ついいか?」
「こっちの質問に答えてくれたし、いいよ。なに?」
「俺と友達になってくれない?」
「ヤダ」
「即答かよ」
私からしたら友達になる必要性皆無だもん。
今、彼の噂が嘘なのはわかってるけど、まだこの情報知ってるのこのクラスだけでからね。まだ極悪非道最低人のイメージの塊なキミと友達になるのは私にとってデメリットしかないから。
「逆に聞くけど、なんで友達になりたいの」
「友達が欲しいから、それ以上の理由ないだろ」
「へー、じゃあ他の人でもいいわけだ」
「ここでお前と友達になりたいんだ、って言ったらなってくれるのか?」
「ヤダ」
「そうかぁ……」
わかりやすくがっかりとする彼を見下ろしながら、私はお昼ごはんを一緒に食べていた子達のところに戻る。
はぁ……。
「スッキリした」
その呟きは、周りのどよめきで誰にも聞こえてなかった。